⑤神崎さんと電話

『――へぇー。そっちはそんな感じだったんだ』

「はい。すみません。せっかく信頼して任せてもらったのにこんな不甲斐ない報告になってしまって……」


 その日の夜。僕は神崎さんから電話がかかってきて今日の成果を報告していた。

 といってもこれといった進展はなく、今日一日なにをしていたかを順々に話すだけになっちゃったんだけど。


『あははそんな気負わなくても全然だいじょうぶだから。昨日の今日だし、あたしもそんなぱぱーっと解決なんてことになるとは思ってもないし。なによりあたしは山代のこと信じてるからさ。果報は寝て待てってやつで。生徒指導室で昼寝して待ってるわ。――って実際、今日一日課題そっちのけで寝てたらめっちゃ怒られたんだけど』


 おとぼけた笑みと気にしないでと言わんばかりの明るい声。

 ちなみに神崎さんは謹慎期間中ということで、保護者同意の下スマホを学校に取り上げられているらしく、家の固定電話からかけてきていた。最初は知らない番号からいきなりかかってきて電話に出るかとても迷ったけど、出てよかった。


「あ、ありがとうございます。でも、せっかく期待して電話をかけてきてくださったと思うとそんな早々と気を切り替えられないというか……」


 自分自身が情けないと罪悪感から声が萎んでいく。

 オーバーヒートのせいで記憶がないけど、メモによるとどうも「僕に任せろ!」みたいな流れがあったらしいのもあってなおのこと。


『ん? あ、いやいや別にあたしは催促したくって山代に電話したわけじゃなくてさ。だからそんな暗い声しないでいいつーか。ほら、今日同じ場所にいたのに一回も会ってなかったわけでしょ。なんかさー、普通に声が聞きたくなったつーか……』

「へ?」

『な、なんでもないし。今のはナシ、忘れて! ――そ、それよりもさ、明日はどうするわけ。その、山代達が調べた感じだと、うちらの学校にはあたしと柏木以外に監視カメラの映像に該当しそうな生徒はいなかったって話しなんでしょ』

「は、はい」


 神崎さんにさっき説明した通り、僕らが調べた結果、桜星高校で神崎さんと柏木さん以外に黒ギャルに該当しそうな人は全学年しらみつぶしに探してもいなかった。

 これは一体どういうことなんだろうか? 

 神崎さんの鞄に盗品を入れた点をふまえて、今回の事件の犯人が桜星高校の生徒の誰かであることなのは間違いないとは思うんだけど、まさかこんなところで躓くだなんて。身バレを防ぐための保険で黒ギャルに変装して犯行に及んだとかそんな感じだったりするのかなぁ。

 ただ黒ギャルとまではいかなくても、運動部で日焼けしている生徒がちらほらいるみたいでその辺をもう少し詳しく歩き回ってチェックしたかったんだけど、放課後は文化祭実行委員との兼ね合いもあって思うようには動くことができなかった。そこがちょっと心残りな部分。

 

「ですので明日は実際にその万引きがあったというお店にお邪魔して、頭を下げて監視カメラの映像を見せていただこうと思っています」


 幸いなことに明日は文化祭実行委員はお休みだ。だから運動部の女子チェックは木村さん達にお願いして、自由に動ける時に時間のかかりそうな要素に先に着手しちゃおうって考えだ。

 ……まぁ男の僕が女性徒の身体をちらちら見ながら歩き回るってのが倫理とか世間の目とか色々と問題があるから適材適所ってのが一番の理由だったりするんだけど。


『なるほどー。確かにあたしといつも一緒にいる山代ならきっとカメラに映ってるのがあたしじゃないって一発で見抜いてくれるもんね』

「いや僕がいくら確信を持って叫んだところで、周りが納得するような物的証拠がないと厳しい気が……」

『ちぇっ残念。――なんて。ま、あたしはのんびり待ってるし。そんな責任とか重く考えず、山代のペースでやってくれて構わないから。無実なのは事実なんだし、まぁいずれなるようになるっしょ』


