④麗子side:運命の王子様?

 うっすらと日が沈みあたりが薄暗くなる中。


 あたしがいけ好かない男達に連れられるままやって来たのは、すっかり人気のなくなった公園だった。


「こんなところに連れてきて、一体何するつもり?」


 弱いところを見せたら負けだと精一杯虚勢を張る。

 噴水広場のベンチに腰掛けたゴローが、優越の滲む下卑た笑みを浮かべた。


「さぁて、何しようかなぁ。というか聞いたぜ。お前、遊んでるように見えて実は処女なんだってな」

「は、なんであんたがそれを?」


 だって、こんな身なりなのもあって神崎麗子は散々遊んでるだのどうのという噂話が一人歩きしている今、その事実を知ってるのは……。


「へぇ。その反応、マジなのかよ」


 あたしの動揺にゴローがにやりとほくそ笑む。するとそれに呼応するよう、周りが愉快痛快とばかりにゲラゲラと笑った。


「お前見てぇなプライドの高いの女が初めてを無理矢理奪われたとなっちゃ、そりゃもう一生もんの傷になるだろうな。ま、俺のことを散々コケにしてくれたことへのツケとしちゃあ丁度いいか」


 何しようもくそも最初からずっと頭ん中下半身と直結してるじゃん。ふざけやがって。


 ただ……すっごい悔しいけど、逃げるすべはなさそうだよね……。


 けど、ここで言われるがまま終わるあたしではないから。せめて掠り傷くらいはつけてやる。


「わかった。もー降参。あたしの負けよ。正直、あんたのことを見くびってた」

「へぇー珍しく往生際がいいじゃんか。先に言っとくけど、今更気が変わるなんてことはねぇからな」

「そんなことわかってる。抵抗するだけ無駄だって悟っただけ。好きにすればいいよ。――ただその変わり、一つだけお願いがあるんだけど」

「ほーお願いねぇ。何だよ、言ってみろよ?」

「シホの件やあたしの秘密のことも含めて、あんたに情報を提供したあたしのダチがいるはずだよね。それ、誰なわけ? 教えてくれるならもう一切抵抗しないから」

「あぁそのことか。そりゃあ気になるよな。わかった、教えてやるよ。別に俺にとってはお前等が後で揉めてどうなろうがどうでもいいことだからな」


 からからと胸くそ悪い笑みを浮かべるゴロー。

 今だけはこいつが真生のクズで助かったと思う。

 ここで変な義理とか感じて、名前を隠そうとしなくて正直ほっとした。


「いいぜ。お楽しみが終わったら、教えてやるよ」


 ちっ、やっぱりそうなるか。


 あーあこんなことなら、運命の相手探しとか拘るんじゃなかったかな。


 けど妥協するにしても、及第点まで達してるやつすら今までいなかったのも事実だし……つい最近になって一人だけ、そうなりかけそうなやつはいたけど――い、いやいや流石にあいつはありえない。

 うんうん、だって陰キャのぼっちだよ。あたしとは住んでる世界が違うし。


 そういえば、山代のやつ、上手く逃げ切れたかな。


 ほんとごめんね、こんな最低なことに巻き込んじゃって。今度会ったらしっかり謝らせて。


「――神崎さん」


 あれ、おっかしいな。あいつの声が聞こえる。


「神崎さん!」

「へ? 本当に山代なの……?」


 あたしは目をむいた。

 だってそこには、大慌てで駆けつけてくれたのが一目瞭然な肩で息をした山代がいたのだから。

 そう呆然と彼の姿を眺めていると、あたしの傍まで寄ってきて安堵の笑みを浮かべた。


「よかった。間に合ったみたいで」


 そんな山代を前に、ゴローは感心とばかり口許を歪めて。


「ほう。その様子だとあいつらを撒いてきたのか。逃げ足だけは一丁前ってか。つくづくふざけたやつだなオメーは。で、何でそんな余裕そうな面してんだ。あれか、また警察でも呼んだか?」


