⑦麗子side:ヒーロー

 これが俗に言う絶対絶命のピンチってやつ、か……。


 額に脂汗を覚えながら、努めて冷静に状況を俯瞰する。

 あたしがごく一般的な女性である以上、こいつらに力で太刀打ちってのは絶対に不可能だろう。


 貞操の危機に直面しているというのに以外にも取り乱すことなく落ち着いていられているのは、背後にいるシホがあたしの負の感情を一心に引き受けてくれているとばかりに、青ざめた表情でわなわなと震えているからだろうか。

 どうにも人は自分よりパニックになっている人を目にすると一周回って落ち着いていられるってのは確かみたい。


 ほんと、巻き込んでしまったシホには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。この後、あたし達がなにされるかなんて今は考えたくもないけど、せいっぱいあたしの出来る限りの全力で、この償いをしていきたいと思う。



 まるで目の前の財宝を値踏みする盗人達のよう、嬉々とした表情でじわりと迫り来る男達。


 その不愉快極まりない顔が一歩近づくにつれ、あたしの心音が警告を訴えるよう加速していくのは――いよいよもってマジヤバっぽい。


 ああ、こういうことなら行動に移す前に山代のこと呼び戻して相談するべきだったかなぁ。


 ――いや、何考えてんのよ神崎麗子。

 流石にあいつを危険な目に巻き込むのは筋違いでしょ。それに、今日奇跡的にこの場を乗り越えたところで、こいつらに顔を覚えられたらろくな未来が待ってないだろうから。

 内気な山代なんてここのクズ連中にとって絶好のカモだろうし、下手したら弱みに付け込む形でずっとゆすられかねないもんね。


 ってかさ、頼りない陰キャぼっちのあいつに、何期待してんだよあたし。

 ま、そんだけ切羽詰まってることなんだろうけど。

 ……うん、周囲からは男子より怖いとか言われて恐れられちゃってるけどさ、あたしだって女の子だよ。こんなの、怖くないわけないに決まってるじゃん……。

 そう目の前の恐怖から逃げるよう目を閉じた瞬間だった。


「――はい。大至急でお願いします! 場所は廃工場です。猪島工業高校の男子が桜星高校の女子生徒を無理矢理連れ込んで集団で襲おうとしています。――はい、そうです。お巡りさん早く!」


 聞き覚えのある声が飛来して反射的に声の方向へと振り返る。


 と、そこにはスマホを耳に当てた山代が、周囲に聞かせるよう大きな声で電話しながら懸命な表情でこっちに向かってきていて。


「もう大丈夫ですよ神崎さん。警察呼んでおきましたから。すぐ駆けつけてくれるらしいです」


 あたしらの周りを囲んでいた男達が唖然としている隙に、山代はあたしの前まで駆けつけると安堵の表情を浮かべた。


「な、なんで、山代がここにいんのよ?」


 シホが困惑した表情であたしの心の声を代弁するよう尋ねる。


「話は後で。今はこの場を乗り切ることだけ考えましょう」


 すると山代は、あたし達にもう大丈夫とつげるよう、温かい眼差しで力強く頷いた。

 わかんない。何でこいつ、こんなに余裕な顔していられるわけなの?


 だって、助けに来てもらっといてあれだけど、もやしっ子なあんた一人が来たところで形勢は何も変わらないわけで……。


「お、お前は確か昨日もレイコと一緒にいた……」


 予想外の乱入者にゴローが若干動揺しつつも、敵意の籠もった視線を飛ばす。


 が、対する山代はというと、いつもの頼りないおどおどしたあいつはどこにいったとばかりに、しゃんと胸を張り平然とした態度でゴローに言い放った。


「僕と話してる暇があったらさっさと逃げた方がいいと思いますよ。お巡りさんの話だと、丁度巡回中のパトカーがこの辺を回っていたらしく、そちらを急行させてくれるとのことなので。まだ高校生を続けたいなら、早急に立ち去るのが最良の選択かと」


