④黒ギャルさんと自宅でゲーム
「ごちそうさまでした」
「どーも、おそまつさまでした」
空っぽのお皿を前に僕が手を合わせると、テーブルを挟んで対面に座る神崎さんがにっこりと楽しそうに笑った。
神崎さんが僕に振るまってくれたのは、家の前で言っていたようにお好み焼き――それも裏に豚肉がびっしりとトッピングされた豚玉焼き。
お母さんが関西の出身らしく、母親直伝の出汁を予め作って水筒で持参してきてくれた神崎さん特製のお好み焼きは、生地がふわふわのトロトロで出しが効いていて、もう今まで食べていたお好み焼きは一体何だったんだっていうくらい絶品だった。
ただ、完成後に神崎さんが「山代の好きそうなメイド喫茶のあれやってあげるよ」とか悪ノリして僕の分にマヨネーズでハートマークを書いたのは、ちょっぴり恥ずかしかったり。
「ほんと、美味しかったです」
「ふふっ、満足してもらえたみたいでよかったよ。いやさー、ぶっちゃけ山代に何作ってあげようか結構あれこれ悩んだんだけど、あたしの家庭の味を知って欲しいなっと思ってこれにしたつーか。ほら、互いの味付けの好みが全然違うとかだったら、この先色々と大変でしょ。ま、別に心配する必要はこれっぽちもなかったみたいだけど」
にっ、と快活な笑みを浮かべる神崎さん。
この先色々と大変というのは、一緒に出かけた時の店選びが平行線になりかねないとか、そういう感じだろうか。
「にしてもー、入った時も思ったけど山代の部屋ってほんとすっごい漫画の量だよねー。これ、何かもうプチ漫喫が開けるくらいはあるんじゃない」
神崎さんが部屋内の壁にずらっと陳列した本棚を見回しながら感心するように呟いた。
「あはは、ぼっちで無趣味な分、学校終わった後や休日は家でこれといった予定もなくゴロゴロしてることばかりなものですから、気付いたらこうなってたと言いますかー」
「へぇー。つーかジャンルは結構バラバラなんだね。スポーツにバトル系とあたしでも知ってるメジャーなやつに、あっちの棚はシホが好きそうなちょっとオタクっぽいのでー、そっちには少女漫画まであるし。あ、これはサユリの部屋にもあったらかあたしも知ってるわ」
まるでRPGで始めてきた街を探索するみたく、好奇心を表情に滲ませた神崎さんが、きょろきょろと部屋内の本棚を物色する。
「実は僕、ジャケ買いといいますか、表紙見て直感的に面白そうだと思ったのは買っちゃうタイプでして。まぁ、ようするに単なる雑種なだけなんですけどね」
「ふーん。じゃあ心なしか黒髪で清楚な感じな似てる雰囲気の女の子が表紙の本が多い気がするのは、山代が本能で自分の好みの女の子を選び取ってるからってこと?」
本棚に顔を向けたまま、神崎さんが低いトーンでそう言った。
「へ……? あぁ、いや、それはその……」
不味いぞ。あながちそうかもしれないから何も言葉が浮かばない。
「ふーん。やっぱりそうなんだ」
「ちちち違います。言っときますけど、いつもそうってわけじゃありませんからね。現に今僕がやってるゲームでは神崎さんみたいなギャルキャラを彼女にして進めてるわけでして――」
何だか好きな子が周りにバレた小学生みたいな、とにかく否定したい気分で一色になった僕は気がつけばそう反論していて――言った後で正気に戻って後悔する。
しまった。やらかした。
自分に似た女の子勝手に彼女にしてる宣言とか、こんなの絶対ドン引きされるよね。
身の危険を感じて周り右して帰宅するレベルですよね。終わった僕の高校生活。
恐怖と絶望で心臓を縮こませながら、恐る恐る神崎さんをみやる。
すると――
「へぇーそうなんだ」
僕の予想とは大きく違い、何故か神崎さんはまるで嬉しさを押し殺せないとばかりにまにまと笑い始めて、
「どういうこと、それめっちゃ気になるんだけど。え、なになに、山代ってば、ゲームであたしに似た女の子を彼女にしてんの? え、マジウケるんだけど。あ、もしかしてあたしが電話した時にやってたゲームがそれってこと?」
「えっ、あ、はい。そうですけど……」
「えーめっちゃみたい。今からあたしの目の前でやってみせてよ」
「わ、わかりました……」
