③黒ギャルさんの来訪
土曜日。
これといって予定のなかった僕は、アパートの自室でゴロゴロとゲームをして過ごしていた。
プレイしているのはちょっと前に発売したばかりの大人気野球ゲーム・「パワパワ君」の最新作。
このゲームが往年の野球ファンだけでなく、僕みたいな正直野球にそこまで興味のない層にまで親しまれているのにはある理由があった。
ぶっちゃけた話このシリーズ、野球ゲーというよりギャルゲー的な側面の方が色濃いめだったりするのだ。
そう僕みたいなギャルゲーに手を出す勇気が出ない小心者のむっつり君が「いや、特殊能力が欲しいだけだし」という建前で気に入った女の子とひたすらいちゃついていても許されるゲームなのである。
というか、3年間甲子園目指してひたすら真面目に汗水垂らして練習してるよりも、街や校内をうろついて人脈を広めたり、彼女作ってデートしてる方が経験値が上がるってのがもう、何だかこの社会における真理や縮図をまざまざと見せられている気がしてちょっとやるせない……。
まぁそんなこんなで今の僕は、甲子園優勝という大義を成就させるべく、ヒロインの一人に絶賛アタックしている最中だったりするんだけど――
『――あーしも育真のこと、大好きだよ』
頬を染め幸せそうに笑いあう主人公とヒロインをバックに、「彼女が出来ました!」の大きな桃色の文字と達成音がおめでとうとばかり鳴り響く。僕の名前でプレイしていた主人公の告白が成功した瞬間だ。
このヒロイン、最初は深夜補導で捕まった罰として、嫌々主人公のいる廃部寸前の弱小野球部のマネージャーをやらされることになるんだけど、実は意外と責任感の強い性格で、主人公についで野球部を引っ張る大きな存在になっていくんだよね。
ちなみにその容姿は金髪で色黒のギャルと、どことなく神崎さんに似ているキャラで。
彼女を一目見た瞬間、気付けば僕はこのキャラの攻略ルートを選んでいた。
きっと一ヶ月前の僕なら絶対に選択しなかったキャラであるのは間違いないだろう。ギャルと僕は相対的な存在で、一生通じ合うことのないと、そう勝手に決めつけていた、神崎さんと話すようになる以前の僕なら。
というか勝手に自分に似たキャラを恋人にしてるとか、こんなの神崎さんにバレた日には、白い目で見られて距離を置かれること確実だよね。現実じゃ全く相手にされないからって、バーチャルに走るとか、あの人が一番軽蔑しそうな展開だし……。
と、一人物思いに老けていると、不意に手元に置いてあったスマホが鳴った。
それは神崎さんからのライムだった。何だかそこはかとない後ろめたさを覚えながらも、僕はスマホを手にとって確認する。
『やっほー山代。元気? 今何してる?』
メッセの後には、元気にはしゃぐ犬のスタンプ。
「今、ですか……?」
簡潔に言うのなら「家でゲームしてます」なんだろうけど……うーん何か味気ないような気がするんだよね。心なしか神崎さんに何の変哲もないつまらない男だと思われるのはちょっと心外だというか、まぁ実際そうなんですけど……。
それでもユーモアのある人だと好印象が持たれたいと、心の内側から訴えられているような気がした僕は、ない知恵を振り絞って考えて見る。
『今、女の子とデートしています』
送信、と。
ま、嘘はいってないからね。……ただしゲーム内の話、は抜けてるけど。
少し緊張しながら、返信を待つ。
すると既読がついたかと思うと、次の瞬間、神崎さんから何故だか唐突に電話がかかってきて、
「も、もしもし、どうしたんですか急に――」
『ねぇ、山代、今誰とデートしてるわけ? 学校のやつ? 柏木? あたしの知ってるやつかな? ねぇ誰なの? 気になるからちょっと教えて欲しいんだけどさぁ? ねぇ早く言ってよ』
電話越しに聞こえてきた神崎さんの声は、何故だか泣く子も黙りそうなくらいに抑揚がなく冷たい感じで、不意に背中に氷を垂らされたようなぞくりとした感触が駆け巡った。
それはまるでこれ以上嘘をついたら取り替えしのつかない事態になるぞって、そう身体全体から警告が飛んできているようで、僕は慌てて弁解を口にする。
「あの神崎さん、実はデートはデートでもゲームの中の話でして……」
『へ、ゲームの話……? あ、なぁーんだ、じゃあデートってのは嘘なんだ。もーう山代ってば、誤解させるようなこと言うなし。めちゃくちゃ驚いたつーか、心臓に悪いじゃんかぁ。ちょっとこれで寿命縮んでたらどう責任とるつもりー』
安堵の息を吐き出してぱぁっと気分を一変させた神崎さんがカラカラと冗談げに笑う。
ほっ。どうやらいつもの神崎さんの調子に戻ってくれたみたい。
『ま、冷静に考えて山代があたし以外の女の子と休日に一緒にいるとかありえないことだもんね。うんうん、ありえないありえない』
