③神崎さんと下校
「へぇーこのままだと桜星祭中止になるかもしれないんだ」
「はい、どうもそうらしいんですよ」
帰り道。
僕は神崎さんと並んで駅に向かって歩きながら、今日の委員会の内容をざっくりと話していた。
「というか神崎さん、そこまで驚いたりとかしないんですね。何か意外といいますか、委員会で蛯原先輩がこの話を切り出した時はみんな凄いざわついていたのに」
口に手を当てお手本のような驚き方をしていた柏木さんとは違い、口を少し大きく開けただけの神崎さんは、何というかまるで一応知ってるレベルの有名人が結婚を発表したような反応みたいだった。
「んーまぁ、あたしはそんな文化祭にお熱になるタイプでもないしね。委員会の山代にこんなこと言うのはあれかもだけど、ぶっちゃけいざ桜星祭がなくなってもあー残念程度にしか思わなそう」
「あはは。正直僕も、文化祭実行委員になってなかったら神崎さんと同じ感じで終わっていたと思います。それにぼっちの僕からすれば、文化祭はそんな楽しいものでもないですし……」
去年の文化祭の自分をふと思いだし、声が萎んでしまう。
そりゃあ、誰にも関わらずにひっそりと生きようと決めたのは他ならない僕自身だけど、祭りの浮ついた熱気でみんなガヤガヤと楽しそうにしている周りを眺めながらぽつんといると、やはり寂しく感じられずにはいられなかった。また、今年もあの時間を過ごすとなると、ちょっと億劫かも。
そんな僕の胸中が顔に出てしまってたのか、神崎さんが大丈夫とばかり得意げな顔で僕の肩をぽんと叩いてきて、
「ふふっ。心配しなくてもさ、今年はこのあたしがいるでしょ。うんうん、山代の今年の文化祭はあたしと一緒に回る。これ決定だからね」
柔和な笑みを浮かべて親指をグッと立てる。
「あ、ありがとうございます。でもそこまでお気遣いせずとも大丈夫ですからね。ほら、例えば神崎さんに彼氏が出来たとかだったら全然そっちを優先してもらって構いませんので」
桜星祭は夏休み明けの直後。
高校二年の夏休みといったら人生で一番楽しい時期と言っても過言ではないというか、そりゃあ沢山の出会いやイベントが待ち受けていることだろう。……ぼっちの僕は例外として。
はたして、夏休みが明けても神崎さんは今みたく僕と一緒にいてくれたりするのだろうか。
そう思うと、どことなく寂寥感を覚えて――
何だろう。高校に入学する時はオーバーヒートとの葛藤もあって、どうせ離れていくなら最初から仲良くならない方が気が楽だとか、ぼっちでいることに全く抵抗のなかったのに、最近の僕はどうにもまた元の生活に戻ることを恐れているような、そんな気がしてならない。
「ふふっ、なーに馬鹿なこと言ってんのよ。あたしに彼氏とか、そんなの出来るわけないじゃん」
脳天気に手を横に振る神崎さん。
「いやいや少なくとも僕の五百億倍くらいは恋人が出来る可能性ありますよね!?」
言っときますけど、作らないと作れないではたった一文字違いでも、そこには涙が出そうになるほどの雲泥の差があるんですからね。
「にしても、えらいとばっちりだよねぇ。今の山代の話聞いた感じだと、これからしばらくは、文化祭実行委員として放課後残らないといけないわけなんでしょ。その、ビラ配りだっけ。いやーマジでダルそう」
「ははは、そうですね。厳密に言うと明後日からにはなりますが、僕達二年は各クラス事二人一組のペアになって近隣住民にビラを配って署名活動をするとのことらしいです」
「…………は? 各クラス事二人一組のペア?」
それまで楽観的に笑っていた神崎さんが、突如ぴくっと瞼をひりつかせた。
「なにそれ初耳なんだけど。ようするに山代は、明後日の放課後からは毎日柏木と二人きりで過ごすことになるってこと?」
「ま、まぁ、どうやらそうなっちゃうみたいなんですよね……。男子からの羨望や嫉妬の視線を考えると今からでもぞっとします。正直、変わってくれと言ってくれれば喜んで変わって上げますのに。はぁ」
「ふーん」
神崎さんが不意に立ち止まったかと思うと、眉を顰め面白くないとばかりに表情をムッとさせた。
「ど、どどどうしたんですか、神崎さん。すっごい何か言いたげな顔になってますけど」
「いやさ、別にいいんだけどさ。山代のことがちょーっと心配だなぁって」
「へ? 僕のことが心配、ですか……?」
「うん。だってほら、相方はあの誰にでも優しい人気者の柏木でしょ。女の子慣れしてない山代のことだからさ、柏木の優しさに当てられて変に自分に気があるとかうっかり勘違いしちゃわないか、そりゃ友達なんだし普通に心配するでしょ。あたし、その手の恋は盲目状態になって周囲の忠告に聞く耳持たずのまま突っ走ったあげく見事に玉砕したやついっぱい見てきてるからさ。同じようになって欲しくないなって」
「え、友達? それってまさか、僕のことですか?」
「は? あったりまえじゃん 今の話に、他の人が出てくる余地なんてなかったでしょ」
僕が自分の顔に向けて指を差すと、神崎さんは何言ってんのとばかりにきょとんと小首を傾げた。
神崎さんが僕を友達認定だなんて、純粋に嬉しい!
