②黒ギャルさんとゲーセン

 駅前。指定された時間に待っていると。


「山代、おまたー」


 神崎さんが大きく手を振って意気揚々と現れた。


 今日の神崎さんは――以前のギャルコレの時とは違い、自己主張控えめなニット系のワンピース姿。

 清楚系な神崎さんもギャップ感があって素敵だけど、この前言っていたスタンスとは異なってる気が……趣味が変わったとか?


「とりあえず言われた通り、来ましたけど。これからどする予定ですか?」

「その前にさ……ほら、山代さ、あたしに何か言うことがあるんじゃないかなーって」


 そう口にした神崎さんが、髪の毛をクルクルと指に巻き、何か落ち着かないとばかりそわそわと僕の様子を窺ってきて。


「……へ。あ、ああっ! すみませんでした」

「あはは、そんな畏まらなくてもいいって。山代がこういうのに慣れてないのはわかりきったことなんだし。こっちこそ、なんか催促させる感じになっちゃってさ。ただ、一応山代にあわせてる以上は一言欲しいなーなんて――」

「今回はお礼とはいえ、誘っていただきありがとうございます!」

「……へ? 何それ」

「な、なにって、貴重な休日の時間を僕なんかのために割いてくれたことに対する感謝の言葉を……。あれ、他になにかありましたっけ?」

「……もういい。行くよ」


 ふいっと背を向けて、スタスタと歩き出していく。

 あれ、なんで神崎さん、不機嫌になったんだろう?



 そうして神崎さんに連れられてやって来たのは、総合アミューズメント施設だった。


「さー遊ぶぞ山代」


 にやっと得意げに笑って僕の腕を引っ張り、グイグイと店内を進んで行く神崎さん。


 男の僕とは違うふにゃりと柔らかな手の感触に、金色の髪から漂ってくる甘く蠱惑的な匂いが僕の胸の鼓動をどくんどくんと加速させ、顔が段々熱を帯びていく。


 けれどその構図は何だろう。

 インドアマンな弟を気にして外に連れ出してる姉って感じが強い。

 ま、デートだと一瞬でも考えたのはきっと僕の方だけだろうし、神崎さん的には似たような感覚で間違ってなさそうだけど。


「よし。最初はこれやろう。あたし、結構強い自信あるからね」


 神崎さんが自信満々に指さしたのは、エアホッケーの筐体だった。


「エアホッケーですか。やるのは全然構わないんですけど。その僕、こういうのあまりやらないので、はたして勝負になるかどうか……」

「いいって、いいって。遊びなんだし。あ、でも、やるからには何か賭けたりする?」

「それだと、僕がよくなくなるんですが!」


 というかこの前も思ったけど、陽キャの人達って何で何かにつけて賭けに持ってきてたがるんだろう。


「まーまーそう言わず。ハンデ付けてあげるからさー。そだ。あたしに勝ったら、あたしと一日デート出来るってのはどう?」


 にまぁっとからかうような嘲笑の籠もった視線。


「負けることないとはいえ、よくもまぁそんなことを……。というか、よくこんな感じのこと言われるんですか? その、自分を商品にするようなことを……」

「んーわりとまぁ、あるかも。だってそちの方が盛り上がるでしょ。あたしの方だって負けられないって、ゲームに熱が入るしさ。こういうギリギリの緊張感を乗り越えた先の勝利がまた一段と格別でたまらない的な」


 神崎さんがえへへと苦笑する。


「そういう変に期待させるような軽率な行動や発言は、止めといた方がいいって言いましたよね」

「わかってる、わかってる。けど今日は別にいいじゃん。相手が山代なんだしー。堅いこと言わないでって」

「よくないですよ。日頃から気を付けとかないと、無意識にボロってでますからね」

「ふ、ふーん。じゃあさ、そこまで言うなら、山代が選んでよ」

「僕が、ですか? うーん」


 どうしよう?

