②黒ギャルさんVS黒ギャルさん
「あの、これは一体どういうことなのかな……?」
玄関外で合流した柏木さんが、僕の隣りにいた神崎さんを一瞥すると困惑気味に尋ねて来た。
「どういうことと、言われましても……」
「なに、あたしは友達である山代のことを手伝おうと思ってここにいるだけなんだけど。なんか文句あるわけ?」
「べ、別に手伝ってくれること事態は全然構わないんだよ。……ただ、今のままだだったら逆に山代君の邪魔になってるんじゃないかなぁーって」
不快感を隠すことなくぶっきらぼうな態度の神崎さんに、柏木さんは少し気後れしつつも怖ず怖ずと言葉を返した。
「は? 邪魔ってどういうこと? まぁそりゃあんたにとっては、あたしの存在はお邪魔虫かもしんないけどさ。山代があたしを邪魔者扱いすることはありえないつーか、勝手に山代の気持ちを捏造しないで欲しいんだけど。むかつく」
「うーん、それはどうだろう……。ほら、実際山代君ってば困ってるみたいだし……」
「あ、あははは」
ムッとなって語気を荒げる神崎さんを余所に、柏木さんの視線がある一点へと集中する。
――僕の腕をぎゅっと抱いて放さない神崎さんの両手にへと。
僕はどう反応したらいいのかわからず、視線を泳がせて苦笑いするしかなくて……。
僕が靴を変えた直後から、神崎さんは何故か突然僕の腕にぎゅっと抱いてきてずっとそのままだったりする。
ちょっと照れくさそうに頬を赤らめ、まるで恋人同士がするそれのように。
さっきから玄関を行き交う人達の奇異や好奇の混ざった視線がぐっさぐさと僕のメンタルを抉るようにやって来ていて、もう羞恥や照れやらで顔がサウナに監禁されているように熱くぼーっとしてこのまま沸騰死しそうだった。
まぁ僕と神崎さんの見た目と体格差からして、傍目から見れば恋人っていうよりも過保護な姉と弟って印象の方が強そうだけど。
「はぁ、山代があたしと一緒にいて困るとか意味わかんないんだけど。ね、山代。あたしが、あんたの邪魔になってるとかありえないよね?」
自信満々に僕を見つめる神崎さんが期待を込めるよう腕を抱く手にぎゅっと力を込める。
悪いけど、ここは正直に言うべきだよね。
「ごめんなさい神崎さん。正直、ちょっと困ってるかもです」
「へ……?」
神崎さんがこの世の終わりみたく、あんぐりと口を開けたまま絶句して固まった。
「な、なんで……。あたしにこうやって触られるのは嫌なの?」
「い、いや別に嫌だからとかそんなんじゃないんですよ。そりゃ普通なら嬉しいに決まってるじゃないですか」
まるで飼い主に捨てられた子犬のように今にも泣き出しそうな目で僕を見つめる神崎さんに、僕は慌てて釈明した。
弱気な神崎さんとかレア度も相俟って何だかどことない罪悪感が……。
「けど、冷静に考えてみて下さい。僕達は今から近隣の住民の理解を得るためのビラ配りに行くんですよ。もっと率直に言うと、これから僕達はお願いしにいくんです。そんな立場の人達が腕を組み、まるでカップルみたいにいちゃつきながら現れたらどう思います。あまり印象はよくありませんよね。不誠実って思われて協力を拒まれても仕方ありませんよね。というか僕が逆の立場で自分の家先でいちゃつかれたら、馬鹿にしてんのかって思わず塩撒いてやりたくなりますよ。つまりそういうことです」
「あ、あたしと山代がカップルとか、ま、まだそんなんじゃねぇし。もう山代ってば、ただ腕を組んだってだけなのに妙な誤解しないで欲しいんだけど。こんなん友達同士だとフツーじゃん」
ぽ、ポイントはそこじゃないですよ神崎さん!
それと神崎さんは顔を夕焼け色に染めたにやつき顔で、発言に反して満更じゃない風に見えなくもないのは……いやいや流石にそれは僕の早とちりだよね。気を付けないと。
「ともかく、桜星高校の看板を背負ってお願いにいくからにはそれ相応の誠実な態度で挑むべきかと」
「わかった。それじゃ終わった後なら好きにしていいってことだよね」
「へ……? まぁ、活動外であれば後は当人同士の自由ですし、誰にも迷惑はかからないから特に問題ないとは思いますが……」
「よし。じゃあそれまで我慢する」
こくりと頷いた神崎さんがぱっと手を放した。
え、我慢ってどういうこと? また今みたいにぎゅっとくっついてくるってことですか。それはそれで僕のメンタルが持たないんですがぁ!
