⑥監視カメラに映った黒ギャルさんは……

 ドラッグストアに入った僕達は、早速レジにいた店員に事情を説明した。

 運良く最初に声をかけた人柄のよさそうな男性店員が店長だったおかげで話しはスムーズに進み、僕達はバックヤードで監視カメラの映像を見せてもらえることになった。正直、向こうからすれば犯人であってもおかしくない神崎さんが謝罪を拒否してることもあって、友好的に接してもらえない可能性は十分あったからほっとした。


 店長に誘導されてバックヤードに入った僕と柏木さんは事務スペースに置いてあったノートパソコンの前に横並びで座り、店長に操作してもらって保存されていた映像を再生してもらう。

 移動しながら聞いた店長の説明によると、普段監視カメラの映像はカメラに取り付けたSDカードに保存されていて、万引き等なにか事件が起こる度に該当するデータの部分だけを切り取ってこのノートパソコンに保存しているとのこと。


「――あっ、あの人が犯人……」


 再生から三十秒くらいが経過した頃。陳列された商品を映しているだけだった監視カメラの映像に突如として映り込んだ桜星高校の制服の上からグレーのパーカーを纏った少女を目に、柏木さんが驚きの声を上げた。

 その少女は散々聞いていたように確かに色黒で背が高くスラッとしていて、残念なことに顔はカメラの死角になって映っておらず誰だか特定できそうにない。

 うん。残念だけど、この映像だけを頼りに桜星高校で犯人の目星をつけるってなると神崎さんに疑いの目がかかるのは仕方ない気がする。だってこんなモデルみたいな体型の人なんて、そこそこに範囲が絞られてくるだろうしこれで色黒ってなるといよいよ――って感じだもんなぁ。

 カメラに映ってるのは神崎さんじゃないって一発で見抜く気概で来たけど――やばい、これはちょっと難しいかもしれない。おまけにこの人がはいてるスカートも普段神崎さんがはいてるのと同じくらいに短いし、ちょっとこの角度からだけだと厳しいぞ。

 

 そう僕が胸中で懊悩している間に、映像に映った少女は少しの間香水コーナーを物色した後、件の香水をパーカーのポケットに入れてそそくさと去って行った。


「あの、他のカメラの映像にはこの人は映ってなかったんでしょうか?」


 再生が終了した直後、僕は店長に問うた。


「んーあるにはあるんだけどねぇ。パーカーを被ってるせいで顔があんまり見えなくて、顔の特徴だとか個人を特定できそうな情報はなかったんだよねぇ」


 店長が残念そうに首を掻く。

 それでもと僕はお願いし、他の映像も見せてもらった。

 見せてもらったのは入店時の映像とお店のフロアを通過していく犯人の姿。

 が、店長が言っていたように神崎さんの無実に繋がりそうな情報はなく、それどころかパーカーからはみ出した髪が金髪と、王手からまた王手をかけられたような知りたくもなかった情報を知ってしまう。あえて成果を上げるとするなら、この人が最初から万引きする気満々でお店に入ってきたことくらいだ。おまけに頑なに顔が映らないように配慮しているところから見て、手慣れている感じがする。

 いずれにしろ、この映像に映った少女が神崎さんでないと証明する手立てには繋がらなかった。


 どうしよう……。


「あの、柏木さんから見て何か気になったところとかあったりしましたか?」


 さっぱりだった僕は、不安と期待をない交ぜにしながら柏木さんに尋ねた。

 頼むから僕が気付いてないだけで、真犯人に繋がる手掛かりがあって欲しいと。


「うーん。気になったところですか……うーん」


 小首を傾げあまり芳しくはない反応。


「はい。どんな些細なことでもいいですので」


 それでもと僕は切実な態度でお願いする。

 すると柏木さんは自信なげな表情ながらにも恐る恐る口を開いくれて、


「……その、ほんとにすっごい些細なことだけど、それでもいい?」

「! は、はい。もちろんです」

「この万引き犯、羨ましいくらいに脚が細いなぁって」

「……へ? 脚が細い……ですか?」


 思ってもみなかった角度での指摘につい目を丸めて呆然となっていると、柏木さんは言わなければよかったとばかりに顔を赤くして、


「もーう、だからすっごい些細なことっていったよね。そりゃ男性である山代君にはなに言ってんだって感じかもしれないけど、女性であるわたしからすれば結構目がいっちゃうとこなんだよ。ほんと、日頃何食べてればそんな体型維持できるのってくらいに」

「あ、あはは、そういうものなんですね」

「そういうものなんだよ。特にわたしの場合、最近食べたものがふとももに回りがちな気がしてならないだけに」


 ぷくっと不満げな表情の柏木さん。

 僕はついつい柏木さんのふとももに目が行ってしまう。

 彼女の肉感のある健康的で素敵なふとももに。


「あ、あのそこまで気にすることではないと思いますよ。それに男女の価値観の違いというなら、それこそ柏木さんのふとももは世の男性にとって魅力的なものだと思いますから」


 例えば某錬金術師のゲームの主人公がふとももキャラで爆発的な人気を得たみたいに。


「へ? ……それって、山代君にとってもだったりする?」

「えっと………………はい」


 柏木さんのなにかを期待するような眼差しに、僕は恥ずかしさを覚えつつも本心を吐露する。

 って神崎さんの一大事って時になに呑気なやり取りをしているんだ。集中しないと。

 にしても脚が細くて羨ましいか。そんな角度から見ようなんて微塵も思わなかったなぁ。まぁこれに関しては男女の価値観の違いと言いますか、僕が男だからって部分が大きいんだろうけど。でもこの八方ふさがりの中、物の見方を変えるって話しは何か参考になるかもしれない。

 ん、あれ、ちょっとまって。脚って言えば――ああっ!?

