⑤黒ギャルさんと自宅でオーバーヒート

 気を取り直して僕達が始めたゲームは「遊び百科」だった。

「遊び百科」はその名の通り、トランプゲームやオセロに将棋など子供の頃誰しもがやったことあるだろうテーブルゲーム的遊びから、トイボクシングに野球盤などの玩具、更にはボーリングにビリヤード、ダーツまでとありとあらゆる遊びを網羅したソフトである。

 え、何でぼっちの僕がこんな誰かとわいわいやるようなゲームを持ってるのかだって?

 それはそのVチューバーが余りにも楽しそうにやってるものだからつい……。うん、やっぱりCPU相手に1人で黙々とプレイするのは空しかったですはい。


「よし山代。せかっくだからさ、1ゲームごとに何か罰ゲーム賭けて勝負しようじゃんか」

「へ、罰ゲームですか?」

「そ。普通にやるよりも、何か掛かってる方が刺激的で燃えるでしょ」


 僕が一通り「遊び百科」についての説明を終えると、神崎さんは試すよう不敵な笑みを浮かべてそんな提案をしてきた。

 何で陽側の人達って、何かとかこつけて賭け事や罰ゲーム制度を設けようとするのだろうか? その自分は絶対勝つから大丈夫みたいな前向きな精神はちょっと見習いたい。 

 

「うーんまぁ内容次第では、やっても……」

「罰ゲームの内容は――うーん、どうしよう?」

「決めてなかったのに言ったんですか……」

「へへへ――あ、そだ。このめっちゃある漫画を有効活用するって感じでさ、勝った方が負けた方にここにある漫画から好きな台詞を一つ選んで言わせるってことで。どう、面白そうでしょ?」


 にっと白い歯を見せて微笑んだ神崎さんが名案とばかり胸を張る。

 まぁこれくらいなら、特に問題はなさそうだし断る理由も――はっ待てよ! 神崎さんがどんな意図でこの勝負を持ちかけてきたのかは知らないけど、僕の持ってる漫画には発禁スレスレのとても地上派では放映できないようなかなり際どいシーンや発言もあるわけで――


「本当にいいんですか?」

「ん? なんで提案したあたしが逆に聞かれてるわけ? あたしがよくなかったから、そもそもこんなこと言い出すわけないじゃん」

「わかりました。では、それでいきましょう」

「お、何かよくわかんないけど、いつになくノリ気じゃん。いいねー」


 あははと楽観的に笑う神崎さんに、僕はただ粛々と頷く。

 言質はとったんだ。本人がいいって言ってるんだから構わないよね。

 

 ゲーム全くやったことなさそうな神崎さん相手に全力でぶつかって、その結果神崎さんが絶対口にしないようなあんなことやこんなことを言うことになっても……。



 そんな邪な気持ちを胸中で渦まかせながら、僕は勝負に挑んだ。


 そして―― 


「ま、負けた……」

「あはは、あたしの勝ちだね山代。んじゃ早速罰ゲームってことで。どうしよっかなぁー」


「1P・LOSE」と表示された画面を前に呆然とする僕を余所に、神崎さんがわくわくとした表情で本棚を物色し始める。


 1回戦はウォーミングアップも兼ねて2人ともが知ってる簡単なのでいこうということで、五目ならべをすることになった。

 五目ならべは先手必勝と言われるほど先手が有利で、公平な抽選の結果先手を引き当てた僕は「悪いけど、これはもらった!」と胸中を弾ませながら碁石を並べたんだけど――どういうわけか、気付けばあっさり負けていたのだった。


「五目並べってようするに○×ゲームでしょ。これなら中学の時サユリと授業中暇な時しょっちゅうノートの隅っこに書いてやってたから相当自信あるんだよねー実は。後攻の場合どいう立ち回りすればワンチャン作れるか完璧に頭に入ってるつーか」


 ふふんと神崎さんがしてやったとばかりに鼻息をならす。

 それは聞いてないですよー。


「おし決めた。じゃあ最初の罰ゲームはこれにしてもらおっかなぁー」


 そう言って神崎さんがにやつき顔で広げてきたのは、少女漫画のとある1ページ。


 そこには僕とは正反対と呼べる高身長で俺様系のイケメンキャラが、


『お前、気に入った。今日から俺の女にしてやるよ』


 と、びしっと指さして宣言してるシーンで。


「こ、こここれを僕が言うんですかぁ!?」

「そ。ちゃんとポーズ付きで感情込めてよろしくねー」

「いやいやいや。というか神崎さん絶対この手のタイプ嫌いですよね」

「うん、大嫌い。マジ何様のつもりつーか、このドヤ顔にグーパンで返事してやりたいレベル」

「じゃあなんでそれを僕にやらせようと……」

「うーん何でだろう。この漫画、サユリの家で読んだことあるから内容知ってるんだけど、なーんか山代にこの台詞言わせてみたくなった的な。ほら、こいつと山代じゃキャラが三百六十度違うし、面白そうって感じた的な」