というか今の会話、何だかまるで付き合いたてでとにかくいちゃつきたくてたまらないカップルのそれみたいになってた感じがするけど……気のせいだよね。
「あはは、わたし完全に蚊帳の外状態だね……」
「ほんと。何でまだいるわけよ」
「何か流れ的にわたしが空気読めない人みたいになってるけど、わたしだって山代君と同じ文化祭実行委員だからね。本来、神崎さんがここにいるのがおかしいんだよ!」
「ふーん。ならなに、あんたには文化祭実行委員としての責務以外に他意や私情は一ミリもないってことでいいんだね。だったら別にあたしを責める権利は十分にあると思うけど、そこんとこ、どうなわけ?」
「そ、それは……いいじゃん少しくらい役得であっても!」
「ほら、やっぱ図星じゃん。こんなクラスの風紀が乱れるかもしれない状況、知ったからには放っておくわけにも行かないよね。うん、やっぱこれはあたしがクラス代表としてチェックするためにも同行しないと」
「何だろう、めちゃくちゃ言われてるのにどことなく正論に聞こえてくるこの感じは……でもでも、クラスで一番風紀を乱す存在であるギャルの神崎さんに言われるのだけは絶対に間違ってるからね!」
「はぁ、今はあんただってギャルのくせに。つーか、どう考えても今日イチ、クラスどころか学校全体の風紀乱していたのあんたでしょ」
柏木さんと神崎さんが、不快感を剥き出しに言葉をぶつけあう。
やっぱりこの二人って、ウマが合わないみたいだよね。どうにも見ている感じ、柏木さんが黒ギャル化したのは、神崎さんへの対抗意識が絡んでいるのは確かみたいだいし。
なにはともあれ、僕達はビラ配りを開始したのだった。
近隣住民は去年の事件から文化祭に反対していて、事実上対立的な構図になっている。
その先入観から、僕達は決して歓迎されることはなく、向かい風な状況の中ともすれば押し売りセールスマンを追い払うような塩対応で署名を突っ返されることもあるんじゃないかって、内心ヒヤヒヤしながら挑んだわけだったんだけど――
「「「――本日はお忙しい中ご協力いただき、どうもありがとうございました」」」
訪問先にて。
やることを終えた僕達は、丁寧なお辞儀をして玄関のドアを閉めた。
これで五件目の訪問。
僕達の活動、ビラ配りによる説明と署名活動は、当初のネガティブな想像とは大きく逸脱する形ですこぶる順調だった。
一応この面子唯一の男子だからというのもあって、ヘイトはなるべく僕が引き受けようと、先人を切って訪問して説明をするよう心がけていたんだけど、どうやらそれが功をなしたらしい。
というのも、どうにもこの垢抜けて綺麗な黒ギャル二人に挟まれたチビで冴えない僕という構図のセットが訪問した方々の目には「陽キャが青春を謳歌するために、面倒事を嫌々押しつけられて働かされている押しに弱くて逆らえない陰キャ」という風に捉えられていたみたい。
それに気付かされたのは三件目の訪問が終わった直後のこと。
署名をいただきお礼を言って退出しようとした矢先に呼び止められた僕は、対応してくれたオシャレな大学生のお兄さんに「俺も高校の時は君みたいに、ぱっとしない陰キャで陽キャに弄られたりパシられたりとか灰色の青春だったけど。今は普通にカノジョも出来て楽しい日々を送ってるし。君にも必ず、そんな日は来るから強く生きろよ」と謎の励ましをもらい、それをきっかけにどことなく最初の訪問から感じていた生暖かい視線の正体に気付いたのである。
まぁ、僕が実際陰キャぼっちなのは確かだし、当たらずとも遠からずではあるから別にいいんだけど。
それと訪問先の話を聞くに、どうやら一部の声が大きい住人が躍起になって熱心に反対しているらしく、殆どの人達は「毎年そうなら看過できないけど、去年一回起こっただけだし。そもそもその問題の生徒がとっくに卒業している可能性もあるしねぇ」と、そこまで感心はないらしい。ちょっとほっとした。
ただ裏を返せば、これから向かう家が例の一部の声が大きい住人という可能性は十分ありえるわけだ。そう思うと気を引き締めたままでいないと。
ええっとそれで次の訪問先の名前はっと……。
玄関前に立った僕は、チャイムを押す前にちらっと表札を確認した。
表札には前村の二文字。ここはどうやら前村さんのお宅らしい。
……あれ?