「い、いえ。それより、ご心配ありがとうございます。いやぁ白状しますと、僕もさっきの委員会で柏木さんのあまりのかわいさにうっかりときめきそうになりかけたばかりと言いますか、あぁこれは他の男子が誤解するのも仕方ないなぁなんて思ったり」
気分が高揚して少し饒舌気味になった僕は、頭を掻いて恥ずかしげにそう語った。
「へぇー」
すると、
「そうなんだ。うっかり誤解しそうになったんだ…………」
悪寒を覚えるような、虚ろな目をしていて、
「ど、どうしたんですか神崎さん?」
「ん? あはは、何でもないよ。そんなことよりも、ねぇ山代ってさぁ。もし、付き合うとしたらどんな女の子がいいわけ? つーか気になってる人とかいる?」
「へ……? ど、どどどうしたんですかいきなり!?」
「んー友達として、なんとなく気になったから? つーか、そんな慌てるようなこと言ってないっしょ。こんなのツレといたら息を吐くレベルでする会話じゃん。ウケるんだけど」
「あの、僕がぼっちなのはご存じですよね。というか神崎さんはそれを聞いて、一体どうするつもりなんですか? いじられるってわかってて話すのは躊躇われると言いますか……」
「あはは、そんなこと一ミリも考えてないし。何かさーほんと純粋に気になっただけつーか。ほら最近さ、山代には大分お世話になってるし、なんかお礼出来れば的な。せっかく友達になったんだし、童貞の山代にも彼女が出来るようアドバイスしてあげるつーか、気になる子がいるなら一肌脱いであげてもいいかなぁって」
「そういうことなら、神崎さんを友達と信用して本音で話しますけど。……先に言っときますが、絶対に爆笑したりとか、からかいのネタにするのはナシですからね」
「わかってる。わかってるって」
僕が真剣な目でそう訴えると、神崎さんは軽快な笑みを浮かべて頷いた。
本当にわかってるのか、ちょっとだけ心配。
「じゃあ……ドン引き覚悟で僕の理想、あくまで理想の話をしますよ。その、僕はこんなんですし、容姿がどうこう選べる立場ではないと思うので好みのタイプってのを特に考えたこととかないんですが……ただ一つだけ、一途で僕のことを本気で好きだと実感出来る人だと嬉しいなと」
僕にオーバーヒートがある以上、ここで適当なことを言って後から嘘が発覚したなんてことになったら変にぎくしゃくする要因を作りかねない。それが一番あってはならないことだと、僕は嘘偽りのない自分の本心を正直に言葉に乗せた。
「ふんふん」
「後は、僕が恋愛経験皆無なのもあって、出来れば同じ付き合うのが初めてって方がいいなと思いますか。こんなの、神崎さん的には完全に童貞の妄想で何言ってんだって呆れられるかもですが、何もかもが初めて同士の二人で色んな体験や思い出を共有出来たらきっと素敵なんだろうなと。それを最初の最後の恋として、やがては夫婦になり、僕と一生一緒にいることを望んでくれる――そんな素晴らしい人に巡り会えたらなって。――なんて、こんなこと期待してたら、それこそ一生童貞のままで人生終わってしまいそうですけど」
そう、例えそれが恋愛経験豊富であられる神崎さんを否定するような俗に言う処女厨な観点での、ともすればディスるような内容であったとしても。後で嘘がバレて拗れるよりかは何百倍もマシだとそう思ったんだ。
ま、神崎さんが僕なんかを恋愛対象に見ることなんてありえないから、僕の気にしすぎかもだとは思うけど。
「なるほどなるほど。まーそんな悲観なさらずとも、地球は広いんだしあんたの理想にがちっとマッチする人が一人くらいは――へっ?」
僕を元気づけるように朗らかに笑っていた神崎さんが、急に何かに気付いたとばかり驚きの声を上げたと思うと、その場で蹲って両手で口許を覆った。
「ど、どうしましたか神崎さん?」
「い、いや何も……うんほんと、何でもないから。……ふふっ」
そうは言いつつも、神崎さんの少し赤みを帯びた頬はまるで嬉しさを抑えきれないと言わんばかりに緩みきってにやけていて――
「そっかそっか。そういうことかぁ。いやぁー参ったなぁ……ふふっ」
「あの、何が参ったのですか?」
「ん? あはは、何でもない単なる独り言。気にすんなし。つーかそれよりもさ、さっきの話を聞く限りだと、明日は特に用事とか何もない感じなんだよね?」
はぐらかすような笑みを浮かべていた神崎さんが、唐突に真面目な顔になって僕を見る。
「あ、はいそうですね。ビラ配りは明後日かららしいので、明日は特に何も」
「よし、じゃあ明日の放課後はあたしに付き合ってくれる?」
「それは全然構いませんが……ちなみに、一体何をする予定なんですか?」
「いやさ、確か明日ってサユリが塾の日でしょ。そろそろ本当に塾なのかどうかってのを確かめておきたいつーか。これはあたしの勘なんだけど、なんーかそれだけじゃない気がしてならないんだよね。だからさ、思い切って後を付けてみようかなぁって」
「な、なるほど……」
神崎さんが以前、僕の推理を否定し、裏アカの正体が新田さんではなく木村さんであると決めつけて疑わなかったのには、神崎さんなりに何らかの理由があったのはまず間違いない。その要因の一つがこの件の塾発言に関連していることも。
それに木村さんの件は、あの裏アカ騒動で唯一残った謎でもあるし、僕も個人的に気になってはいたんですよね……。
「わかりました。僕でよければお供します」
「んじゃ、決まりってことで」
翌朝
「おはよ、山代」
「おはようございます。神崎さん」
「……あのさ、山代。念のために確認させて欲しいんだけどさ。昨日のあの話、ガチって受け取っていいんだよね?」
「へ……い、一応?」
「ふーん、そっか。……そっかそっか」
そっけなく顔を逸らした神崎さんが、嬉しさを押し殺せないと言った様子でひっそりと顔をにやけさせた。
何か、神崎さんがいつになく真剣な表情してたから思わず頷いちゃったけど、あの話って何?
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