⑤神崎さんと尾行
「と、とんでもない目に遭いました……」
「たはは、山代ドンマイ、ドンマイ」
うな垂れる僕の背中を、神崎さんが元気出しなよとばかり苦笑してぽんぽんと叩く。
物理室の掃除を終えた木村さんが、学校から出てどこかへ向かうのを尾行する最中。
先の出来事を思い返していた僕は、思わず苦い顔になっていた。
あの後、神崎さんは生徒会長こと神崎さんのお姉さんに、本人である僕を前にしているにも気にすることなく「お前は騙されている。男を見る目を養え」「自分を安売りするな」「こんな人間の腐ったやつとは即刻距離を置け」などそれはもう散々に叱責されていた。
だが、例え冗談だったといえど僕が神崎さんに裸の写真をお願いしたことは事実でしかない以上、僕は何も言い返すことは出来ずただただ反省してますとばかりしゅんとしていたんだけど。それがまた「ふん。あの麗子に裸の画像を強要出来るなど一体どれだけ肝の据わった男だとある意味興味が湧いていたところだったが、自分を想ってくれている相手が自分のせいで責められているのに私に怖じ気付いてただただ畏縮しているだけだとか。これほどまで人として嫌悪感を覚える男は貴様が初めてだ」と謎の失望と怒りを買ってしまって――
「ま、心配しなくても、お姉に何言われたところで、あたしが一緒にいる相手はあたし自身が決めるから。山代と距離を置くとか絶対にないし、そこんとこちゃんと勘違いしないように」
「神崎さん……ありがとうございます」
「だから、山代もお姉にちゃんと認められるよう頑張ってよね」
「あの、それってやっぱ頑張らないといけませんかね。庇っていただいた神崎さんには申し訳ないのですが、正直無理な気が……」
人生で一番嫌悪感を覚えた男という不明よな烙印を押された僕が、ここから挽回する手立てなんてはたして存在するのだろうか?
「当然でしょ。せっかく仲良くなったんだし、山代にはこれからあたしの家に遊びに来たりとか、場合によってはあたしの家族と一緒にご飯食べたりお出かけする可能性だってあるわけじゃん。なのにこれから顔を合わせる度にずっとああってわけにもいかないでしょ」
「へ……そんな可能性があるんですか?」
「んーなんかそんな気がしてならいつーか、ほら、友達なら普通でしょこれくらい」
いや、星野さんとか同性の友達ならともかく異性だとこの年齢になったらもう普通ではないような……。
「はー。にしても、サユリやつ、誰のこと待ってるんだろ?」
ビルの影から、駅前で手持ち無沙汰にスマホを弄っている木村さんを一瞥して神崎さんが小首を傾げた。
遠目で見てもそわそわと落ち着かなそうな様子がはっきりわかる木村さんは、時折駅のクリアな壁に反射した自分の容姿を見ては髪型を念入りにチェックしている。それはもう意中の相手をいまかいまかと待ちわびる恋する乙女そのもので――
「ま、あの浮つきぶりからして、男なのはほぼ間違いないっぽいけどさ。……ほら、やっぱ塾なんて嘘っぱちだったじゃん」
表情をムスッとさせた神崎さんが拗ねるように小声で吐き捨てた。
「あのまだ塾が嘘と決まったわけではないのでは。ほら、ひょっとすると待ち合わせ相手とは塾で知り合った可能性があるかもじゃないですか。あれ? だとしても何で隠そうとしたんだろう。普通は彼氏が出来たら周りに自慢するものですよね」
それに嘘をつくにしたって、塾という神崎さん達親しい相手からすれば即座に怪しまれるような、寧ろ何もいわない方がまだ勘づかれないのではという事柄だったのがちょっと引っかかる。
「んーあたしらにバレるとおちょくられると思ったとか? それかワンチャン彼氏を盗られるのを恐れたとか」
「へ? 彼氏を盗る……? 流石に冗談ですよね? そんなことしたらバレないはずがないですし、そうなったら気まずいどころのレベルじゃ済まない気が……」
「ぼっちの山代には信じられないかもだけど、これがまぁ女子の間だと結構あったりすることなんだよねぇ。あたしにはあんま理解できない話だけど、他人のものって妙に輝いて見えてつい欲しくなっちゃうんだと。あたしに隠してなければサユリにとって初彼だし、うちらのグループ美人ぞろいじゃん。あたしとサユリってば中学の時からその手のドロドロした恋愛話は腐るほど聞いてきてるし、まー気持ちはわからんでもない」
