6章 キレると思ったことをド直球に口にしちゃう僕、知らない内にクラスの清楚で真面目な委員長に大説教していたらしく、何故か黒ギャル化していた
①柏木さんのイメチェン
僕のクラスの誰にでも優しくて清楚で真面目な委員長、柏木小春さんがギャルへとイメチェンした。
その衝撃の事実は同級生から上級生下級生へと伝播し、更には教師をも巻き込んでまるで人気アイドルの電撃結婚の如くビッグニュースとなって校内を震撼させていた。
言わずもがな周囲の反応は阿鼻叫喚の嵐で歓迎的とは言えなかったけど、柏木さん本人が活き活きとしているならそれはそれでいいんじゃないかと僕は思う。
ただ問題があるとすれば柏木さんがこうなったきっかけを作ったのが、どうにもオーバーヒート状態の僕が言った言葉が原因だということで――
一体何を言ったですか昨日の僕はぁあああああ!?
あの誰にでも優しい真面目なキャラで通っていた柏木さんが、ともすれば自身のアイデンティティをかなぐり捨てる形であれだけの変貌をとげたんだ。それだけ柏木さんの心を震撼させる強烈な何があったと見て間違いないだろう。
だというのに、いつものことながらさっぱりわからないのが僕の心を重くさせる。というか、滅茶苦茶失礼なことを言ってないかが気がかりだ……。
それと変化したのは容姿だけではなく、
「山代君、ノート運ぶの手伝ってくれる?」
「山代君、先生から職員室にプリント取りにくるよう頼まれたんだけど、一緒についてきてもらえないかな?」
「用事が告白なら申し訳ないですがお断りします。わたしには既に心に決めた人がいますから」
柏木さんが委員長の仕事をする時頻繁に僕を頼るようになったり、告白の誘いをばっさり断るようになった。
これはきっといい変化だよね。僕なんか基本ぼっちで暇してるから、手伝いごとなんていつでも大歓迎だ。
ただ――
「ん、山代君どうかした?」
「い、いえその……」
僕の視線に反応した柏木さんがきょとんと首を傾げた。
その至って平和で何事もなさげな表情に、僕は心に抱いたある懸念を指摘するべきか戸惑い喉が固まってしまう。
現在、放課後。
僕は柏木さんと文化祭実行委員として、近隣住民への文化祭開催の協力を求めるために配るビラを委員会本部から受け取り、玄関を目指しているんだけど……。
「いやーそれにしても今日一日周りの反応ってば最高だったよね。特に男子ってば、わたしへの配慮を忘れるくらい幻滅したって顔に書いてあるような感じで顔引きつらせちゃったりしてさ。こっちは普段通りに接してるのに、むこうは露骨に距離感だしてきたりとか。ほんと、傑作だったよ。わたしはただちょっといつもとは違う方向のオシャレに挑戦してみたってだけなのに。男子ってば勝手なバックボーン想像して勝手に落ちこんでさ、わたしは悲しいよ」
「あの、不躾な話、その辺大丈夫なんですか? 結構心のないことを言っていた人もいた気が……」
今日一日、どこのグループももっぱら柏木さんの話題で持ちきりだった。
ぼっちの僕ですら、クラスではもちろんのこと、食堂や廊下を歩いていても嫌でも耳に入ってきたレベルだ。
きっと柏木さんもどこかで聞いちゃってるだろうと眉をひそめる。
「もちろん、知ってるよ」
が、柏木さんは僕の心配など杞憂だとばかり、にっと明るく口許を綻ばせた。
「山代君が昨日言ってくれたよう、わたしの見てくれが少し変わっただけであることないこと騒ぎ出して勝手に幻滅するような存在は所詮その程度の人だもんね。その手の人達って、どうせ柏木さんは清楚で天使のような存在だとか気持ち悪い妄想抱いて、本当のわたしがどんなんだとか知ろうとも思わないんだから。ほんと何様というか、こっちから断りって感じだよ。ねっ」
賛同を求めるように微笑する柏木さん。
え、昨日の僕、そんなこと言ったの?
