⑥トラブルは週明け突然に

「麗子、ちょっといいか?」

「え、お姉?」


 それは月曜日の授業が終わり、放課後になってすぐのこと。

 神崎さんのお姉さんでこの学校の生徒会長でもある神崎桔梗かんざき・ききょうさんがなにやらピリッと気の張ったような神妙な顔付きで教室に残っていた神崎さんの下を尋ねて来た。僕達のクラスはついさっき終礼が終わったばかりでまだ殆どの生徒が残っている。


「はえーお姉が学校であたしに用事とか珍し。なにーもしかして例の彼氏に対する恋愛相談とか? そういうことならこの妹様にまっかせなさい」


 冗談っぽく笑って得意げに胸を張り、お姉さんとは真逆な楽観的な態度で返す神崎さん。

 が、そんな神崎さんの冗談に何の反応も示さずに彼女の席の前まで来たお姉さんは唐突に神崎さんのスクールバックを手に取ると、それを机の上に置きその中を黙々と漁り始めた。


「ちょ、お姉いきなりなにすんの!?」


 困惑する神崎さんを特に気に留めることなく、無言のまま尚も作業を続ける神崎さんのお姉さん。


「なにーひょっとしてなんか家に重要な忘れ物でもしたわけ? んで、間違えて妹の鞄に入れた可能性があると思って血相変えて飛んできた的な。いやいや無理あるっしょ。同じ部屋ならともかく、あたしら部屋別々だし、使ってる鞄も全然違うじゃん。なに忘れたのかしんないけど、潔く忘れたの認めて家に帰った方が絶対に――」

「おい、これは一体どういうことだ?」


 桔梗さんが神崎さんの言葉を遮って険しい表情を向けた。

 その手には、神崎さんに見せつけるように神崎さん愛用の香水が握られていて――


「は? 一体どういうことって……。それ、あたしのおきにの香水じゃん。お姉も家で何回か見てるよね。ってあれ、その香水なんで新品なわけ?」


 きょとんと首を傾げる神崎さん。

 そう、その香水は未使用どころか、箱に入ったままの未開封だった。


「なんでもなにもお前が盗ってそのままにしてたからじゃないのか」


 桔梗さんが憤りを隠せないとばかりに厳しい口調でそう言った。

 途端、僕を含めクラスのみんなが騒然となる。


「は? なに、その盗ったって……」

「さっき警察から学校宛に連絡があってな。先週末にとあるドラッグストアで万引きがあったらしく、防犯カメラには顔まで分からないものの我が校の女性徒と思われるスカートの一部が映り込んでいたそうだ。それもスカートと一緒に映っていた肌の色はかなり黒めだったのだと」


「へ……いやいや意味がわかんないし。なにそれ、お姉はあたしが盗ったとでも言いたいわけ?」

「状況的にはそう判断せざるを得ないだろうな。現にこうして新品の香水が麗子の鞄から出てきている。これについてはどう釈明するつもりだ?」

「そんなこと言われても、身に覚えないのはマジなんだから。ってかお姉はマジであたしが犯人だとそう思ってるの……」


 神崎さんが何かを訴えるような悲哀の滲んだ表情で桔梗さんを見つめる。

 すると、桔梗さんはため息をついて肩をすくめて、


「とにかく、ここではなんだから一度生徒会室に来い。詳しい話しはそれからだ」


 香水を鞄の中にしまってそれをかつぐと、神崎さんの腕を強引に握って教室の外を目指して歩き始めた。


「ちょっ!?」


 わけがわからないと困惑した表情のまま連行される神崎さん。

 その弱った瞳が助けを求めるように僕と目があったその瞬間、


「待ってください!」


 僕は気がつけば自分の席から立ち上がって大声で桔梗さんのことを呼び止めていた。

 僕の声に反応した桔梗さんが無言のまま顔を向ける。

 そのあからさまに不快感が滲んで強張った表情にちょっとだけ畏縮しちゃった僕だけど、


「僕も一緒に生徒会室に行きます」


 そう確かな意思と共に言い放った。

 神崎さんをこのまま一人にしてはいけない。力になってあげたいってそう思ったから。

 そうだ。神崎さんが万引きしただなんて絶対にありえないもの!


 僕が言葉を放ったその直後、教室にまた今までとは違うざわめきが走った。驚きと奇異の混ざった視線が僕へと集中して、額に脂汗が浮かぶ。そりゃ普段の僕を知ってるクラスのみんなからすればそんな反応にもなるよね……。


 それでもここで羞恥に負けて気後れしちゃ駄目だと根気を振り絞って桔梗さんに真っ直ぐと視線を向けた。もし断っても勝手に着いていきますと、そう訴えかけるように。


「……はぁ。好きにしろ」


 数瞬の沈黙の後、嘆息した桔梗さんがそうぼそりと吐き捨てた。


「はい」


 僕は強く頷いてすたすたと神崎さんの傍に駆け寄る。


「山代ぉ……ごめん」


 神崎さんが嬉しそうに顔をぱあっと晴れやかにするも、巻き込んでしまったという申し訳なさもあってかしゅんと顔を俯けてしまった。


 教室を出た僕達三人は、緊縛した空気の中生徒会室を目指して歩く。

 桔梗さんが警察からの連絡を受けて動いている以上、万引きがあったというのはきっと事実なんだろう。

 察するに桔梗さんは盗品が妹の愛用している香水と同じ銘柄だったこと、それから監視カメラに映った犯人がこの学校の制服を着た色黒の女性徒だったという情報から、早々と神崎さんの下を尋ねてきたのだろう。


 ――いち早く妹が万引き犯とは無縁だと、身の潔白を証明しようとして。


 うん。僕はきっとそうだと思う。

 一見では怖くて厳しそうな感じの人だけど、誤解とはいえ神崎さんが悪い男にひかかってると思ったら僕に躊躇なく怒りをぶつけてきたほどに妹思いの人なんだから。

 

 が、実際問題、渦中の品が神崎さんの鞄から出てきてしまった。こうなった以上、生徒会長として公平な立場で妹を裁かなくいけなくなったわけで――


 あれだけ嫌悪されていたはずの僕が生徒会室への同行を許可されたのも、そういった柵があってのことなんじゃないだろうか。

 自分が助けてやれない分、せめて妹の味方側に立ってくれる人をつけておきたいと。


 なにはともあれ、神崎さん本人がやってないと言ってる以上、僕は神崎さんを信じている。

 あの盗品と思われる香水がどういう経緯で神崎さんの鞄に入ったのかは今のところ全くの不明だけど、こう胸が妙にざわつくというか、なんか嫌な予感がしてならない。

 あまり上手く言葉にはできないけど、悪意ある誰かの意思によって万引き以上のよからぬことが起きようとしているような、そんな……。

 僕の取り越し苦労であってくれると嬉しいけど……。

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