 どうせ勝てないし、適当なこと言っておくか。いや、ここはあえて逆に女性がそんな無防備な提案を安易にするのがいかによくないかを、気付いてもらおう。


「それじゃ、僕が勝ったら、僕の家に来てもらえますか?」

「へ、山代の家に……?」

「はい。実は僕、マンションで一人暮らしをしているのですけど」

「へー山代って一人暮らしだったんだ」

「ですです。それで、神崎さんには手料理を振る舞ってもらいたいなと。憧れだったんですよね。自分の家で美少女が手料理をご馳走してくれるの」


 一人暮らしの男性の家に女性が一人で呼ばれて行くというのは、それはもう警戒心を抱くことだろう。特に自分から言うのと、その気のない人間に提案されるのでは、恐怖の度合いが違うはずだ。


「び、美少女……。そっちこそさぁ、誰かれ構わず、そんな調子のいいこと言ってんじゃないの。一見は人畜無害な草食系のくせしておーこわっ」

「? 言ってるわけないじゃないですか。僕ぼっちですよ。まず言う相手がいません」

「…………」


 僕がきょとんとしていると、神崎さんは何やら意味深なジト目を送ってきていて、


「まぁいいや。いいよ。その条件で乗って上げる。その変わりあたしが勝ったら――それは勝った時のお楽しみってことで」


 にやぁっとさっきの仕返しとばかり意地悪げな笑みを浮かべる神崎さん。

 さ、寒気が。一体なにさせる気でいるんだろう……。


 そうして僕と神崎さんによる罰ゲームをかけたエアホッケー勝負は始まった。


 この筐体は二十点先取で終わる仕様らしく、僕はハンデとして十点をもらっている前提でやるとのこと。ようするに僕が先に十点先取した場合、エアホッケー事態はそのまま続けるも、勝敗はその時点で確定というわけだ。


 コインを入れると筐体の音が鳴り、ポッケからお皿状の球、通称パックが排出される。

 それはフィールド内に発生している浮力によってすうっと大きな円弧を描いて僕の方へと向かってきて――よし、先制するぞ。


 と、意気込んだまではきっとよかったんだけど――


「あ、あれ?」


 見事に空振りフルスイング。間抜け面を晒す僕の前で、ゴールと軽快な音が鳴る。


「あっはははは、もー山代ってばなにやってんの。どんくさー」


 神崎さんが腹を押さえて豪快に笑う。


「あの、神崎さんの中の僕の評価がどんなのかはわかりませんが、どっちかっていうと球技全般苦手な方ですからね僕!」


 気を取り直して二回目。排出口からパックを取り出し、サーブの構えに入る。

 今度はちゃんとサーブを打ち込むことが出来たんだけど、


「あまいよ山代!」


 見事にカウンタースマッシュを浴びせられまた一点とられてしまった。


 それからゲームはあらよあらよと神崎さんペースで進み、気がつけば残すところ後二点。それでも僕なりに精一杯食らいつき、何とか六点を奪取することに成功していた。


 現在。十八対六。


「どうする山代。こっからサービスタイムで、点数倍にしてあげよっか。つまりこっから後あんたが二点とれば勝ちってことで」


 余裕綽々な態度でふふんと得意げに笑う神崎さん。

 それもそうだろう。更にハンデをもらったところで、対比的に僕が点数をとれるのは三回に一回程度。ほぼ、負けは決まったようなものだ。


 ついでにこの後、神崎さんからの何かしらな無茶振りが待ってるかもしれないと思うと少しぞっとする。


 ただ、何だろう。


 こうやって誰かと純粋に遊ぶってことが久しぶりのことだからか、ピンチなのにも関わらずわくわくが止まらないというか、普通に楽しかった。

 神崎さんの表情がコロコロ変わるのを見ているだけでどことなく心が温かくなって充実した気分に包まれて――こんな人を彼女に出来る人はそれだけでもう人生の勝ち組だなって、素直にそう感じたんだ。


 まぁ僕には一生縁のない話だし。こうやって神崎さんが僕なんかと一緒にいてくれるのも今だけで、いずれは彼氏と楽しくやってる姿を見ることになるんだろうと考えると、ちょっとやるせなくなる。