思い描いていた最悪な展開が来なかったことに安堵したこともあってか、僕は渋々ながらも急かされるまま神崎さんから連絡が来る前にやっていたテレビゲーム「パワパワ君」を再開した。
『――部活お疲れ様。育真、一緒に帰ろう』
早速件の黒ギャルヒロインが画面に登場する。
「ほぉーこれがそのあたし似の女の子ってわけ。普通にかわいいじゃんか。つーか、ちゃっかり主人公に自分の名前つけてるんだ」
「ま、まぁそうですね……」
「しかもこれ、自分の名前ちゃんと呼んでくれるんだ。山代ってばやるぅ」
ゲームをプレイする僕の隣りでニヤニヤとした笑みを張り付かせた神崎さんが、からかうように僕の頬をちょんちょんとつつく。
その後も神崎さんはヒロインとのイベントが始まる度に、
「なになに、心の中では山代もあたしとこんなデートをしたいとか思ってるわけ?」
「へぇー。山代は動物園か水族館の選択肢なら水族館選ぶんだ。なるほどねー」
「ちょ、山代、今の選択肢はないって。あれは怒ってるんじゃなく、かわいいって褒めて欲しかっただけだから。もう、ほんと山代ってば女心がわかってないんだからー。こんなんじゃ現実の神崎さんは到底攻略出来ないぞー」
と、心の底から楽しそうに僕にちょっかいかけてきて――
何ですか、この生き地獄は……。
たださえ自分の部屋に女の子がいるってだけで既にいっぱいいっぱいなのに、その上その女の子に似たヒロインを彼女にしたゲームをプレイさせられているとか、もう思考がキャパシティオーバーしてどうにかなりそうで――いや、もう深く考えたら駄目だ。幸いなことにこのゲームはそこまで長くないし、さっさと終わらせてしまおう。
そうこう考えることを放棄した僕は半ばやけくそになりながらゲームを進める。
そして――
『メリークリスマス育真!!』
サンタの格好をしたヒロインが、元気に笑って登場した。
あ、やばい。このクリスマスイベントって確か――
『……あーしその、初めてだから優しくしてね』
と、頬をピンク色に染めたヒロインが照れくさそうにそう言ったかと思うと、画面が急に暗転して、
『弾道が1上がった』
最後に表示されたのは無機質なメッセージ。
いわゆる性の六時間を連想させるイベントに、僕はギギギと壊れたブリキ人形みたいになって神崎さんの様子を窺う。さ、流石にこれは仏の心も三度までというか、ドン引きされる未来しか……。
「な、なに今の意味深な終わり方……。え、ようするにあいつらその、ヤったってこと? へ、嘘でしょ。山代とあたしに似たキャラがその……えっなことを……。つーか、弾道ってなに……?」
神崎さんは目を丸くし、わけがわからないとばかり口に手を当て絶句していて、
「あ」
顔を真っ赤に沸騰させた神崎さんと目があった。
ただただ見つめ合ったままの沈黙の時間。胸の鼓動がばくんばくんと爆発寸前みたくうるさく高鳴り、ここが自分の部屋だとは思えないくらい、気まずい空気が漂う。
「そ、その山代、あ、あはははははは……」
神崎さんがどうすればいいのかわらないと言った表情で目線を泳がせ、取り繕うように豪快な笑みを浮かべた。
僕は何とかしたいと咄嗟に思い浮かんだ言葉を並べる。
「と、とりあえずこうやって見てるだけじゃ暇でしょうし。二人で遊べる他のゲームに変えませんか」
「そ、そうだね。うん、そうしよう」
神崎さんの了承を得てすぐさま「パワパワ君」を終了させた僕は、別のゲームを起動させるべく準備にかかる。
「……ねぇ山代さぁ」
そんな中、神崎さんがか細い声で喋りかけてきて、
「ど、どうしましたか神崎さん」
「さっきの弾道ってのは結局なんなわけ? その上がったのはやっぱ、アレをしたのが理由なんだよね……。横でゲーム見てた感じ、マラソン大会で走力が、引っ越しのバイトして筋力の経験値的なの上がってたってことは、リアルでもアレと弾道に何らかの関係があるってことでしょ……?」
恥ずかしいけど好奇心には勝てない。
湯上がりみたいに顔を紅潮させた神崎さんは、そんな気恥ずかしそうな顔で上目遣いに僕を見つめていて……。
「え、えっとそれは……」
「つ、つーか山代は、あのキャラ以外で弾道あげるの禁止だからね」
「へ?」
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