そりゃ紛れもない事実ではあるけど、何も別にそこまで頑なに言わなくても……。
「それで、用件は何だったんですか?」
『ん、用件?』
「あれ、何か用件があるから電話かけてきたんですよね?」
『あーそうだった。山代って今結局は家にいるってことでいいんだよね?』
「はい。そうですね」
『おけ。それじゃ今からそっちお邪魔させてもらうから』
「わかりました。――ってええっ!? 僕の家にって、どういうことですかぁ!?」
予期せぬ事態に思わず叫んでしまう。
あの話が全く見えないのですが……。
『ほら、この前二人でゲーセン言った時、あたしがエアホッケー勝負で負けて罰ゲームすることになってたでしょ。ちょうど今日暇だからあの時の約束果たそうかなぁって。山代の家に行って手料理作るってやつ』
そういえばありましたねそんなこと。
というかまだあの時から二週間も経ってなかったんだ。
あれから大きな出来事が多々あったせいで何だかかなり昔の話に感じる。
「確かに何かして欲しいかと聞かれて、あの場ではふと」
それに僕の記憶が正しければ、あの時の神崎さん明らかに手を抜いてたし。申し訳ない気がしてならない。
『いやいやそんなわけにはいかないでしょ。ルールはルールなんだし。それとも何、あたしが部屋に入られると困る理由があるとか? 例えば、あたしに内緒で連れ込んだ女の子の私物が残ってるとかー』
電話越しでもにやぁと笑ってるのが安易に想像出来る、茶化した言葉。
「い、いやそれはその……」
それはありえないけど、部屋の掃除とか、ぼっちすぎてお客さんが来た時どうもてなせばいいいのかわからないとか、そもそも家に女の子が来るなんて僕の人生には永久に実装されることのないイベントだと思ってたとか、別の意味で沢山困っている。
そう僕があふれ出る問題で胸中をいっぱいいっぱいにさせてしどろもどろになっていると。
『へぇ。その焦った感じ、本当にあるんだ』
と、またもや神崎さんの声が凍てついて、
「ち、違います。ないですからそんなのもの。というより、僕と両親以外この部屋には誰も入ったことありませんし」
『そ。ならいいよねそっちお邪魔しても』
「それは構いませんが……」
『じゃ決まりってことで。今から買う物買って準備して向かうから。一時間くらいかなぁ。近くまで来たらまた連絡するねー』
「わかりました。……あれ? 何かその言い方だとまるで僕の住んでるアパートがどこなのか知ってるみたいですけど」
『そこはちゃんと調べてあるから、心配しなくても大丈夫だよ。ああでも流石に部屋まではわからないから、ちょっと出てきて欲しいかな』
「へ? 」
電話を終えると、僕は慌てて掃除を始めた。……エロいのは纏めて絶対バレそうにない場所に隠しておかないと。
そうして一時間後。
もうつくと連絡が来た僕は、アパートの前に出て神崎さんを待っていた。
「お待たせー山代」
快活な笑みを浮かべて僕の名を呼んだ神崎さんは、重そうな買い物袋で両手を塞いでいて――え、二人分のご飯を作るだけにしては何か荷物の量が多い気がしませんか?
「あの神崎さん? そんな大荷物で一体何作る気だったんですか? まさかフランス料理のフルコースとか言わないですよね」
「へ、フルコース? 作ろうと思ってるのは普通にお好み焼きだけど――あー、それにしては荷物が多いって話ね。そりゃそうでしょ。なんせ山代の家に始めてお邪魔するわけだし、今後のこと考えてもそれ相応に買いそろえといた方がいいに決まってるじゃん。お箸とか、コップとか、後、歯ブラシとかも」
目をキラキラとさせ、さも当たり前のように話す神崎さん。
確かに僕は一人暮らしですし、自分以外の食器は用意してありませんが……。
「あの、その今後のことというのは一体?」
「あ、それ。いやーここ思ってたよりあたしの家から近かったから、これからもちょくちょくお邪魔してご飯作ってあげようかなぁって。いつも一人でご飯というのも寂しいでしょ」
「い、いやそこまで神崎さんにしていただくわけには――」
「いいっていいって。あたしと山代の仲に遠慮なんていらないし」
何の心配もいらないとばかり神崎さんがにっと得意げな笑みを浮かべる。
何かまるで通い妻っぽい空気になっているような……いやいやそれは流石に僕の自意識過剰だよね。これは単なる神崎さんの厚意で、それ以上の他意があることなんてありえなのいだから。すみません。
「ささ、早く部屋まで案内してよ。正直、そろそろ荷物が重くて限界なんだけど」
「あ、はい。すみません」
急かされた僕は、思考を中断して神崎さんを部屋に上げたのだった。
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