 からからと楽観的に笑う神崎さんの声。


「……そういうわけにはいけませんよ」


 けれど僕はその神崎さんなりの配慮が込められた言葉に素直に頷くことはできなかった。


『えっ?』

「僕が、僕自身が神崎さんに早くクラスに戻ってきて欲しいと思っているから」


 今日一日、神崎さんが隣にいない学校生活はなんというかどこか色あせていて寂しく退屈だった。

 それは今までずっとオーバーヒートの影響で極力人と関わることを避け、ぼっちの生活を送ってきた僕には存在しなかったはずの感覚。

 神崎さんと喋るようになってからまだ二、三週間程度しか経ってないけど、それでも誰とも関わることなく、ただ家と学校を行ききするだけのルーティンワークを過ごしていただけだった僕にとってはとても濃厚な時間だったというか――うん、振り回さられることが多かったけど、それも含めて素直に楽しかったんだ。

 神崎さんと、こんな僕を友達だと言ってくれる人と過ごす日々が。


「だから僕は他ならない僕自身のために、一日でも早く神崎さんの無実を証明してみせます」

『へ、へぇー……。ふぅーん。山代はさぁそんなにあたしに会いたいんだー。へー』


 電話越しで神崎さんがニマニマとしている姿が想像できるような、浮ついた声音。


「はい。もちろんです。一日でも早く、神崎さんに会えたらって思ってます」


 僕はその明らかに冗談めいた言葉にあえて真面目に答えた。

 だって次に神崎さんに会える時は、謹慎が解けた状態を意味するわけで――そう考えると僕はつい頷きたくなってしまったんだ。


『っ!? ………………山代の女たらし』


 そんな僕の言葉に神崎さんは一瞬慌てるような声を上げたかと思うと、数瞬の沈黙を挟んで何故だかぼそっといじけたような声を返してきて、


「へっ? あの、今のやり取りで何故そんな反応が返ってくるのか僕には全く以て謎なのですが……」

『自分で考えろし。ま、まぁとにかく、そっちは頼んだ』

「はい。期待に応えられるように頑張ります。それに明日は柏木さんも付き添ってくれるとのことなので、お店の協力を得て、神崎さんと同じように犯人と特徴が一致している柏木さんに万引きのロールプレイ的なことをやってもらったりすれば何かもっと見えてくるものがあったりとか――」

『は?』


 僕が明日の展望を話している最中、神崎さんからドスの効いた凄みのある声が割って入った。


『なにそれなにそれ意味わかんないんだけど。ようするにさあ、柏木とあんたが二人きりでお店に行くってこと?』

「えっ……ま、まぁ、そうなりますね」

『ふーん』


 気のせいかな、なんだか急に神崎さんが不機嫌になったような――


『一人で行って』

「へ?」

『あたしが思うにそういうことまではやる必要別にないと思うから。お店には山代一人で行くこと。いい?』


 抑揚のないトーン。


「は、はぁ……」

『別に柏木の助けなんていらいないし。柏木がなんか言ってきても、あんたなんか必要ないって断っといて。わかった?』

「わ、わかりました」

『ならよし』


 何故か断ったらいけないような圧を感じた僕は、気圧されるがままに思わず頷いてしまった。


 ――のだけど。


「ようしー、気合いいれて頑張ろうね山代君!」

「は、はい」


 両拳をぐっと握ってやる気の丈をあらわにする柏木さんを前に、僕はどう反応すればいいのか戸惑い苦笑いをしてしまう。


 次の日の放課後。僕は柏木さんと共に件のドラッグストアの前に足を運んでいた。

 その、柏木さんの純粋な厚意を無下にすることが、やる気満々な柏木さんを前にして必要ないだなんてそんな心にもない言葉を放つなんて、僕には口が裂けても言うことができなかった。

 結果的に神崎さんとの約束を破ることにはなっちゃったけど、でも終わりよければすべてよしってことで、真犯人さえ捕まえれば許してもらえるよね?

 そう心の中で自答しながら僕は柏木さんと一緒にお店の中に入ったのだった。

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