この名前、どこかで聞いた覚えが――ああっ、思い出した!
文化祭中止騒動の発端となる、例の道ばたで花火をしていた不届き者を注意しに行った住人が、確かそんな名前だったはず。
ってことはうわぁ……流石に今までと同じく平和で滞りなく終了ってわけにはいかないようね。うぅ、急に緊張が激流みたいに押し寄せてきたというか、お腹が……。
一旦心の中で深呼吸すると、逃げちゃ駄目だと心の中で詠唱しながら、僕は恐る恐るチャイムを押した。
「はいよー」
と、快活な声と共に家から出てきたのは、四十代半ばと思われる筋骨隆々な長身の男性だった。
体重差が二倍くらいありそうな前村さんにそこはかとない圧迫感を覚えながら、僕は頑張って声を出した。
「すみません、前村さんでしょうか」
「おう、前村は俺だが」
「あの、実は僕達桜星高校文化祭実行委員のものでして。今回はそのお願いがあって参りました」
これまでと同じようビラを手渡しし、去年の問題に対する対策方法をさっと説明する。
「――それでよければ文化祭賛同の署名の方をいただけると嬉しいのですが……どうでしょうか……」
「署名ねぇ……」
僕が恐る恐る差しだした署名のノートをぱっと受け取ったと思うと、前村さんは意気揚々とペンを走らせて、
「ほらよ。これでいいか」
「あ、ありがとうございます!」
予想だにしない展開に思わず声が上擦って大きくなる。
だってこんなスムーズに終わるとは思ってもみなかったから。
「ま、あん時は上手いこと逃げられて腹が立ってたのもあって結構ガツンと学校に文句言ったけどさ、冷静に考えて兄ちゃん達みたく何の非もない生徒が大半なわけだし、何もすぐさま中止ってのも俺はやりすぎじゃないかって思ってんだよな。他の住人の顔がある手前、あんま大きな声では言えないけど」
小声でそう補足した前村さんが、朗らかな笑みを浮かべる。
よかった。この人、めちゃくちゃいい人みたい。
「……ん?」
が、次の瞬間、前村さんは不意に顔を強張らせたと思いきや、
「あれ、ちょっと待てよ。この匂いは……」
そう、何かを確認するよう唐突に鼻をくんくんとさせて、
「間違いねぇ。あん時の匂いと一緒だ!」
トリックを暴いた探偵みたく、犯人はお前だとばかり神崎さんを指さして大きく叫んだ。
「へ……あ、あたし?」
神崎さんが思考が追いつかないとばかり自分の顔を指さして目を点にする。
「俺は昔から鼻が人一倍利くたちでよぉ。あぁ、間違いない。嬢ちゃんからするその香水っぽい匂い。あれは逃げられたやつらの一人がしてたのと同じ匂いだ」
「い、いやあたしそんなの知らねぇし。ちょっとなに、同じ香水使ってるからって勝手に犯人にしないで欲しいんですけどー。こんなの街にいけば普通に売ってるから誰でも買えるし」
不服だと抗議するよう両手をグーにした神崎さんが眉を吊り上げる。
すると前村さんは豪快に笑い始めて、
「がはは、もちろんそれだけでお前があの時の犯人だーなんて、そんな安易なこと言ったりしねぇよ。あの時の犯人が自分の犯行を内緒にしたまましれっとした顔で署名に回ってるとか、普通に考えてありえねぇもんな。悪かったな、誤解を招くようなこと言って」
「ふん、ならいいんだけど」
謝られても気は収まらないとばかり、神崎さんがぷいっとそっぽを向く。
そうこう少しだけヒヤッとした展開を挟みつつも、僕達の活動は訪問した住民全てから署名を頂ける形で無事に終了したのだった。
が、僕は知らなかった。
あの時の何気ないやり取りが、後に起こる騒動のきっかけを生んでいたことに。
全く。
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