「そだ、いいこと考えた。今度わたしに天使だとか勝手な妄想を植え付けてた人達にわざと聞こえるような距離で、彼氏との初体験の時の生々しい話とか盛大にしてあげちゃおうかなぁ。ま、実際そんな経験ないから、実行するとしてもまだまだ先の話になっちゃうけど、あいつらがどんな顔するのか楽しみだなぁ」
ちろっと舌をだして嗜虐的な笑みを浮かべる。
? あれ、柏木さんってこんな毒舌な人でしたっけ?
「ちなみに女子からの反応はこれが予想外にも好評だったんだよ。いい子ぶるのやめて友達が減っちゃうのはちょっと残念だなって思ってたけど、引かれるどころか寧ろ前より友好的に接してくれる人が増えてねー。なんかね、自分の好きだった相手がわたしを好きだったけど、今回の男匂わせなイメチェンでなし崩し的に失恋してワンチャン到来したのが大凡の理由みたい。おまけに、失恋を慰めるのを建前に急接近出来て感謝してるみたいな感じで寄ってきて。前より似合ってるとかそっちでいる方がいいよ――とか、ほんと、笑っちゃうよね」
「それは笑っちゃうの一言ですませていい話ではないような……」
「いいのいいの。周りになんて言われたり、どんな魂胆で近づいていようが、わたしにはこうやって素の自分をさらけ出して受け止めてくれる山代君がいるんだから。それで全部プラマイ帳消し――寧ろプラスよりかなっ」
と、期待するような眼差しを送る柏木さんは、ビラを持つ僕の肩や腕に触れるほどの距離でぴたっと隣りに並んでいて――やっぱりなんか今日、妙に距離が近くないですか?
そう、これこそが僕の抱いていた懸念。
今日の柏木さんは、何をするにしても距離が異様に近いのだ。いや、僕が柏木さんとよく関わるようになったのが今日からってだけで、これが柏木さんの普通だったって可能性は十分にありえる。
そりゃ元から手を握ったりとか無意識なスキンシップが多い人ではあったけど、普段からこんなカップルみたいにパーソナルスペース大進入な密着をしてたんじゃ、誤解させる方が悪いって反論されても擁護できない気が……。
これは、いちおう忠告しといた方がいいよね。
オーバーヒートの僕が何を言ったかいまいち把握しきれていないけど、今の話から察するに柏木さんは僕と裏表のない関係を望んでいるみたいだし尚更。
「あの、柏木さん」
「ん、なにかな?」
「この距離感は流石に僕に気があると誤解されても仕方がないと言いますか。別に僕自身がそうならなくとも、周りが誤解すると思います。そうしたらまた、ややここしい事態になるのではないですか」
特に柏木さんと僕との間には朝の一件、「山代君以外には別に嫌われても別に構わない」宣言があっただけに。
今日一日周囲からどれだけ「俺達の天使を堕天させたのはお前か」とばかり責めるような視線が飛んできて肩身の狭い思いをしたことやら。
まぁ、実際に僕に原因があるのは事実っぽいから、そこは真摯に受け止めるしかないんだけど。
「そうだね。確かに誤解で告白されたり、覚えのない嫉妬をぶつけられるのはもうこりごりだよ。でも、これは別に誤解でも何でもなく、わたしがそうしたくってやってることだから、何も余計な心配することはないんじゃないかな」
「えっ?」
「山代君にならわたし、別に告白されても困ったとは全然思わないよ。寧ろ全然ウェルカムだから。いつでも待ってるね」
「か、からかわないでください」
「えーからかってるつもりは一つもないんだけどなー。山代君さえその気になってくれれば、さっきの初体験話だって近いうちの話になっちゃうかもよ」
「ほ、ほらからかってるじゃないですか!」
顔を茹でだこのようにして慌てふためきながらも、冗談はそこまでにして欲しいと憤りを露わにする僕。
そんな僕を前に、柏木さんは突然笑みを消したかと思うと、
「山代君こそ誤解しないでよ。わたしは本気だから」
ぎゅっと僕の腕を抱き、真剣な目で僕をじっと見つめた。
「え……?」
どうしたらいいかわからず、僕はぴたっとその場で固まる。
思考が現実に全然おいつかない。
あのクラスのマドンナたる柏木さんが本当に僕のことを……!?