「ん、どうしたの山代? さっさと始めなよ。あ、それともあたしが油断したことでいきなりしかけてゴール決める作戦? 山代ってば姑息ー」

「そ、そんなことしませんって。ちょっと考え事してただけですよ」


 慌てて構えようとしたその時、ズボンのポッケに入れていたスマホが鳴った。動作を一旦中断してスマホを取り出す。


「あ、星野さんからのライムだ」

「へ?」

「ちょっと待って下さい。返信するので」

「あ、うん」


 内容は家にいた時に聞いたオススメアニメのくだりだ。僕からふっといて後回しにするのは何か悪いし、ひとまず『ありがとうございます』くらいは送っとかないと。


「あのさ山代、マミとはその……こうやって頻繁にやり取りする中、だったりするの?」

「そうですね。主に今やってるアニメがどうとかそんな話ばかりですけど」

「ふーん」

「さて、お待たせ――あ、今度は根屋さんからだ」


 内容は合コンの面子がイマイチで帰りたいという愚痴。


「へっ?」

「これは無視――すると後で面倒くさいから今のうちに返しておこう」

「あ、あんた、シホともライムしてんの?」

「してるというか、一方的に愚痴が送られてくると言いますか」

「ふ、ふーん」

「今度こそお待たせしました。それじゃいきますね」

「…………」


 待たされたことが面白くないとばかり眉を顰める神崎さんに少し畏縮しつつ、僕はサーブを放った。

 けれど体が強張っていたせいか、思ったように威力を込められずパックはぬるま湯みたいなスピードで神崎さんの真正面へと、絶好のスマッシュチャンスを作ってしまって――あ、終わった。


「……あ、ミスった」


 へ?


 神崎さんが見事な空振りをした。


「いやーやらかしたやらかした」


 首の裏を掻き、てへっと小さく舌を出す。

 何か今の、棒読みくさい言い方じゃなかったですか。

 もしかしてわざと? いやいやあの負けず嫌いな神崎さんがそんなことするわけないですよね……。


「後一点だね山代」

「は、はぁ」

「行くよ。ほいっ」


 あ、あれ、このサーブ……今まで一番遅くない?


 そう思いつつも僕は全力でスマッシュをはな――とうとはしたけど、垂直に力を込められなかった結果、変にカーブを描いてカンカンと左右を行き来し、神崎さんのところに届く頃にはすっかりスピードが落ちていて――


「あ、ミスった」

「へ?」

「あーあ、負けちゃった。ってことで賭は山代の勝ちだね。わかったよ。負けは負けだから、今度山代の家にご飯作りに行ってあげるよ」

「へ、いや僕は別にそこまでして――」

「や、約束だからね」


 僕が謙遜しようとすると、神崎さんは慌てるよう、強い眼差しでにじり寄ってきた。


 な、なんで罰ゲームをされる方が念を押してるんだろう。普通逆ですよね。

 にしても今の神崎さん、どう見てもあからさまに手を抜いていたような……。


 ――ひょっとして、


 今日はあくまでもお礼だから僕に華を持たせるよう気を使ってくれてる的な感じですか?


 め、めちゃくちゃいい人だ。

 ほんとは負けず嫌いのはずなのに、こんな僕のために。そりゃ星野さんや根屋さんみたく、普段は傍若無人な女王様みたいに振る舞ってても人が集まってくるわけですよ。


 ただ、そんな神崎さん自身は誰にも甘えることが出来ないのが少し気がかりではあるけど……。


 エアホッケー勝負を終えた僕達は、バッティングマシーンにレーシングゲームにシューティングゲームなどなど、神崎さんの「あれやろう」「これ面白そうじゃねぇ」の一言で決めたアトラクションを次々と楽しんでいった。……ちなみに、言うまでもなく全部僕の負け。そりゃね、普段対人ゲームなんてしないし。


 そうして神崎さんと一緒に明日筋肉痛確定レベルで体を動かした僕は、現在箸休めとばかりクレーンゲームコーナーを巡回していて、


「あー山代、あたしあれ欲しい。取ってよー」


 ある筐体の中に入っていたおっきなパンダのぬいぐるみに指を指した神崎さんが、演技の混じった甘えるような声でくいっと僕の服の裾を引っ張る。


「ちなみにこれ、ここにあるクレーンゲームの中じゃずば抜けてむずいで有名なやつでさ。たまにシホ達と来た時にチャレンジするんだけど一回も取れたことなくてさー。あ、何なら取ってくれたらお礼にキスしてあげても――」

「あ、はい。いいですよ」


 ぱっとクレーンゲームの様子を確認し、これならいけそうだと首を縦に振る。


「えっ」


 僕が即答したことに神崎さんが目を丸めて驚いた。


「ほ、ほんとにいけんの?」

「はい。この程度なら恐らく。伊達にぼっちやってない分、ソロゲームの方はそこそこに経験値積んでるといいますか。それにクレーンゲームは得意な方なので」

「そ、そうなんだ」

「ってごめんなさい。今何か喋っていた途中でしたよね。すみません、僕ちょっとアームの強度を確認するのに集中してて……。あの、もう一回言ってもらえると助かるのですが」

