④神崎さんと???

 放課後


 教室を出た僕と神崎さんは、昨日の約束通り塾に向かうという木村さんの後をつけるべく、木村さんのクラスに向かったんだけど――どうやら木村さんは物理室の掃除当番ということで、現在待ちぼうけをくらっていた。


「なんか意外ですね。こう言っちゃ何ですけど、ギャルってこういう面倒くさいことはサボるイメージが強いと言いますか」

「まーサユリはこういうとこわりかしきっちりしてるタイプだしね。あたしはまぁ……気分次第だけど」

「あ、あははは……」


 階段付近の角に身を潜め、前方に見える物理室を時折確認しながら、木村さんの掃除が終わるのを待つ僕達。


 ――すると、


「あれ、山代君と……神崎さん?」


 ふと、背後から聞き覚えのある声がかかった。


「へ、柏木さん? どうしてこんなところに?」


 はたしてそこにいたのは、階段を降りて来たばかりと思われる柏木さんが、意外なものを見たとばかりにぱちくりと目を丸くした姿だった。


「私は、その先にある空き教室に手紙でお呼ばれしてて……」


 柏木さんは目線を伏せ、少し言いづらそうな表情でそう言葉を濁した。

 手紙でお呼ばれ……?

 そ、それってひょっとしてラブレターってやつじゃ――!?


「それよりも山代君と神崎さんこそどうしてこんなところに? そういえば最近何だか仲いいよね」

「ええっと、それがですね――」


 のほほんと笑う柏木さんに説明しようと僕は口を開く。


「そうだけど。何、何か文句でもあるわけ」


 が、その最中、すっと僕と柏木さんを遮るように間に割って入った神崎さんが、酷くぶっきらぼうに返した。


「い、いえ、あの、文句があるというわけでは……」


 神崎さんの友好的とはいえない眉のつり上がった視線に、柏木さんがまるでライオンの檻に入れられたハムスターの如く畏縮して困惑する。


「あ、私、人を待たせてるかもだから、もう行くね。じゃあまた明日」


 その剣呑な空気に耐えられなかったのか、わざとらしく何かを思い出したような素振りを見せた柏木さんは、丁寧に会釈すると逃げるように去って行った。


「あのー神崎さん。今の態度は流石に余りよくないと思うのですが……」

「ふーん、そう。じゃあなに、サユリ見張ってますって馬鹿正直にストーカー宣言しろとでも」

「あ、言われてみれば確かに……それは不味いですよね。正直何も考えてなかったです」

「はぁ、しっかりしてよね山代。鼻の下もすっかり伸びきってたしさ。ほんと男子って、かわいい子にちょーっと愛想よく話しかけられただけで嬉しくなってうっかり口を滑らせちゃいがちだけどさ。ああいうのよくないと思うよ」

「す、すみません。気をつけます」


 神崎さんの咎めるような圧の強い視線に、思わず頷いてしまった。

 うーん別に嬉しくなったとか、僕自身そんな気は全くなかったつもりだったけど。自分の顔がどうかなんて鏡でも見ない限りわからないし、見ていた神崎さんが言うのだから、きっとそうだったんだろう。


「つーかどうでもいいけどさ、委員長もお人好しだよねぇ。手紙で呼び出しとか、大方告白でしょ。どうせオッケーする気もない告白のために、ご丁寧にこんなところまでわざわざ出向いてあげるだなんて。断るのも苦手そうだし、人生損しそうなタイプつーか、ま、だから押せばワンチャン――とか考えて告白する馬鹿が後をたたないんだろうけど」


 いやになっちゃうと嘆息した神崎さんが肩をすくめる。

 確かに。ぼっちの僕からすればモテるってそれだけ付き合う相手を選べるってことだから羨ましさしかなかったけど、そうじゃないんだよね。断るのにだって色々と気は使うし、神崎さんみたいにしつこく付きまとわられるパターンだってある。そう考えると、容姿に恵まれた人もそれはそれで大変だったりするんだなぁ。


 特に柏木さんは昨日に続いて連続だし、ほんと大変そうだ。


「あ、あははは。神崎さんはその点、ズバッとぶったぎっちゃいそうですもんね。正直僕みたいな小心者は、怖くておいそれと告白できませんし。立ち回りとしては、そっちの方がいいのかもしれませんね」

 

 首の裏を掻き、自虐的に笑って見せる。


「……わかんないじゃん」


 すると神崎さんは、何故か面白くなさそうにぼそり呟いたと思うと、真剣な目で僕を見ていて、


「へ?」

「あたしらは0か1だけでプログラムされたロボットじゃないんだよ。人と人のやり取りに、絶対なんてあるはずないじゃんか。そうやって決めつけるのはよくないと思う。ひょっとすると、ワンチャンあるかもしれないよ」


 あ、あれ……? 何かさっきの発言とは真逆な感じになってませんか?


