②文化祭実行委員会

「このままだと、今年の桜星祭は中止になるかもしれない」


 文化祭実行委員長として教卓に立った、いかにもリーダー気質で頼りがいがありそうな雰囲気を放つワイルドに男前な三年生の男子生徒、蛯原正えびはら・ただし先輩が「今日は急遽集まってくれてありがとう」と定型的な言葉の次に放ったのは、そんな緊張感漂う内容だった。

 中止という不穏な単語の登場に、教室に集められた委員の人達が驚きや戸惑いを隠せないとばかりにざわつく。僕の隣に座っていた柏木さんも「嘘でしょ」と言わんばかりに目を大きく見開いて口許を両手で覆っていた。


 そんな皆の動揺や不安を理解しつつも、蛯原先輩はひとまず聞いて欲しいと訴えるよう真剣な顔で皆を見回すと再び口を開いた。


「今日、学校に近隣の住民の方々から文化祭について電話で強い抗議を受けたらしい。もし去年の事件への対策や改善が全く見られないようなら、今年の桜星祭は即刻中止にして欲しいと」


 去年の事件? 

 はて、一体何なんの話だろう。僕の知る限りじゃ、去年の文化祭は特に目立ったトラブルには見舞われず、つつがなく終わったって印象だったけど……。


「去年あれだけ問題になったんだ。二年、三年は知ってて当たり前レベルだとは思うが、一年のために一応説明すると、去年の桜星祭が終わった後、祭りの熱気に当てられて心が浮ついたのか、どうやらうちの生徒の中に後夜祭と称して夜中に学校近くの路上で大はしゃぎしながら花火をしていた不届き者がいたらしい。近隣の住民が注意しに外に出ると、気付いたそいつらは颯爽と逃走。それも、花火や飲食物のゴミを盛大にあたりにまき散らしたままでな。後日、近隣住民からそりゃもう壮絶なお叱りがきたってわけだ」


 すみません、二年生ですけど全く知りませんでした。

 その、ぼっちやってるとその手のニュースは全然回ってこないので……確かに、去年の文化祭の後、妙に学校内がざわついてると感じたことはあったけど、まさかそんなことが起きてたなんて知らなかった。

 路上で花火とか、ゴミの散乱どころかそんな一歩間違えばぼや騒ぎになりかねない大それた危険行為、近隣住民にとっては不快ですまさられるものじゃないし、中止を望む声があっても仕方のないことだろう。


「あの、その花火をしていた人達がこの学校の生徒だったと言い切れる確証はあるのですか? 確かに可能性としては桜星生の確立が一番高いと思いますが、もし文化祭に来ていた外部の人達の犯行だとしても全然おかしくないと言いますか、もしそうだとしたらとんだとばっちりですよね」


 一年生の男子生徒が手を挙げて恐る恐る尋ねた。

 その質問を受けた先輩は、険しい顔で首を横に振って、


「残念だが、注意しに行った人の証言いわく、『すぐに逃げられたし、顔は暗くてよく見えなかったが、服装は間違いなく桜星の制服だった』とのことだそうだ。……まぁ、それだけならまだよかったんだが……」


 そこで一旦言葉を区切った蛯原先輩は、眉間に皺を寄せ、より一層表情を険しくさせて苦々しそうに口を開いた。


「これは当時対応に当たった関係者の中で箝口令がしかれていたらしく、俺も今日初めて知った情報なのだが、どうにもその道ばたに落ちていた連中の残したと思われるゴミの中には、ビールや酎ハイの缶も混じっていたんだとよ」

 

 蛯原先輩が億劫そうにため息を吐いて肩をすくめる。


 ええっ、それって未成年の飲酒行為ってことですよね。

 何ですかこの数え役満みたいな状況は!?


「ようは思った以上に事態は厄介ってことだ。既に先生達の中では中止にするべきって意見もちらほらと上がってるらしい。ま、犯人達が二年三年の誰かって可能性は十分にありえるし、責任やリスクを考えると至極妥当な判断ではあると思う。――が、我々文化祭実行委員としては当然はいそうですかと馬鹿正直に受け入れられる話ではないよなぁ」


 にやりと、蛯原先輩が勝ち気に笑った。


「もちろん、桜星祭が例年通り無事に開催出来るよう、俺達文化祭実行委員会としては精一杯抗う所存だ。そこでだ、そのために諸君等の手を是非とも貸して欲しい。具体的には放課後の時間を利用して、三年生は生徒会と連帯して再犯防止の対策等を纏めたマニュアルの作成に教師陣の説得」


 蛯原先輩がちらりと窓側に用意された特別席に座っていた生徒会長を一瞥した。

 我らが生徒会長であられる、クールで荘厳な雰囲気を纏う凜とした居住まいのポニテ美少女が無表情のままこくりと頷く。

 僕にとってはこの先も一生関わることのないだろう雲の上の存在と言いますか、相変わらずお綺麗な人だなぁ。


「二年生には各クラスごと、二人一組になっての近隣住民へのビラ配りによる説明と署名活動。残る一年生にはその他の雑用と先輩達へのフォローに入ってもらう予定だ。各自、部活や塾に習い事など各々の私情はあると思うし強制は出来ないが、どうか出来る限り力を貸してくれると有り難い」


 蛯原先輩が熱意に燃えた強い視線で僕達を一瞥して頭を下げた。


 えっと、僕の仕事は二年生だから近隣住民へのビラ配りによる説明と署名活動か。はぁ。正直、億劫だなぁ。僕そんな喋れる方じゃないし、上手く説明出来る自信がないと言いますか、それに最初から怒りMAXの聞く耳持たない人が出てきたら一体どうすれば……。


 ――はっ、そういえば今、各クラスごと二人一組になって回るとか行ってたよね。


 ってことは僕、しばらくの間は放課後に柏木さんと二人きりってことぉおおおお!?