 山代が正義は我にありとばかり毅然とした態度で行動を促すよう周囲を見渡す。


「おい、どうする。ここに警察が来るとか、マジなのかよ?」

「目の前で電話してたんだしありゃガチだろ。つーかハッタリであんな堂々とした態度してたらそれはそれでイカれてるよあいつ」

「流石に警察沙汰はやばいって。俺はただ、楽に美味しい思いが出来るって聞いたから来ただけなのに……」


 と、そんな凛然とした山代の視線を受け、困惑の表情を浮かべたゴローの仲間達からわななく声がちらほらと立ち上がり始めた。


「くっそ、ふざけた真似しやがって。おいお前等、落ち着けって。冷静に考えて見ろ。こんなやつにそんな度胸があるように見えるかよ」


 統率が崩れたことに苛立ちを立てたゴローが地団駄を踏んだ。

 が、誰も聞く耳は持たず、聞こえてくるのは我が身大事と保身に走る言葉ばかり。薄々感じてはいたけど、こいつに連中を束ねるような威厳や能力はなかたってわけね。


「はぁ。クラスの美少女二人が困っている。そんな状況を目に手をこまねいてるなんて、男として失格もいいところと言いますか。そこに度胸もクソもないと思うのですが」


 その発言は見当違いだとばかり呆れかえるように肩をすくめた山代が、さも当たり前と真剣な顔でそう言い切ってのける。


 ――どくん。


 えっ、なに今の鼓動……。


 ま、まさか、格好いいとか思っちゃったってこと。

 いやいやありえないでしょ。だって相手はあの山代だよ。


 頬に熱を覚え、そう自分でもよくわからない葛藤をしていると、


「……もういい、撤収するぞお前ら」


 そういうやいなや、ゴローが我先にと走り出した。

 

 が、山代の前まで迫った瞬間、一旦そこで立ち止まって、


「おいチビ野郎。お前、顔覚えたからな。正義のヒーローごっこが出来てさぞ気持ちいだろうが、俺に立ていつたこと絶対に後悔させてやる」


 顔を目と鼻の先まで付け、ゴローが視線で殺さんとばかりの勢いで凄んだ。

 背が人並みより小さく、ひょろくて頼りなさそうな山代を格下だとそう認識したのだろう。あるいは、こいつの性格的にプライドに塩を撒かれたままじゃ許せなかったのか。


 渾身の脅しに、対する山代はと言うと、


「はぁ」


 至極どうでもいいといった様子であっけらかんとしていて、


「そっちこそ、これ以上神崎さんや根屋さんに近づこうものなら、絶対後悔させて見せますから。覚悟してくださいよね」


 ゴローの顔めがけてびしっと指さしての、まさかの売り言葉に買い言葉。


 ほんと、誰だお前と言いたくなるくらいに……その、ヤバイってか――素直に格好いいと思ってしまった。


「ちっ」


 苦虫を噛み潰したような顔をしたゴローが、激しく舌打ちをして去って行く。


 それはもう、誰の目からみても山代の圧勝。


 ゴロー達がどたばたとこの場を去って行くと、あたりは一気にしんと静まり返った。


 あたしら、マジで助かったんだ。その、山代のお陰で……。


 そう少しづつ状況を飲み込んでいると、


「や、山代。あんたやるじゃん。すっごい見直した!」


 安堵の感情を込めるようばしんと背中を叩いたシホが、嬉しそうに表情を綻ばせた。


「ど、どうも」


 女性に触られるのになれてないからか、頭を掻いた山代が戸惑いながら照れくさそうにシホから視線を逸らす。

 それはもうあたしが知ってるいつもの山代に映って――


 もやっ。


 あれ、今なんであたし、シホとじゃれ合う山代見ててちょっとイラッとしたんだろ?


 そ、そだあたしも、早くお礼言わないと。


 あたしは守れたことに少し照れくささを覚えながら歩み寄った。

 なんというか、あたしが誰かを助けたりすることはあっても、あたしが誰かにこうやって助けられることとか、人生であんまない体験だったから変に緊張する。


「あ、あはは山代さんきゅ。積もる話は色々とあるけどさ、とりまあたしらもここから逃げた方がよくない? 流石に警察の厄介になるのは、山代としても不味いっしょ。普通に親とか学校にも連絡行きそうだし」

「あ、そうだった。ここにお巡り向かってるんだっけ。うん、ばっくれようよ。親にバレるのは面倒だし」


 あたしの言葉に、シホも焦り始める。


「あぁなんだそのことですか」


 ただ、警察を呼んだ張本人であるはずの山代だけは、何故かどうでもいいとばかりケロりとしていて、


「大丈夫ですよ。あれは単なるハッタリで、僕がかけてたのは時報ですから。ですので警察がここにくることはありません」


 そんなことをさらっと言ってのけたのだった。


「「へ、ハッタリ?」」


 愕然となったあたしとシホの声がハモる。


「はい。ほらあの手の人達って、普段威張り散らかしてるわりに、この手の国家権力の介入にはやけに敏感といいますか、意外と従順だったりするでしょう。その修正を利用させてもらいました。流石に僕も、あまり大事にするのは不味いと思ったので、本当に呼んでまではいませんよ」