「あの、三百六十度だと一周して僕と同じになってませんか……」


 なにはともあれ、ここでウジウジしてても終わることはないんだし、勢いに任せてぱっとやってしまおう。……凄い、嫌だけど。


「お、お前、き、気に入った。きき今日から、ほれの女にし、してやるよ」


 失敗した。緊張やら照れやら羞恥やらで言葉が上擦ったあげく、見事に一番大事なところで噛んでしまった。いやそのだって、俺とか言い慣れないし……。


 そう胸中で言い訳を並べていると、神崎さんが悪戯が成功した悪ガキみたくニヤニヤと心底楽しそうに頬を緩ませていて、


「んふふ、そんなへっぴり腰じゃあ山代の女になんて到底なれないよー」


 な、なるほど。このからかいも含めて罰ゲームというわけですか。まぁ、キモがられるより百倍ましですけど。


 そうして僕達は次のゲームを始めた。

 予め決めていたルールにより、負けた僕が次のゲームを選ぶ。

 選択したのは「戦車」。これは戦車を操作して先に三発相手にヒットさせた方が勝ちのミニシューティングゲームであり、もちろん僕が得意とするゲームだ。アナログでも存在するゲームはともかく、神崎さんはこういうデジタルゲームには慣れてなさそうだし、悪いけど、今度は勝たせてもらうから。


 ――と、意気込んだところまではよかったのだけど、


「また、負けた……」

「ふぃー。こういうのあんまやらないけど、結構面白いねー」


 嘘でしょと絶句する僕の横で、満足感の滲む喜色満面の笑みを浮かべて息つく。

 最初は僕が優勢だった。けれど、神崎さんはありえないスピードでどんどん学習していき「これあれだ。エアホッケーに似てるわ」と壁に弾を反射させたテクニカルな攻撃を連発させ、最後には見事逆転されてしまったのである。


 こんなはずじゃ……。

 

「んじゃ次はこれお願いねー」


 そう言って意気揚々と渡されたのは、巻数は違うものの同じ少女漫画のまたもやあの俺様キャラが、


『いいか、お前は俺のことだけ見てりゃいいんだよ。他の男を見るの禁止。これ、お願いじゃなくて命令だから。わかったな』


 と、ヒロインの顎をぐっと引いて目線を合わせた状態で、そう力強く言い放ってるシーンで。


「こ、これもまさか、さっきと同じように動作まで真似しないといけないやつですか?」

「もち」


 愉快げにぐっと親指を立てての即答。


「さ、あたしの方はいつでも準備おっけーだよ」


 無理難題を押しつけて楽しんでいるパワハラ上司みたく、にまぁーっと嗜虐的な笑みを張り付かせた神崎さんが、僕にぐっと顔を近づける。


 恥ずかしさと照れくささで頭が沸騰して思考回路がショート寸前になったその時、


 ――ぷちん


 と、僕の中で何かが弾けた。


「…………」

「おーいどうしたの山代? 早く台詞、言わないの? それとも、このままあたしとずっと見つめあっていたいーとか? にひひ」

「……それでもいいかもしれませんね?」

「へ?」

「神崎さんの綺麗で美しい顔をこんな至近距離の特等席で独り占めできるなら、ずっとこのままでも僕は全然構いませんよ」

「ふぇえええええええ!?」


 神崎さんの顎に手をあて、少し強引に目を合わせてそっと囁く。


 僕の中で何かが吹っ切れたというか、ここまで来たら羞恥心なんてどうでもよくなってきた。

 そう、今ならどんな歯の浮くキザな台詞だって息を吐くように言える気がして。


「ほんと、僕の心を毎回惑わす困った子猫ちゃんだ。君が未来永劫僕のものになってくれると誓うのなら、僕には全てを差し出す覚悟だってあるというのに」


 なんて。


「んへっ!?」


 神崎さんから不意に声になってない声が漏れ出たかと思うと、ぼしゅんと顔全体が紅葉色に染め上がった。


 ばっと僕の手を振りほどいて距離を取り、背を向けて、 


「や、やばい。なにこれなにこれ、手汗がはんぱないつーか、何でこんなドキドキするわけ。満更じゃないとか思ってるってこと? いやいやいや相手は山代だぞ、おちつけあたし正気になれ」