い、いやそんな――けど、この人の目は冗談を言ってるようには――
と、思考回路がショート寸前の大混乱を起こしていたその時、
「――こほん」
背後からわざとらしく咳き込んだ声が到来した。
半ば反射的に振り返ると、そこには眉をハの字に侮蔑オーラを剥き出しにして嫌悪の表情を浮かべる生徒会長さんがいて、
「お前達、廊下の真ん中で堂々といちゃつかれると通行の邪魔なのだが」
「「す、すみません!」」
静かで淡々としつつも背後に仁王像を思い浮かべそうな程に圧を感じる声音に、僕と柏木さんはささっと廊下の隅に移動する。さ、流石は神崎さんのお姉さんなだけあってオーラが凄い。美人の不機嫌な顔って、どうしてこんなに怖く感じるのだろうか。
生徒会長は大名のお通りみたく顔を俯かせた僕達の横を、悠然と通りすぎようとしていたのだが、
「ん?」
柏木さんの顔をまじまじと見たかと思うと、何やら考えるような顔になって歩みを止めた。
「確かお前は、二年の柏木小春だったな。今話題の」
「へ? 話題かどうかはわかりませんが、確かに柏木小春はわたしですけど……」
「私は生徒会長やらせてもらっている手前、こう見えても校内のニュースは一通り押さえるようにしていてな。もちろん君の噂も聞き及んでいるよ。清楚キャラから突然のギャルキャラへの転向。恋愛経験のなさそうな彼女だからこそ、タチの悪い男に引っかかって自分を見失ってるんじゃないかって」
本人を前に一切配慮することなく、凜とした表情のままばっさりそう告げた生徒会長。
このいい意味でも悪い意味でも自分のいいたいことをズバッと口にしちゃえる部分は何というか神崎さんのお姉さんであるのを納得させられる。
「噂を聞いた私個人の感想としては、いくら彼女が世間的にはあまりよく思われない格好になったからといって、会ってもない男を最初から悪と決めつけ否定するのはどうかと、単なる純愛の可能性だって大いにありえるだろうと思っていたが――なるほど相手が貴様であるのなら納得だ。そいつは正真正銘タチの悪い男だからな」
ふむと、首を縦に振って、勝手に納得したかと思うと、生徒会長は歩みを再開した。
のだが――
「おい、貴様」
僕の横を通りすぎようとしていた生徒会長がまた不意に立ち止まったかと思うと、ギロリと敵対心MAXな眼差しで僕を睨んだ。
「は、はひ?」
「麗子の件と言いその子と言い、どうやら貴様は自分への好意を利用して己の欲望を満たすために自分色に染めて思いのまま操るのが趣味みたいだな。まったく、人は見かけによらないという言葉はあるが、何事にも限度と言うものはあるだろ。そういえば昔読んだ本に書いてあったな、本当の悪というものは、常人には例え思いついてもやらないことを平気な顔でやってのけると。なるほど、どうやらうちの妹は相当タチの悪いやつに引っかかったようだ」
生徒会長が頭痛がするとばかり頭を押さえる。
ちょ、ちょっと待て。
まさか僕、神崎さんのお姉さんの中で、神崎さんと柏木さんの両方に手を出してる二股クズ野郎とかそんな感じに思われちゃってるぅううううう!?
