4章 黒ギャルさんと真相(80%)

①神崎さんと真犯人

「山代ちょっといい?」


 それは昼休みが始まった直後のこと。

 僕は神崎さんにそう声を掛けられた僕は、以前に星野さんと神崎さんが仲直りした非常階段の踊り場へと連れて来られていた。


 こんな人気のないところに僕を呼んだということは、十中八九あの裏アカ関連のくだりに違いない。ちょうどよかった。僕も話さなければならないと思っていたところだったから。


「あんさ、言わなくてもわかってると思うけど。あんただけをここに呼んだのは、裏アカ犯についてなんだけど」

「わかってます。ちょうど僕もそのことについて神崎さんと話がしたかったので」


「僕、犯人の正体がわかったかもしれません」「あたし、犯人が誰だかわかったかも」


 僕と神崎さんの声が被った。それも驚くことに、内容すら殆ど一緒なもので。


「へ? あんたもわかったの?」

「はい。神崎さんからもらった写真に偶然にも犯人に繋がるヒントが映り込んでいたんです」


 そうだよね。神崎さんから送られてきた写真なのだから、神崎さんが気付いていたって何もおかしくないことだよね。


 ただ、僕個人としては相談するのは放課後になってからでもいいと思っていた。

 犯人が誰だか理解した上で、今日一日改めてあの人の行動を、特に直接接する機会のある昼休みを重点的にチェックすることで、何か見えてくるものがあるかもしれないと、そう思っていたから。


 いや、冷静に考えてそれは神崎さんが許さないか。

 犯人が根屋さんかもしれないってわかった次の日の荒れっぷりと言ったら、そりゃもう見るに堪えないものでしたからね。


「それってさぁ――」「はい、神崎さんもお気づきの通り――」


 再び僕達の声が重なる。


「犯人はサユリだよね」「犯人は新田さんで間違いありません」


 けれど今回はお互いに違う内容だった。


「な、なんでノゾミが犯人になるわけ? 犯人は絶対サユリだよ」

「僕の方こそ、何で木村さんが犯人になるのかさっぱり。てっきり神崎さんもあの写真のことに気付いたのだとばかり」


 互いに信じられないとばかり声を震わせる。

 ここはひとまず僕の意見から聞いてもらうことにしよう。


「いいですか、神崎さん。ヒントは昨日神崎さんから送られてきた写真にあったんです」

「へ? あたしが送った写真」

「これです。これ」


 僕がそう言って自分のスマホで見せたのは、神崎さんと僕のライムのやり取りの中で神崎さんが送ってくれた写真の中の一つで。


「これって……あたしがシホ達とお茶してた時の写真だよね。これのどこに裏アカ犯に繋がるヒントがあるっていうの……」

「神崎さん。次はこの写真を見て下さい」


 そう僕が次に見せたのは、ツブヤッターの裏アカで犯人が優雅にお茶してる画像。


「へ? これと今の写真に一体何の関係が……」

「よーく見て下さい。この犯人がお茶してるテーブル席においてある観葉植物、神崎さんが撮った写真の奥に映ってるものと一致しませんか?」

「え……? ほ、ほんとだ」

「このライムに書いてあるよう、神崎さんはこの店に行くのは初めてで、根屋さんがここに行こうと言い出したってことであってますよね」

「そ、そう。三人でどこ行こうかってなった時、たまには新しい店開拓しよって流れになって、そしたらシホがこの前ノゾミに聞いた店がよさげ――的な話に……あっ」

「そうです。新田さんだけが知っていたお店を、裏アカの犯人も利用していた。偶然にしてはおかしいと思うんです。つまりこの裏アカの犯人の正体は新田希未さんですよ」


 何よりも根屋さんが新田さんから聞いたという情報が大きかった。

 これがもし刑事事件だったら、ツブヤッターでつぶやいた時間の店の監視カメラ調べて一発で証拠確定――って展開まで一気にもってけそうなんだけど。しがない高校生の僕にはそれが出来ないのが残念だ。


 などと胸中で落胆しながら神崎さんの反応を窺うと、何故かまるで僕の推理が的外れだとでも言うように苦笑していて、


「あ、あはは。確かに流れだけ追うとノゾミになっちゃいそうだけど、流石に山代の深読みしすぎだと思うなー。ほら、あたし達三人が来たことなかったってだけで、サユリはしてた可能性だってあるわけでしょ。うん、きっとそうだよ。だって犯人はサユリで間違いないんだから」

「神崎さんの方こそ、そこまで言うのだったら、裏アカの正体が絶対に木村さんだって裏付ける確証があるってことですよね。だったらそれで僕を納得させてみてくださいよ」

「うっ、それはその……」


 僕がちょっと強めに迫ると、神崎さんは痛いところをつかれたとばかり視線を泳がせて言い淀んだ。


「と、とにかく、犯人は絶対サユリなの。ノゾミが犯人だってことはありえないから!」


 破れかぶれと行った様子で神崎さんが叫ぶ。


 このまるで理由をはぐらかしたいかのような反応……あからさまにおかしいよね。だって自信があるなら、神崎さんの性格からして胸張って堂々と教えてくれるはずだし。


 ひょっとして、自信満々に的違いな木村さんを指名したことに、プライドから意固地になってるだけなんじゃ――うん、これは神崎さんの性格的に十分ありえる。オーバーヒートのせいで僕自身の記憶に残ってないからあれだけど、きっと星野さんの時と同じなのに違いない。