 まるで全力疾走した後のように呼吸を取り乱した神崎さんが、胸を押さえたままぶつぶつと独りごちる。


「さ、冗談はこのくらいにして、罰ゲームの台詞にとりかかるとしますか」

「い、いやいい。今回は今のでオッケーってことでいいから! つーか今これ以上迫られたら身体がもたない」

「? そ、そうですか。それなら早く次やりましょうよ。今度は僕負けませんからね」

「え、あ、うん」


 そして――


「ま、負けた……」

「よし、やっと勝ったぞ」


 愕然とする神崎さんを余所に、僕は初勝利の高揚から思わずガッツポーズしてしまう。

 僕がリベンジに選んだのは神経衰弱。記憶力がどうこう以前に、何か知らないけど三回戦を始めてから神崎さんはぼーっと熱にうなされているかのようずっと心ここにあらずだったのが大きかったというか、ま、これは集中してない神崎さんが悪いよね。


「さて、罰ゲームですね神崎さん」

「……うっ。いいし、甘い愛の言葉だろうが、服従宣言のご主人様呼びだろうが、え、エッチなおねだりだろうが、どんなのでもばっちこいだし」

 

 切腹の覚悟を決めた侍の如く、神崎さんが唸った。

 あの、神崎さんの中の僕のイメージって一体……。まぁあながち否定は出来ないんだけど。

 けれど、まるで芸人のふりみたく念入りにちらちらと僕の顔色を窺う視線は、心なしかそっち方面が来るのを期待しているような気がしないようにも見えて――流石にそれはないか。


 さてどうしよう?

 一つってなると悩むけど――ようし決めた。あれにしようかな。


 やや迷って考えを纏めた僕は、立ち上がってその台詞が描かれている漫画を手に取ると、神崎さんの傍に戻ってくる。


「神崎さん、それでは、この台詞でお願いします」

「ど、どれよ……。――って、えっ……? あんた、マジであたしにこの言葉を言って欲しいわけ……?」

「はい。心を込めてお願いしますね」


 疑念の視線で問う神崎さんに僕は即答で肯定した。

 すると神崎さんは腑に落ちないといった表情でしばし悩んだ末、やがて渋々と言った感じで口を開いて、


「私が貴方の告白を受け入れるとか、明日地球が滅亡する以上にありえるわけないじゃない。ほんと、どんなおめでたい脳の構造してたら、私が貴方の彼女になると思えるのかしら。生まれ変わって出直してきなさい」


 面白くないとばかりにぷいっと顔を背けての、それはもう超絶な棒読みだった。まるで、心を絶対込めたくないと抵抗するように。


 僕が選んだのは、台詞からもだいたい察せられるよう、とある漫画でヒロインが主人公を盛大に振っているシーンだった。


「こ、これがあたしに言わせたい台詞とか、普通はこの手の罰ゲームってあたしが選んだみたいにリアルで口にしたら恥ずかし台詞を言わせてリアクション見て楽しむもんでしょ。そ、それをよりによってこんな……ねぇ、一体どういうつもりなわけよ?」

「それはですねぇ……内緒です」

「ふ、ふーん」

 

 何故この台詞にしたかって。

 それは僕が、極上のツンデレというやつを味わってみたかったからに決まってるじゃないですか!

 実はこのヒロイン、最初こそクールで高飛車な嫌味キャラではあるものの、巻が進むごとにすさまじくデレていって献身的になり、最後には、


『……好きよ。この先の人生ずっと一緒にいたいと思うくらいには。貴方にならその、どんなことされたっていいと思えるくらいには……』


 なんて羞恥で顔を真っ赤にさせながらキュン死に必須なことを言い出すんですよね。是非この最強コンボを成立させたい。


 が、残念なことに僕はこの後神崎さんには一度も勝てることが出来ないまま、


「も、もうこれで終わりにしよう山代。あたしの負けでいいから!」


 何故か神崎さんが僕に次の罰ゲームをさせている途中にギブアップ宣言をし、ゲーム対決は唐突に終了することになったのだった。


 はぁ、見たかったな神崎さんのデレデレ台詞。

 もうこの機会を逃せば一生お目に掛かることはないだろうし、残念。

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