う、嘘だよね。
何でここに来て、余計事態が悪化しちゃう展開になっちゃうの!?
ど、どうにかして今すぐ誤解とくんだ。
あぁでももう既に取り返しのならない方向に進んでる気が……いやいや、だとしても何とかしないと。けど実際問題どうすればいいのやら――
考えが纏まらず、そう僕が胸中であれこれ懊悩している間に、生徒会長が先に口を動かして、
「だがな、私は麗子の姉として、必ずあの子の目を覚まさせて貴様の魔の手から守ってみせるから覚えておけ。いつまでも貴様の思い通りには進まないとな」
目と鼻の先までにじりよって般若の如く凄んだ。
足先が震える。
こ、怖い。誰か助けてください。気を抜いたらちびりそうなんですけど!?
ふんと鼻を鳴らして気を切り替えると、生徒会長さんはスタスタと去って行った。
ごめんなさい神崎さん。生徒会長と仲良くなるあの話、たぶん無理そうです。
「あの……なんだか生徒会長さんにとても嫌われてるみたいな雰囲気だったけど、何かしちゃったの?」
生徒会長が姿が完全に見えなくなったのを確認すると、柏木さんが怖ず怖ずと尋ねて来た。
「実はですね、生徒会長って神崎さんのお姉さんだったりするんですが、色々とあって現在、神崎さんが僕に恋愛的な好意を持ってると誤解されてると言いますか……。もちろんあの神崎さんが僕なんかに好意を抱くなんて、とんだ思い上がりもはだはだしいと思います。ですが実際、今のやり取りを見てもらっておわかりになったと思うよう、生徒会長さんはすっかりそうだと誤解してまして」
「……へぇ。そうなんだ。生徒会長は神崎さんが山代君を好きだと”誤解”してるんだ」
「ですです。そうなんですよ」
「そっかぁ」
あれ? 何で柏木さん、「誤解」の部分を強調して言ったんだろう。おまけに唇がつり上がっていて、心なしか嬉しそうにしてる気が……。
彼女の意味深げな表情にちょっと引っかかりを覚えて小首を傾げつつも、僕と柏木さんは玄関に辿り付いた。
外に出るため靴を変えようと、一旦別れて各々の下駄箱へと足を運ぶ。
すると、
「お、山代。文化祭実行委員お疲れー」
「あれ、神崎さん?」
僕の下駄箱の前に立っていた神崎さんが、僕の顔を見た途端、にこやかな顔で手を振った。
「どうしたんですか、こんなところで?」
「いやさー、今日暇だから山代のことちょっち手伝ってあげちゃおうっかなぁって。ほら、昨日はあたしの用事で連れ回したわけでしょ。だから、今日はあたしが連れ回されるばん的な」
「そんな。別に気にしなくてもいいのに」
「いいの、いいの。どうせ暇だから……。つーか、このまま帰ったらこのよくわかんないモヤモヤがおさまらな――ん、ちょっと待って」
何かに気付いた神崎さんがばっと僕に顔を近づけ、まるで犬のようにくんくんと匂いを嗅ぎ始めたかと思うと、やがてその鼻先は僕の腕へと集中していった。
「ここだ。なんで山代の腕から、こんな女の子っぽい匂いがするわけ。普通に接してるだけならここまでで残り香が強くつかないよね?」
「へ……?」
「説明、して欲しいんだけど」
「それはその……さっきまで柏木さんと並んでここまで向かっていたのですが、その時の距離が密着するくらいに近かったと言いますか、ああでも柏木さん自身は全く気にした様子がなくてですね。寧ろ気にしている僕がおかしいって空気で――あはは、これが陽キャと陰キャの距離感の違いってやつなんでしょうかね」
苦笑してそう締めるも、
「ふーん。そうなんだ」
神崎さんは納得がいかないとばかりつまらなさそうな顔をしていてたのだった。
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