 思わずちらっと視線を隣にやると、ふと柏木さんと目があった。

 両手をグーにして力強く頷き、一緒に頑張りましょうと動作で告げてくる柏木さん。この人はほんと、一挙一動が可愛すぎて……。


 柏木さんには申し訳ないけど、柏木さんと二人きりで外出というシチュエーションに対する男子からの視線が怖いというか、何か別の意味で不安になってきた。


「状況は厳しいし、みんなの中には何で自分達の時だけこんな目に……と思う者もいるだろう」


 はい。正直今、めちゃくちゃそう思っています。


「だが、ここでグダグダと愚痴を言うより、皆で一丸となって前に進む方が絶対にいいはずだ。何より俺自身こんな到底納得出来ない理不尽な理由で先輩達が築き上げてきたこの伝統ある桜星祭を中止にするなど絶対にあってはならないことだと思っている。だからみんな頼む、どうか力を合わせてこの苦境を乗り切っていこうじゃないか!」


 決意を込めるよう握り拳を作った蛯原先輩がそう力強く告げた。

 どうやら見た目通りのかなり熱血的なタイプらしい。


 その熱意に当てられたように、皆が「はい!」と力強く返事をした。

 体育会系のノリが余り得意ではない僕は、少し温度差を感じて動揺しつつも、とりあえずみんなに習って頷く。


 そうして「やってやるぞ」というちょっとした熱狂に包まれたまま、本日の委員会は終了したのだった。

 ちなみに今日明日で委員長や副委員長などの役職者と生徒会が中心となってビラを作成した後、金曜から僕達がそれを配って回ることになるそうな。


「山代君。桜星祭が無事に開催出来るよう一緒に頑張ろうね」


 自分達の教室戻る途中、柏木さんがにっこり笑顔でそう告げた。


「は、はい。そうですね。正直見ず知らずの家に訪問というのは不安しかないですし、おまけに状況が状況なだけにあまり歓迎されなさそうなのがまたぞっとしますが……けど、出来る限りは頑張りたいですね」


 こんな僕でも男である以上は、柏木さんが大変な思いをしないよう、積極的に前にでないといけないよね。


 そう胸中で決心して頷いていると、


「柏木さん今、ちょっといいかな?」


 不意に同級生の男子生徒が柏木さんへと話しかけてきた。

 この人は確か、一度も同じクラスにはなったことないけど、テニス部のエースで女子からめっちゃモテていたはず。


「えっと、私に何か用ですか?」

「うん。用は用なんだけど……その、よければ二人きりになれないかな?」

「は、はい。それは別に構いませんが……」


 柏木さんが申し訳なげに僕の方を見た。

 僕は「僕のことは気にしないでください」と伝えるように、軽く会釈をする。

 柏木さんはそれに応えると「では……」と余り気乗りしなさそうな顔で去って行った。


 恐らく、その用事というのは柏木さんへの告白だろう。

 そして、柏木さんのあの反応的に、彼女はそれに応える気はなさそうで――


 何か、美少女っていうのも大変なんだなぁ。

 神崎さんだったら、バッサリ断ってはいさようならって感じで終わり何だろうけど、あの誰にでも優しい柏木さんだと、何も思わずに終わりってことはないだろうなぁ。そう考えると告白するよりされる側の方が色々と苦労が絶えない気がする。


 などと、考えながら僕は一人で教室に戻ったのだった。


「おかえりー山代」


 教室に戻ると、一人だけ残っていた神崎さんが手を振って僕を出迎えてくれた。


「あれ、神崎さん、まだ帰ってなかったんですか?」

「んーなんか暇つぶしにスマホ弄ってたらこんな時間になってた的な。ってか柏木は一緒じゃないんだね」

「そうですね。途中までは一緒だったんですけど、途中で人に呼ばれてそっちに行ってしまいました」

「そっかそっか。じゃあもう後は帰るだけだよね。せっかくだから一緒に帰ろうよ」

「はい、そうですね」

「ふふっ」

「あれ、神崎さん何かいいことあったんですか? 何かすっごい嬉しそうな顔してますけど……」

「へ? 気のせいじゃない。別にあたしは至って普通のはずなんだけど」

「そ、そうですか? なんと言いますか、ぱっと見そう感じたのですが……」

「もーそれって山代が単にあたしのこと見すぎってだけじゃない。……ふふっ」

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