 脳裏に一筋の閃きがびびっと走った僕は、急いでスマホを取り出すとあるものを確認した。

 うん、やっぱり。これなら、ひょっとするんじゃないか。


「柏木さん」

「ん?」

「ありがとうございます。今の話しで神崎さんの無実を証明できるかもしれない方法に気付くことができました?」

「えっ。それほんとう山代君?」

「はい。まずはこの写真を見てください」


 僕は興奮が収まらないとばかりに嬉々とした表情で自分のスマホの画面を柏木さんに見せた。


「ん、どれどれ――へっ?」


 僕が見せたもの、それは神崎さんの全身が映った写真。

 僕はその写真の一部分に指を差して強調する。


「ほら、ここに注目してください。神崎さんのふとももにはほくろがあるんです。監視カメラの映像のふともも部分を拡大してほくろが見当たらなければこの人は神崎さんではないという証明になりますよね」

「えっ、あ、うん。確かにそうなるかもだけど……」

「ですよねですよね。店長さんすみません、この映像のふとももの辺りを拡大してもらっていいですか。今万引きの疑いがかかってる神崎さんにはこの通りふとももの辺りにほくろがあるんです。拡大してこのほくろが見当たらなければ、神崎さんは万引きしてないという確たる証拠になりますよね」


 善は急げと立ち上がった僕は店長さんに神崎さんの写真を見せてお願いする。

 よし、これできっと神崎さんを謹慎から救うことができるはず。


「ええっと、映像を拡大するのはもちろん構わないんだけど……」


 が、何故か神崎さんの写真を目にした途端困惑したような表情になった店長さんは気まずそうに写真から目を逸らして、


「ど、どうしたんですか? なにか問題でも――」

「山代君あの」


 ようやく神崎さんを救えるかもって時になにがあるというのかと催促するように詰め寄ろうとしたその時、不意にちょんちょんと柏木さんに背中を叩かれた。


「なんで山代君が神崎さんのそんな写真を持ってるのかは後でじっくり聞くとして、とりあえずその写真を他人に見せるのは神崎さん自身もあまり望んでないんじゃないかなぁって」

「へ?」


 怖ず怖ずとした柏木さんの指摘を受け、僕は神崎さんの写真を再度確認する。


「あっ…………」


 瞬間、背筋に氷を垂らしたようなひやっとした嫌な感覚がずずっと走り抜けた。

 そう僕が二人に見せていた神崎さんの全身が映った写真とは、以前神崎さんにご褒美を問われて冗談で言ったら本当に送られてきた、神崎さんの一糸まとわぬ姿での自撮り写真だったわけで――しまったぁああああああああああ。なんていうものを二人に見せてんだぁああああ僕はぁああああああああ!?


 あの八方ふさがりだった状態から神崎さんを謹慎から解放できる可能性が見つかったという興奮のあまり完全に周りが見えなくなっていた。そりゃ二人とも困惑するわけだよね。いきなり僕が神崎さんの裸の写真を見せ始めたらさぁ!


 ……神崎さんに会ったらまず地面で頭をすりつぶすレベルで土下座しよう。


 そうして僕が後悔してもしきれない罪に胃を重くする中、店長さんは監視カメラの映像を拡大してくれた。

 その結果、この女性徒にほくろはなく、見事神崎さんは万引き犯ではないことを立証することに成功。僕と柏木さんは「やったぁ」とハイタッチを交わして大喜びした。


「――うーん。犯人がその神崎さんって子じゃないとすると、このカメラに映った彼女は結局何者になるんだろうねぇ。桜星高校の生徒なのは間違いなさそうなんだけど……」


 そんな中、店長さんだけはやるせないといった難しい顔をしていて――

 そうだった。僕達にとっては神崎さんの無実を証明することがゴールだったけれど、店長さんにとってはこの犯人が誰だかわからなくなったという状況は決して喜べることじゃないんだ。

 だったらここは、


「心配しないでください。真犯人は僕達が必ず探し出して、お店に謝らせに行かせますから」


 毅然とした態度で僕はそう言い切った。

 協力してもらった以上、恩を返すのが筋だと思ったから。

 が、それ以上に許せなかったんだ。

 あの学校で神崎さんに罪をなすりつけ、のうのうと学校生活を送っている真犯人が。


 それに僕の推測が正しければ、真犯人は万引きがバレるのを恐れて神崎さんに罪をなすりつけたわけではなく、神崎さんを万引き犯に仕立て上げる前提で犯行に及んだ可能性が大きい。

 監視カメラの映像を見せてもらって確信した。だってこの人、パーカーで顔を隠し、最初から万引きする気満々でお店にやって来ていてあんなにもカメラに自分が特定できるようなものが映らないようにと注意しているくせして、万引きの瞬間はちゃんとカメラに残させてるとかどう考えても変だよね。万引きは現行犯、あるいは盗んだ瞬間を捉えた確たる証拠でもないと逮捕できないって話しだし、これは神崎さんに罪をきせるためにあえてそうしたって考えるべきだよね。


 どこの誰で、どんな理由があってなのかはわからないけど、こんなともすれば神崎さんの今後の人生を大きく左右するような犯罪僕は絶対に許さない。

 絶対に犯人を見つけ出してやる!

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