「ほ、ほら、勇気ある一歩が、大きなチャンスを掴むことだってあるかもしれないよ」


 何かを期待するよう胸元をぎゅっと握った神崎さんが、熱っぽい顔で僕をじっと見つめる。


 な、何ですか、この状況……? ひょっとして、試しに告白してみろってこと――いやいや流石にそれはないよね。


 どうすればいいかわからず、胸中で大混乱していると、


「――お前達、こんなところで一体何をしている?」


 透明感のある凜とした声が僕達の元に訪れた。

 半ば反射的に声のした方へ振り向くとそこには――


「せ、生徒会長……」


 銀髪で左目が隠れるくらいに前髪を伸ばしたポニーテールの美少女、我が校が誇る美人生徒会長が、腕を組み剣呑な顔で僕達を睨んでいた。


「げっ、お姉……」

「えっ……お、お姉さん……!?」


 苦い顔になった神崎さんから漏れ出た予想だにしない言葉に、思わず驚愕する。

 そ、そういえば生徒会長の苗字って神崎だった気が……。

 

 ええっ、神崎さんのお姉さんって生徒会長だったの!?

 とういか、そもそもお姉さんがいたことにすらビックリなんですけど。


「麗子、そいつが例のお前の彼氏の、山代という男か?」


 じろりと僕を一瞥した生徒会長が淡々とそう口にした。

 淡雪のように色白な肌のせいで全く考えもしなかったけど、確かに言われて見れば切れ長の瞳を筆頭にした綺麗系の美人で、神崎さんのお姉さんと言われれば納得するものがある。……特に男ですら戦慄く圧のあるオーラを持ってるとことか、そっくりだし。


 あれ、というか、何で僕の名前を……?


「へ……? い、いやその、山代は山代であってるけど、こいつは別に彼氏でも何でもねぇし!」

「ほぅ、そうか。この男は彼氏ですらないのか」


 まるでゴミを見るかのような凍てついた目で僕を睥睨する生徒会長。

 あの、薄々感じていたけど僕、絶対あまりよく思われていない感じだよね……。

 ひょっとして漫画でよく見る、一見クールで無関心に見えて実は妹を溺愛しているタイプ的な――


「麗子、別に私は高校生で彼氏を作るのはまだ早いとかそういう古い考えを持ち出すわけでもなく、かといって大事な妹を男に渡すなんて――だとかシスコン染みた発言をするつもりもない。かくいう私にも、交際相手はいるからな」

「え、お姉、彼氏いたんだ!? い、いつの間に……。全然そっち方面には興味なさそうだったのに」

「まぁな。といってもつい最近のことで、別に聞かれてなかったから言ってなかったが。それよりも話を戻すが、いいか麗子、別に私はお前が彼氏自体を作ることに関しては一向に構わない。だが、その男だけは絶対に駄目だ。姉として、妹を不幸にするとわかっている存在を見過ごすわけにはいかない」

「はぁ? 何でそんなこと言うわけよ。頼りなさそうだから? 言っとくけど山代はこう見えてめちゃくちゃ頼りになる存在で――」

「そうではない。というかその程度の理由なら、私は別に否定したりしないさ」

「は? じゃあ一体どういう――」

「妹に裸の自撮り写真を強要するようなゲスな男を、姉として看過出来ると思うか?」


 ――え?


「あー、あれね……あれは、その……」


 ぎくっと身体を仰け反らせた神崎さんが、不味いとばかりに目線を泳がせる。


「ほ、ほら、前に山代に言われて、裸の自撮り送ってあげたことあったでしょ。実はその、あの時一部始終をどうもお姉に見られてたっぽくて、まーちょっとお叱りを受けたと言いますか……」


 ひそひそと、僕の耳元に合わせて屈んだ神崎さんが耳打ちした。

 も、もしかしてその一件で僕の名前を知ったとかそういこと!?

 大凡考えられる中でも最悪のファーストコンタクトじゃないですかぁ!?


「まさか、付き合ってすらないとは。この山代という男は、一見人畜無害に見えてとんだド畜生らしいな」


 敵意の籠もった視線が一筋の矢となって僕を突き刺す。


 やばい僕、人生詰んだかもぉおおおおおおお!?

 

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