 へ、撒くって何? ――まさかこいつ、山代のことは見逃してくれたわけじゃなかったっての!? ほんと、クズね。けど、無事みたいでほんと、よかった。


「いえ、流石に二度も同じ手は通用すると思いませんから。それに今ここで難を逃れたとしても、遠からずまたぞろぞろとお仲間を連れてやって来るでしょうし」

「そかそか、物わかりがよくて俺は嬉しいよ。ただ、ここに来たことだけはあんま感心できないけどな。そんなかわいげのない女なんか見捨てて逃げ帰ってお家でシコってりゃ、自分だけは助かったってのに」

「いえいえ。僕としても逃げて追っかけてのイタチごっこじゃキリがなさそうなので、ここでもうカタをつけたいなと思いまして」


 そう淡々と告げた山代は、次の瞬間一歩足を踏み出して拳を握り、まるで喧嘩を挑む構えになって――


 え、嘘でしょ。山代のやつ本気なわけ?


「ごめんなさい神崎さん。あの場は人の目がありすぎたせいで、すぐに頷いてあげる覚悟が出来ませんでした。けど、ここなら貴女のことを守れます! こいつら全員、僕が片付けて見せますから!」

「が、ガチで言ってんのそれ……」


 あたしが動転していると、


「くっ――くははははははははは」


 まるで今世紀最大の大馬鹿者を目にしたとばかりゴローが腹を押さえて大笑いした。それに連れられるようゴローの仲間達もゲラゲラと盛大な嘲笑をあげる。


「おうおう。恐怖で頭どうにかなっちまったのか。こっちは何人いると思ってるんだ」


 へへへと嫌悪感を覚える笑みを浮かべた男達がウォームアップしながらあたし達を囲む。


 けど山代は怯える素振りは一切見せることなく、寧ろ悠然としていて、


「何人いようと問題ではありません」

「は?」

「女性一人を集団で襲うような心の腐った人間の集まりなんかに。僕が負けるわけありませんから!」


 そう毅然と言い放ったのだった。


「その啖呵、テメエの泣き面で今すぐ後悔させてやるよ! やれ、お前等」


 青筋を立てたゴローが命令すると、四人の男達が一斉に山代めがけて特攻した。


 ――が、


 次の瞬間あたしが目にしたのは、思いも寄らない光景だった。


 四人の猛攻を巧みに躱したかと思うと、殴打を避けられてバランスを崩した男達相手に次々と掌底を放ち、一瞬のうちに四人全員をダウンさせてしまった。


 嘘でしょ。


 これをほんとに、あの山代がやったっての。

 クラスで冴えない陰キャぼっちだったはずの、山代育真が。


 愕然とするあたしを余所に、山代は次々と挑んでくるゴロー仲間達を蹴散らしていく。

 気がつけば、連中の中でこの場に立っているのはゴロー本人だけになっていた。


「な、なんだよこれ。一体何が起こってるんだよ!?」


 仲間達の倒れた姿を一瞥し、動転したゴローが叫ぶ。


「貴方で最後ですね」


 そんなゴローを見据えた山代が、ゆらりとゴローに近づいていく。


「お、お前、一体何者なんだよ!?」


 恐怖で顔を歪ませたゴローが、胸元からサバイバルナイフを取り出して必死に抵抗しようとする。


 けれど、山代はそんな凶器に全く動じず、

 瞬く間に距離を詰めたと思うと、ビクつくゴローの隙をつき、


「っ!」


 ナイフを握る手を蹴り上げて、ナイフをはたき落としてしまった。


「ひぃ」


 情けない悲鳴を上げて尻餅をついたゴローが、匍匐状態のまま必死な顔で落ちたナイフを拾いに向かう。

 が、ナイフに手に届く寸前のところで、山代の足がその行動を阻害した。


「ぐぎゃああああ」


 手を足で踏まれたゴローの悲痛の叫びが轟く。


「貴方の負けです。これ以上痛い目に遭いたくなければ、金輪際神崎さんに近寄らないこと。いいですね!」

「わ、わかった、わかった。もうレイコには近づかないから」

「それと、神崎さんの連絡先はこの場で消していただきます」


 山代の見てる前で半泣きになったゴローがスマホを操作してあたしの連絡先を消した。

 その動作を終えると、ゴローは仲間を連れて一目散に逃げていった。