まるで世間話の一環みたく、さばさばとした態度で小さく頷いた神崎さん。
こ、怖い。この前呼んだ少女漫画に、「女の友情はハムよりも薄い」とか書いてあったけどあれ本当だったんだ。出来ればそういうのは知らずに人生終えたかった。
「つーかそこまでサユリがひた隠しにする男とか逆に興味が湧いてきたわ。さぞかし、イケメンなんだろうね」
「はは、もうイケメンなのは確定なんですね」
「――あっ! 見て山代。サユリの彼氏が来たっぽい」
神崎さんの少し好奇心が混ざって浮ついた驚きの声に、僕も慌てて木村さんの様子を窺う。
するとにぱっと笑顔になった木村さんが、遠くの誰かに向けて手を振っている光景が映って――
「げっ、嘘でしょ!?」
「あ、あのこれは……」
が、木村さんに向かって駆けてくるその待ち合わせ相手の姿を見た途端、僕と神崎さんは口をあんぐりと開けたまま凝固してしまった。
だってその相手というのは、申し訳ないけどイケメンのイの字も存在しない、まるで援交モノのエロ漫画にでも出てきそうな、中年の小太りでスーツ姿の男と、どう考えても犯罪臭しかしない組み合わせだったのだから。
「か、神崎さん。こ、これっていわゆる、パパ活ってやつでは……」
「あ、ありえない。サユリに限ってそんなことは……」
合流して和気藹々と談笑する二人とは、天地がひっくり返ったような重苦しい空気で眺める僕達は、絶句したまま言葉を何とか絞り出す。
「で、ですが、そうなると木村さんが下手な嘘をついてまで隠そうとした行動にれっきとした意味が出来ると言いますか」
「うっ、認めたくないけどそれは確かに……。これはあたしらが相手でも、いや仲のあたしらだったからこそ秘密にしたかったってのはあるかもだけど……」
それでも信じられないと、頬に手を当てた神崎さんが複雑な顔で言葉を濁す。
「あ、動いた。とにかく今は追うよ、山代。話はその後で」
「は、はい」
木村さんが男性の腕にぎゅっと抱きついて街に向かって歩き始めた。
僕達も距離を取りつつ、後を追う。二人の会話が聞き取れないのがちょっともどかしい。
「あのこれ、どこへ向かってると思います」
「悪いけど、あんま想像したくない……」
そうして木村さん達が足を運んだ先は、古ぼけたピンクのネオンでFREEDOMと看板の、怪しい飲み屋っぽいお店だった。
二人が中に入っていったのを確認すると、僕と神崎さんはごくりと生唾を飲んで目を見合わせる。
「ど、どどどうします。一応証拠写真として、入店する瞬間の写真は撮りましたが……」
「今ここで考えなしに突入――ってわけにもいかないよね。ノゾミの一件で勇気と無謀の違いは痛いほど経験したし。ここがガチでやばいお店だったらしくったどころじゃすまないから……。つーかごめん、それっぽいこと言ってるけど、ぶっちゃけちょっと気持ちを整理する時間が欲しいのが一番な理由かも……」
そう言った神崎さんは、眉をしょんぼりとさせ明らかに覇気がなく参った顔をしていて……。そうですよね、中学からの付き合いで、神崎さん自身が一番の仲良しだと公言してた木村さんが自分達に内緒でこんな法に触れそうな行動をしてたと知って、ショックを受けないわけがないですよね。
「わかりました。それじゃちょっとどこか近くでお茶でもしていきませんか。僕もう歩き疲れてヘトヘトで」
「山代……。ありがと、ごめんね気をつかわせちゃって」
「いえいえ」
思わず庇護欲を抱きそうになるほど弱気な神崎さんに、僕はおかいまなくと優しく微笑んで返した。
にしてもパパ活かぁ。
ネタとして知ってたけど、やっぱり本当に実在するんですね。話によるとご飯を食べたりお喋りするだけの健全(?)な関係もあるみたいだけど……。
なにはともあれ、これはもう木村さん本人に直接問い詰めるしかないよね。
穏やかにすむといいけど……。
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