⑧麗子side:想いと重い

「よかったな麗子」

「ん?」

「ついさっき周防先生に例のドラッグストアの店長から電話があってな、今学校側が犯人だと疑っている女性徒は万引き犯じゃないことがわかったから解放してあげて欲しいとのことだそうだ。話を聞くにどうやらあの山代という男が本当にお前の無実を立証してみせたらしい。とは言ってもまだ麗子の鞄に盗品が入っていたことに対する共犯等の嫌疑は残ってはいるが、先方もそう言ってるし万引きをしていない以上過度な拘束をする理由に至らないということで、明日から通常通りに登校していいことになった」


 夕暮れ時。ポテチ片手に自宅のリビングで録画してあったドラマを見ていたあたしのもとに、家に帰ってきたばかりのお姉がやって来てそう言った。


「え、マジ!?」


 話しが突然すぎて口に手を当てて驚くあたし。


 一方でお姉の声は淡々としていていつも通りだったけど、その口角は少しだけつり上がっていて、どうやら一応は妹の無事を喜んでくれてはいるみたい。


「私がそんなしょうもない嘘をつくと思うか。その証拠に、没収されていたスマホも変わりにもらっておいてやった。ほら」

「あ、ありがと」


 いまいち理解が追いつかないでいるあたしは、怖ず怖ずとお姉からスマホを受け取る。あたしがスマホを手にすると、お姉は話しはこれで終わったとばかりに踵を返した。


 そっか。ガチでまた山代があたしのピンチを救ってくれたんだ………………ほんとあいつってばマジであたしのヒーローかも。にひひ。

 胸に言いようのない幸福感がばぁーっと広がり、スマホをぎゅっと抱きかかえたままよくわからないにやけが収まらないあたし。


「おっと、そういえば」


 そんな中、お姉が何かを思い出したとばかりに声を上げたかと思うと振り返って、


「約束は約束だからな。認めようじゃないか。山代育真という男がお前の傍にいてもいい男であると」

「ふふん。でっしょー。確かにさ山代は見た目は頼りなく見えがちでぱっとしないかもだけど、そんじょそこらの男なんかより全然イケてるつーか、どちゃくそ頼りになるんだから」

「そうだな。ああも自分のために全力で行動してくれる人など早々いないだろうからな。ま、年頃の男子である以上、多少お盛んなことにはこの際目を瞑ってやろう。よかったないい人に出会えて」


 柔らかな微笑。め、珍しいお姉が誰かを素直に褒めるだなんて。

 ま、山代があたしにとって、めっちゃ大事な存在なのはお姉に言われるまでもなくわかってるし。けどなんだろう、山代を褒められるのはまるであたし自身が褒められてるみたいで嬉しい!


 つーか多少お盛んって、この間山代にえっちな自撮り送ったのがバレて説教された時のことだよね……。山代の名誉のためにも、あれはちょっと込み入った事情があっただけで別に頻繁にやってるわけじゃないって訂正しておかないと。


 そう思ったあたしは口を動かそうとしたんだけど、先にお姉の言葉が先行して、


「が、一つだけ。そういったことをするなとまでは言わないが、何事にも順番が存在すると言うか――流石に恋人同士でもないのにそういった行為に及ぼうとするのは不健全だ。好き同士ならちゃんと恋人になってからにしろ」

「すすす、好き同士って!? もーお姉なに言ってんのよ。あ、あたしが山代と付き合うとかないないない、あるわけないじゃん」


 ありえないと手を振って必死に否定するあたし。もぉお姉ってば急に意味わかんないこと言い出すから気が動転して顔が熱くなってんじゃん。さっきしょうもない嘘はつかないとか言ってくせに、嘘つき!


「麗子それ、本気で言ってるのか……?」


 するとお姉は今日一番驚いたと言ったように目を丸めて唖然としていて、


「ん? そりゃまぁ山代の方からはそれっぽいアピールされたことはあるよ。けどほら、あたしと山代だよ。陽キャと陰キャで住む世界が違うし、並んで一緒に歩いてても恋人どころか、姉弟と勘違いされること多いしさ。周りから見てもそれだけありえないってことっしょ。……まぁ今まであたしに言い寄ってきた男のなかで一番アリよりだったのは認めるけど」


 照れくささを覚えつつも、早口気味に思い浮かんだ言葉をノータイムで放っていく。

 あたしは恋をするのは人生で一度きりだと決めている。

 この人となら結婚して一生一緒にいたいって思えるような運命の相手と、幸せで笑顔が絶えない素敵な恋模様を描きい、恋愛勝率100%とのまま生涯を終えるのがあたしの目標。