 まるでこの世ならざる化け物から助けを求めるよう、至極怯えた顔で。それはもう懸命に。


「ふぅー」


 全てを終えた山代が、気を整えるように深く呼吸した。


「もう大丈夫ですよ、神崎さん」


 安堵の笑みを浮かべてあたしを迎えようとする山代。

 けれど、あたしは、


「な、何で追ってきたわけ。あんま余計な真似するなって散々忠告したつーか、こっからはあたしの問題だから、自分でしっかりケジメつけるって言ったじゃん!」


 何故かこんなことになっても素直にありがとうとは言えずにいて――


「そんなの神崎さんが心配だからに決まってるじゃないですか。それに僕がこうして駆けつけなければ、神崎さん絶対に危なかったですよね。それなのに僕に追ってきて欲しくなかったって、本当に言い切れますか?」

「うっ、それは……」


 何も言い返せずに喉が固まる。現に山代が助けに来てくれなければ、彼が言うとおり今頃あたしはどうなっていたかわからないから……。


「神崎さんのその自分を真っ直ぐに出せるところは、長所でもあれば短所にもなるって注意しましたよね。本当は友達思いで優しい性格の持ち主なのに、女王様的イメージが強すぎて、誤解されやすいってことも。僕に首をつっこむなと目くじらたてていた本当の理由が、僕まで標的になって危険な目に遭うの避けるためってこと、僕はちゃんとわかっているんですから」

「…………」

「前にも言いましたけど、神崎さんはもっと自分を大切にするべきです」

「そ、そんなこと言ったってさ。クラスでは男子より怖いとか言われてるあたしだよ。それに今までの人生頼られることはあっても、あたしが頼ることは一切なかったわけだしさ。今更そんなこと言われても、ぶっちゃけ頼れる相手とかわかんないし……」

「わかりました。あてがないってなら、僕が守りますから! これからは僕をあてにして、僕を頼ってください」

「へ……」

「それに、神崎さんみたいな美少女に頼られて嬉しく思わない男なんていませんから。男冥利に尽きますよ」

「はぁあああ!?」


 顔がぼうっと熱を帯びる。

 何でこいつ、面と向かってそんな恥ずかしい台詞をサラッと口に出来るのよ。

 つーか、いつものオドオドして頼りないキャラはどこいったの? 


 その自信はどっからくるの? 

 というか山代、なんか目の玉飛び出そうなくらいめちゃくちゃ強かったし。

 実は今までが仮の姿で全部演技とかそんなわけ?


 お、落ち着けあたし。相手はあの、クラスでぼっちの陰キャ、山代育真だぞ。


「ふ、ふん。まぁ、あんたが、そうしたいってなら、別にいいんじゃない」

「はい。是非そうさせてもらいますね」


 山代がにかっと爽やかに笑って即答する。


 ――はきゅん。


 その瞬間、何だか雷のような衝撃があたしの心臓をびびっと駆け巡った感覚に陥って――


 な、なにコイツ。

 マ、マジでなんなわけ。


 さっきから胸の鼓動がどくどくと大きくなって収まらない。

 は、はぁ。何で山代ごときにこんなドキドキさせられなきゃいけないのよ!?

 意味わかんない……。


 ほ、ほんと、マジむかつく。……うぅ。


 けど、何故か嫌だというわけでもなくて――


「じゃあ、約束してくれる」

「約束ですか?」

「そう約束。この先何があっても、あんただけはあたしの味方でいてくれるって。ほら、あたしって、こういう性格だし万人に好かれるわけでもないでしょ。そんでもってガチでヤバイ時には今みたく助けに来て欲しいなーって。……どう?」


 あたしが緊張と照れくささをない交ぜにしながら上目使いで窺うと、山代は一切悩む素振りを見せずに頷いた。


「わかりました。約束します。僕はこの先、神崎さんの味方です。そして、ピンチの時は何がなんでも助けに行きますから」

「そ。さんきゅ」


 あたしはぶっきらぼうにそれだけ返すと、そそくさっと顔を背けた。


 だって――


 何でかにやけが収まらなかったから。

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