⑥根屋さんの真意

 やっぱり放っておくことは出来ない。


 神崎さんと別れた僕は、神崎さんのライムに送られてきていたゴローさんが神崎さんに来るよう指示した場所へと向かっていた。

 神崎さんはああ言って楽観視してたけど、とてつもなく胸騒ぎがしてならなかったから。


 これはいわゆる虫のしらせってやつだよね。

 うん、取りあえず指定された場所に行って、それとなく様子を窺ってみることにしよう。それで杞憂ですむなら万々歳だし。

 それに、もし根屋さんとゴローさんがグルだったとしたらその証拠をこっそり押さえてしまえば、それはそれで全てが片付くから。


 そうして向かった先は、街から離れた人気のない廃工場。

 にしても何でヤンキーな人達ってこういうたまり場スポットを熟知してるんだろう。暇な時秘密基地探索とかそんなのでもしてるのかなぁ。何か想像するとちょっとシュールかも。


 などと考えつつ、僕は少し離れた場所から廃工場の様子を窺う。


 入り口に見張り役と思われるガラの悪い男子高校生が二人。

 うーん、中の様子が知りたいけど、これ以上近づくとあの人達にバレそうだしどうしたものか……。


 そう僕がじれったさを覚えていると、


「え……嘘でしょ」


 視界に想像外の出来事が映って、思わず開いた口がふさがらなくなる。


「な、ななななんで神崎さんがここに……?」


 そう、誰が行くかと鼻で笑っていたあの神崎さんが姿を見せたのだ。


 僕が驚愕しているのを余所に、神崎さんは目的の人物の登場に嬉しそうにする見張り二人に連れられて工場内へと入っていった。


 なんで来たんですか神崎さん。

 行かないって、そう言ってたじゃないですか!

 一体どういう気の変わりようで……。


 とにかく、ここでぼさっとしてる場合じゃなくなった。相手は多人数。神崎さんが心配だ。後を追って僕も中に入ろう。


 そう決心した僕は廃工場の中へと足を踏み入れた。


 薄暗いコンクリ床の上を、察知されないよう細心の注意を払いながらそろりそろりと足を動かす。


 体育館ばりに広い工場の中には、どう使われていたのかわからない、僕の背以上もある錆び付いた大きな機械が点々と置かれていて、僕はそれらづてに身を隠す形で徐々に神崎さんのところへと近づいていった。


「よぉレイコ、会いたかったぜ」


 それは工作機の陰に身を潜め、神崎さん達の様子がそこそこ視認できる距離まで進んだ時のこと。

 嫌悪感を覚えるようなゴローさんの優越に滲んだ声が工場内に響いた。


「あんたさぁ、ほんと救いようのないクズね」


 相対する神崎さんの侮蔑の籠もった視線がゴローさんを射貫く。


 周囲を男性に囲まれても揺らぐことのない虎をも殺せそうな獰猛な視線に、少しだけ面食らった顔になったゴローさんだったが、多勢に無勢だからかすぐさま飄々とした態度になって、


「おいおい。お前が俺を怒らせるから悪いんだろ。忠告したじゃん。俺を怒らせると碌な目にならないって。この俺が女にナメられっぱなしなままとかありえねぇからな」

「はん。それよりシホはどこにいるわけ」

「ああ、彼女なら――」

「やっほーレイコ。来てくれてありがとー」


 工場の奥から意気揚々と手を振って根屋さんが姿を見せた。


「信じてたよ――っていいたいけどごめん。本当はちょっとだけ心配してたかも。だって今日のレイコ一日中不機嫌だったというか、自意識過剰かもだけどなんか私のこと避けてた感じしてたし。だからレイコが来てくれた時はめっちゃ嬉しかったというか、思い過ごしでほんとよかったー。変な勘違いしててごめん!」


 和気藹々とした表情で喋っていた根屋さんが申し訳ないと手を合わせた。

 それはどう見てもこの場に無理矢理連行されて来た人の立ち振る舞いではなく――


 あの飄々とした様子、とてもじゃないけど人質って感じじゃない。

 これって神崎さんのもしもの方があってたってことだよね。


 クソ、僕が浅はかだった。

 世の中には人間の皮を被った悪魔みたいな化け物が実在するって気付くべきだった。

 自分自身の思慮の甘さに腹が立ち思わずギリッと歯ぎしりを噛む。


 そんな中、根屋さんは静に睨み合う二人の間にご機嫌な顔で割って入って、


「――ってことで、テッテテーン。ドッキリ大成功」


 ぶいっ。と、得意げに指を立て、満面の笑顔で高らかにそう宣言した。


「「…………」」


 が、浮ついた様子なのは根屋さんだけで、神崎さんにゴローさん達は沈黙したまま緊縛した空気を崩さない。


「あ、あれ? もうこれで全部終わったんじゃないの……?」


 その穏やかではない様子に、根屋さんが話が違うとばかりにキョロキョロと周囲を見渡す。

 ん、あれ。なんか状況がいまいち理解出来ないんだけど。根屋さんと他の人達に明らかな温度差があるような。これって一体どういう……。


「シホさぁ。あんたハメられたんだよ。そこのゲス野郎があたしをおびき出すための餌としてさ」


 神崎さんが淡々と言葉を紡いだ。それを受け、根屋さんの表情が曇る。


「えっ」

「シホ。巻き込んじゃってマジでごめん」

「レ、レイコそれどういう……」

「おいおい、勝手に悪者扱いしないでくれよ。全部俺にナメた真似してくれたお前の落ち度だろ。親切な俺は再三にわたって忠告してあげったってのによ」

「はん、言ってろ。つーか一つ聞きたいんだけどさ。あんたには恐らく協力者がいるはずだよね。誰か教えてくれる?」

「あ? 何のことやらさっぱりだな。それと、もひとつ訂正だ。ハメられた――ではなく、今からハメるんだよ」


 下卑た笑いを浮かべた男達が一斉に神崎さんへとにじり寄る。

 神崎さんが怯える根屋さんを庇うように立ちはだかった。


「これはあんたとあたしの問題だよね。シホは無関係なんだしこの場から解放してもいいでしょう」

「は? 今更そんな戯言通じるわけないだろ」


 ドスの聞いたゴローさんの一言。

 絶対絶命の状況に陥りながらも、神崎さんは尚も毅然とした態度を崩さずにいて――

 が、その肩が恐怖を訴えるように震えているのを目にしたその瞬間、


 ――ぷちん。


 と、僕の中で何かが弾けた音がしたように聞こえた。

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