 まぁどうにもあたしの恋愛感は世間一般的にはちょっとおかしいらしいから、こんなこと絶対口にださないようにしてんだけど。

 ってなわけで、あたしは男選びには人一倍慎重なわけだ。最近山代がちょっと格好良くみえることがあるからって、一時の感情には流されてはいけない。

 そりゃまぁ惚れて欲しいとか言われて前向きに検討するとは言ったけどさぁ……ほ、ほらちょっと前までは眼中にすら入らない存在だったわけじゃん。それが普通なことは十分ありえるわけだし、よくある「付き合ってみたらなんか思ってたのと違った――」なんて展開になったらお互いのためにならないもんね。


 ……ただなんでだろう。

 こうやって否定の理由を考える度に、胸の内側からモヤモヤと言いようのない不快感が巻き起こるのは……。


 胸に手をやり、あたしが顔を俯けてよくわからない喪失感に頭を悩ませていると、お姉はやれやれとばかりに息をついた。


「ま、なんにしろ後悔だけはしないようにしろよ。あれだけ頼もしい男を他の女が放っておくとは思えないからな。気付いた時には手遅れ――なんてことになっていても私は知らんぞ」


 お姉は最後にフッと挑発するように冷笑を浮かべると、踵を返してリビングから出て行った。

 は、後悔とかなにそれ。今ありえないって否定したばかりだよね意味わかんない。

 まぁ山代が誰にでも優しいせいでお姉が指摘するような勘違い女がいたりするのは確かではあるよ。けど、あんだけあたしに惚れて欲しいとか熱烈にアピってたくせに、他の女にちょっと言い寄られただけでコロッと気が変わるとかありえるわけないじゃん。


 それにもしそうなったらそうなったで山代の甲斐性の無さを見抜いていたあたしの慎重論は正解だったわけで――ズキッ。

 っ!? へ、なんで正しい選択したはずなのに、心がそれ以上の想像を拒むように鈍い痛みを訴えてくるわけ。もーほんとわけわかんない。


 ――てか、そんなありえないもしもを考えてる暇あったら山代に謹慎が終わった報告とお礼の電話しないと。


 そう思い立つやいなや、あたしは手元のスマホで山代に電話をかけた。


『もしもし――』

「もしもし山代。あたし、あんたのおかげで無事に謹慎とけたよ。こうやってスマホも返って来て、明日から普通に教室行っていいってさ。ほんと、さんきゅ」

『そうなんですか! あぁ本当によかったです』


 電話越しに伝わってくる山代のまるで自分のことのような心からの安堵のため息。

 それを耳に、あたしの口角は自然とつり上がっていて、


「ま、あたしはそこまで不安とかなかったけどね。あたしは山代の『僕がなんとかしてみせる』って言葉を信じてたし」

『あ、あははは……けどちゃんと期待に応えられてよかったです』

「そだ。山代にはそこんとこちゃんとお礼しないとだよね。明日学校が終わったらぱーっと打ち上げ行こうよ。もちあたしの奢りでさ。ま、さ、か予定があるとかいわないよね?」


 断れることなんて絶対にありえないだろうと、挑発的な笑みを浮かべ、早速明日どこへ行こうか考え始めるあたし。


「……す、すみません。明日の放課後はちょっと予定が入ってまして……」


 が、そんな中、山代から歯切れの悪そうな声で返って来たのは、否定的な言葉で――まさかの展開に頭が真っ白になりそうになりながらもあたしは、乾いた笑いと共になんとか声を絞り出す。


「へ……? あ、あはは。それってどうせあれでしょ。文化祭実行委員でっしょ。そんなの終わるまで学校で適当にスマホでも弄って待ってるからさ」

『いやその明日は文化祭実行委員はお休みで、他に用事があると言いますか……』

「他に用事?」

『は、はい。実は明日、柏木さんからデートに誘われていまして……』


 怖ず怖ずと照れくさそうな山代の声。


「…………は?」


 瞬間、あたしの視界がぐにゃっと揺れるような、まるでこの世の終わりかのような暗く黒いなにかがあたしの全身を駆け巡った。

 そうあたしの世界から急に日光が奪われたかのように、暗く冷たくて。

 

「………………」

『ですので、その打ち上げは別の日にしてもらえるとありがたいなぁと。――あれ、神崎さんどうしました? もしもーし』

「………………」


 柏木とデートってなにそれ?

 嘘、だよね?

 だって山代ってばあたしに惚れて欲しいとか言ってたじゃん。

 なのに柏木とデートとかさぁ。

 きっと柏木の方から強引に誘ったに決まってるけど、それって山代には必要ないことだよね。


 はぁーなんで断らなかったのかなぁ。

 ……むかつく。

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