 だったら僕がやるべきことは一つ。

 神崎さんを正しい方向に導いてあげないと。


「落ち着いて冷静になってください神崎さん。犯人は今僕が証明してみせた通り、間違いなく新田さんなです」

「あんたこそさ、どうかしてるつーか、何そんなにあたしのこと信じられないってわけ。頼りにしていいって言うから、行動に移す前に一応伝えとこうってあんたに打ち明けたのに。話が全然違うじゃん」

「それはその――」


 今度は僕が言い淀む。何て言ったんだその時の僕は……。


「あん時あたしと交わした約束、まさか忘れたとは言わないよね?」

「へ、約束?」


 責めるように飛んできた言葉につい正直に反応したことが、


「え……嘘。まさか本当に忘れたとでも言うわけ……」


 大失敗だったことに、僕は神崎さんの泣き出しそうになった顔を見て瞬時に気付かされた。


「う、嘘だよね。それも一昨日の今日で」

「い、いやその、神崎さんこれはですね――」

「言ってよ」

「へ?」

「くだらない御託はいらないからさ。あたしとどんな約束したか、言ってみてよ。それが何よりの証明になるでしょ」

「…………」


 僕は何も言えなかった。

 まるで今にも泣き出しそうなほどに悲痛に満ちた神崎さんの顔を見て、嘘は絶対につけないと、そう思ったから。


「……そっか。ガチで覚えてないんだ。あんたにとってあたしとの約束はその程度のものだったんだね。なのに、あたしってばすっかり舞い上がっちゃって――はは、ほんと馬鹿みたい」


 ぽつり、神崎さんが悲哀の滲む表情でつぶやいた。


「けど、僕が神崎さんを心配してるのは本当のことで――」

「今更そんな調子のいいこと言っても遅いから。どうせ今までもさ、甘い言葉で近づいて女の子のこと食い散らしたりしてきたんでしょ」

「ええっ。ちょ、まってください。何でそんな話まで飛躍するのか僕には――」

「もういい!」


 神崎さんがこれ以上の会話を拒否するとばかり大きな声で叫んだ。


「もういいよ。山代があたしにとってその程度の存在ってのはよーくわかったから。あんたがあたしを何も信じてくれないってことも。だからもう、こっからは自分で何とかするし。お願いだから邪魔だけはしないでくれる」

「いや、ですから、このまま木村さんへ向かうことは何もいいことはなくて……。寧ろそれこそ新田さんの思う壺のような気がしてならないんです」

「ふーん、まだそんなこと言うんだ。あたしとの約束のこと何も覚えてなかったくせに……」


 神崎さんが僕のことを拒絶するよう背を向ける。


「今日の放課後、あたしがサユリを直接ゲロらせて、あたしが正しかったって証明してみせるから。もしその後に僕が悪かったって泣いて謝っても許してあげないからね」


 最後のチャンスとばかり神崎さんが顔だけを横にして僕の方をチラ見する。

 それでも僕は――


「いえ、犯人は絶対木村さんではありません。だから僕がこの件で謝ることは一生来ないかと」


 嘘をついてまで神崎さんを肯定することは出来なかった。

 ここで選択を誤ったら、取り返しのつかない事態に陥りかねないから尚更。


「…………あっそ」


 もうあんたと話すことは何もないというよう、神崎さんがそっと顔を正す。

 そんな神崎さんの空気をアシストするよう、丁度そこで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 一足先に神崎さんが教室へと戻っていく。


 一人残された僕はすぐに教室に向かうことはせず、非常階段のおとり場の背もたれに背を預け、少し冷たい風にさらさながれ、状況の整理に入った。


 神崎さんが何であそこまで頑なに犯人は木村さんだと決めつけるのかはさっぱりだ。

 ただ、あそこまでいくと単なる意地ってのとはまた違う気がするし、僕の知り得ないところで何か木村さんだと思い込んでしまう要素があったのかもしれない。


 それに僕が神崎さんと交わしたという大切な約束を思い出せない以上、神崎さんが僕を信じてくれなくても仕方のないことだから……。


 自分で自分が嫌になり、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 これが僕が他人と関わることを止めた理由。

 オーバーヒートによって誰かを、大切な人に悲しい思いをさせることがわかっていたから。

 何より僕自身、仲良くなった人が離れていくのを経験するのが、傷つくことが怖かったから。


 だとしても――


 僕はここで諦めてはいけない。

 例え神崎さんに見限られて白い目で見られようとも。


 あの人を絶対に救いたいって、僕は心からそう強く思ったんだ。


 絶対に、新田さんの企みを阻止してやる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る