「は、はは。お前ほんとすげーな。ドラマの主人公かよ」


 ばしんばしんと、シホが愉快痛快とばかりに笑って山代の背中を叩く。


「シホ、そんくらいにしといてやんなよ」


 再びじゃれ合い始めたシホの手を、あたしはなんか気がつくと止めていた。


「それよりさ、なんで山代がここにいるわけよ」


 あたしが不思議に思ってそう問うと、山代は何故かムスッとした顔になって。


「それはこっちの台詞です。神崎さんはここには行かないことにしたんじゃなかったんですか」

「えっ。レイコ、それどういう……」


 とんでもないことを聞いたとばかりにシホが目を丸める。


「山代と一緒にいた時はそのつもりだったよ。あんな裏アカ作ってるやつ誰が助けるかって。けど、ふと裏アカ開いたらさ、楽しくお茶してる最中とかいう、これがシホだとしたらありえないつぶやきが画像と共に上がってて。ひょっとして裏アカの犯人はシホじゃなく別の誰かなんじゃって理解したら、シホの身がすっごい心配になって、んでいてもたってもいられなくなったつーか」

「なるほど……。だとしても、一言くれたっていいじゃないですか。僕だって、もう完全に部外者ってわけではないじゃないですからね」

「そりゃ――」


 だってあたしが戦ってる相手は、あたし達が犯人をあぶり出すためにやったファッション勝負の結果を逆に利用して罠をしかけてくるほどの、想像以上に頭の回転の早い化け物なんだよ。

 危険だとわかってるのに、山代を巻き込みたくなかった。

 それが理由。だけど、


「いや、これはあたし自身の問題なんだから、あたしがかたを付けるのが筋ってもんじゃん。そこをあんたにどうこう口を挟まれるのはお門違いつーか、勝手に関係者づらしないでくれる。はっきり言ってうざいだけだし」


 気がつくと、つい強がってそんなことを口にしていたあたしがいて。


「だったらもうこの際部外者でもなんでもいいです。それでも僕は、例えうざがられようともこれらも口を挟ませていただきます。だって神崎さんのことが心配なんですから」

「へ?」

「こんなことあまり言いたくありませんが、神崎さんは女性なんですよ。それもとびっきり綺麗で美人さんな」


 へぇええええええええええええ!?


「そんな美貌を持つ神崎さんが、くだらない男の手で汚されるかもしれないって状況を、一男として、見過ごせるわけないじゃないですか」

「ふ、ふーん」


 なになんなのこの状況、顔がめっちゃ熱いんだけど。あたしもしかして口説かれてる?

 あのヘタレな山代に。いやいやいやありえないでしょう。


 もっとありえないのは、ちょっと満更でもない気分のあたしで――

 ち、違う。違うから。


 これはそのあれよ、俗に言う吊り橋効果。

 そう、脳が緊張を恋愛感情だと誤認するって、あれよあれ。間違ってもあたしが山代をそういう目で見たりとかあ、ありえな――


「だ、だったらなに。そんなこと言うってことはさ、もしあたしと付き合えるチャンスがあったら、あんたは喜んで飛びつくってわけ」


 な、なに聞いてんだあたしぃいいいいいい!?


「は。そんなのもちろん当たり前に決まってるじゃないですか」


 息を吐くよう山代はさらっと即答した。


「学年で一番美人な神崎さんと付き合えるんですよ。そんなの人生の勝ち組ですよね。逆に断る男の方がどうかしてますよ」


 ふぇええええええええええ。

 これ、マジでやばいって……。


 そりゃあ、あたしは山代が言うようルックスが整ってる方だから今までもそれなりに調子のいい言葉とか好意アピールをもらってきた経験は多々ある。

 けど、こんなにも嬉しいと、胸がドキドキしたのは始めてかもで……。


「あのーお二人さん」


 一人置いてけぼりにされてしょぼくれた顔をしていたシホが、恐る恐る切り出してきたのだった。


「お取り込み中のところ申し訳ないけどさ、そろそろ私にも、その裏アカがどうのとかいう話を説明してくれると嬉しいなって……」


「「あっ!?」」

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