「い、いいし! すっごいどうでもいいことだから」


 少し顔を赤くした神崎さんが、手をブンブンと振って大袈裟に大丈夫だと訴えてくる。

 ? どうでもいいことなら、何でこんなにも挙動不審に……まぁいっか。


 とりあえず、やってみよう。


 筐体にコインを入れてクレーンゲームに集中する。


 一回二回目と挑戦するも、重心がそれてしまい景品が上手いこと持ち上がらないままあっけなく失敗。僕の横で神崎さんが「あちゃー」と悔しそうな声をあげる。


 これ、想像以上にだいぶアームの癖が凄いな。

 なるほど、根屋さん達が失敗し続けたのも理解出来る。ま、それ以前にこの手のクレーンゲームは、そもそもクレーンで景品を持ち上げて運ぶこと自体がスペック的に無理だったりするんだけど。


 それでも正攻法で挑んだのは、アームの状態を把握するためと、万が一の可能性もあるからで。よし、これならスライドさせて行けば落とせそうだ。


 ――そうしてプレイし続けること九百円目。


 ガタンと、筐体の下で大きな音がとした。


「嘘……マジで取っちゃったわけ! ――っはは、山代マジすげーじゃん。おめでとーいえーい」


 おーっと感動するよう嬉々とした表情を浮かべてはしゃぐ神崎さんが、両手をばっと上げとびっきりの笑顔でハイタッチを求めてきた。


「い、いえーい」


 僕は緊張や照れくささでぎこちない感じになりながらも、神崎さんのノリに応えて見せる。


「はい、どうぞ」


 普段どちからというとサバサバ系な神崎さんの、そんな無邪気な一面を見れただけでもう得した気分だなと微笑しながら、僕は取り出し口から景品を手にとって渡した。


「へ、なんで?」

「なんでって。神崎さんがとって欲しいって言ったんじゃないですか」

「あー、あはは、そうだった」


 忘れたとばかり神崎さんが恥ずかしげに頬を掻いた。


「……へ? ってことは何。あたし、マジで山代にキ、キスしないと――い、いやいやそんなわけー」

「? どうかしましたか?」

「い、いやなんでもないし! あ、そうだお金。えっといくらだっけ?」

「え? いやですね。そんなのもらうはずないでしょう」

「は? いやいやそんなわけにもいかないでしょ。あたしが我が儘言い出したのにその上タダでもらうとか――」

「こんなんでも一応僕は男ですよ。ここは格好つけさせてください」


 ふっと努めて爽やか笑って見せる。

 まぁ、神崎さんだったらもっとイケメンな人達に高い物プレゼントされ慣れてるだろし。こんなこと言われても今更――って感じだろうけど。

 今日くらいはちょっとキザに振る舞ってもいいよね。


 などと内心で苦笑する僕を余所に、神崎さんは何故か目を丸くさせて仰け反り、


「……わ、わかったし。あ、あんたがそこまで言うなら、もらっといてあげる」


 何故か悔しそうに恨みがましげなジト目でそう言った。


 けれど次の瞬間、頬を赤く染めた神崎さんが、ぎゅっとパンダのぬいぐるみを抱きしめて、


「つーかその、これめちゃくちゃ大事にするから!」


 照れくさそうにそうに早口気味で叫ぶよう告げたのだった。


 何だろうこれ。神崎さんらしくない反応というか、心からとってよかったとそう思わされる、そんな癒やされ感満載のかわいさ満点の表情で。


「つ、つーか。ここ熱くない。喉渇いたつーか……そだ、甘い物でも食べてティータイムとしょいこもっさ。結構遊んだし、山代も疲れたでしょ。あたしいい店知ってんだ」

「あ、いいですね。それ」

「それと、次はあたしが払うから。今日は本来あんたのお礼も兼ねてんだし。そこは筋をとおさせてよね。いい?」

「わ、わかりました」

「よし、じゃあ行こう」


 にぱっとご機嫌な神崎さんに連れられて入ったカフェのストロベリーパフェは、そりゃもうほっぺたが落ちそうなくらいすっごい美味しかったのだった。

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