⑤裏アカ犯は脳天気?
翌日の学校。
今日の神崎さんってば、そりゃもうわかりやすいくらいに一日中不機嫌そうにしていた。
もうあからさまに根屋さんとの会話避けていたし、おまけに尊敬するレベルの平気な顔で「私らめっちゃ仲良し」感を出そうとする根屋さんの一挙一動に眉をひりつかせ、怒りを押さえつけるよう静に拳を握り込んでいたのがもう、理由を知り隣に座る僕としては心臓ドキドキの正に生き地獄。
中でも特に昼休みが終了した直後なんかはヒヤヒヤものだった。
昼休みが終わる予鈴がなった直後、なんと裏アカが呟いたのだ。
『神崎麗子、今日一日あからさまに機嫌悪いんだけどなんなの。もしかして、昨日負けたことまだ引きずってるとか』
『ほんと、どれだけ度量が小さいんだよwww 胸と背だけは無駄にデカいくせして』
『ああいう美人って、周りからちやほやされて育ってきた分、ちょっとでも自分の思い通りにいかなかったからすぐ拗ねるから、ほんと友達役やってる身も苦労が絶えないわ。マジ、五歳児かよって感じ』
それを目にした神崎さんってば、唇をわなわなと震わせたかと思うと怒りのあまり机をバンと強く叩いて――唐突な女王のご乱心による気まずい空気の中始まった五限目はとてもじゃないが勉強に集中出来る状態ではなく……クラスメイトの皆さんほんとご愁傷様でした。
そんなこんなで放課後。神崎からライムで『残れ』とたった二文字が飛んできた僕は、こうして教室に残っているんだけど――
「マジでシホのやつなんなわけ。あのタイミングであれってもう確信犯じゃん。絶対、あたしがこの裏アカに気付いてるの知ってて喧嘩売って楽しんでるでしょ。あたしの荒れっぷりを目に陰でクスクス笑うかんじでさぁ。あーマジうっざ」
隣には般若の形相で日中ため込んだ怒りのオーラをこれでもかと放出する神崎さん。正直、もう帰りたいです。
「お、落ち着いてください。だとしたら、乗っかってしまえばそれこそ敵の思うツボじゃないですか。下手に学校で暴れて謹慎とかになったらどうするんです?」
「うっそれはその……山代、何とかしてよ」
「そんな無茶なこと言われましても……」
「とりま、明日もあのサイコパスと接して正気保てる自信あたしにはないから」
「そんな得意げに言われましても……」
開き直ってふんぞり返る神崎さんに、僕は苦い顔をする。
「せめて根屋さんが裏アカでつぶやいてる瞬間を押さえられればよかったんですけどね……」
昼休みが終わる直前のこと。
教室へ戻ろうとする木村さんに付いてく形で、星野さん達三人は一緒にお手洗いに行ったんだけど、神崎さんだけは根屋さんの傍から一刻でも早く離れたかったのか、気乗りしないと教室に残った。
裏アカを呟いた犯行時は、きっと誰の目にもつかないタイミングを狙ったと考えていいだだろう。
「そうそれ。あんたとしたいのは正にその話なの。どうやってか明日中にシホが裏アカの犯人って確定的な証拠を、言い逃れ出来ないようマミ達のいる前でばばーんと叩きつけてやれないかな」
「明日中にですか……」
「そ。じゃないとあたしが爆発する」
「裏アカの犯人が根屋さんだと仮定して、問題なのは神崎さんがこの裏アカを見ていることに根屋さんが朝の時点で既に気付いてたのかどうかですよね」
「は、どういうこと?」
神崎さんがきょとんと小首を傾げる。
「大嫌いな神崎さんがあまりにも不機嫌すぎてつい愚痴りたくなった。って可能性も捨てきれはしませんが。例えば――昨日の裏アカの正体が自分だと示唆するような発言をしていたのに後になって気付いてしまった根屋さんが、開き直って神崎さんをけしかける方向にシフトチェンジしたとしたら、今日の行動に理由が出来ますよね」
昼休みの根屋さんがやたらと「私らめっちゃ仲良し」的な話題を振っていたのも、神崎さんが裏アカの存在に気付いてるか見極めるための軽いジャブだったとすれば、一連の行動に統一性が見えてくるから。
「さっきあんたが言ってたみたいに、あたしを教室で怒らせて暴れさせることで、教師や学校を巻き込んだ大きな問題にするのが目的だったってこと?」
「ですね。極端な話、殺されるのも時間の問題なら逆に手を挙げさせることで社会的に、あわよくば退学処分にさせてこの教室から抹消してしまおうとか。もっと深く考えるならより退学に追い込めるよう今まで虐められてたとかねつ造して情緒に訴える形で――」
「……あんた、そんな草食系動物みたいな見かけによらず、えらいエグいこと考えるんだね」
「あの、僕じゃなくて根屋さんの話ですからね!」
口に手を当て、ぞっとした表情で引くわとばかり距離をとった神崎さんに、僕は声を荒げる。
「とにかく、もしそうだとしたら、今日の一件で神崎さんが裏アカに気付いてるという事実が、犯人の中で最早確定的になったわけです。裏アカでつぶやいてお手洗いから戻って来てみれば、教室が神崎さんのせいでざわついてました――となれば、原因はさっきのつぶやきだと察するのが自然ですからね」
「くっ。ってことはなに、あたしはまんまとシホの罠に乗せられたってこと? ちっ、あいつマジふざけんなし!」
強く舌打ちし、目の前で怒髪天を衝く勢いで凄む神崎さんに、背筋が凍りそうになる。
「お、落ち着いて下さい。神崎さんが冷静さを失うのは根屋さんにとって好都合なんですよ」
「うっ……そうだった」
「それをふまえてなのですが、僕に一つ考えがあります」
「お、どんなの?」
わくわくと期待で目を輝かせる神崎さん。
「明日の昼休み、神崎さんがみんなといる時に神崎さんには適当な理由をつけて教室から出てもらって――で、その隙に僕が根屋さん達の前で神崎さんの陰口を盛大に言います」
が、僕が揚々とそう告げるとわくわくしながら聞いていた神崎さんの目から瞬く間にハイライトが消失した。
「は? なにそれ。今のあたしにはつまらない冗談に付き合ってられる心の余裕ないんだけどなー。それとも、まさか裏切って向こうに付きたくなったとか言わないよね?」
極寒の地を連想させる凍てつく声音。
「ち、違いますよ。もちろん演技に決まってるじゃないですか。いいですか、シホさんは昨日、裏アカでこうつぶやいていましたよね『格下だと思ってた陰キャに出し抜かれてアホヅラさらす神崎麗子の顔をチョー見てぇええ』と」
というか、そもそも本当に陰口を言う人はそんな本人の目の前で正々堂々と宣言しませんよね。
「そこを逆手にとるんです。流石に僕と神崎さんが繋がってるとは思ってもみないでしょうから」
「逆手にってどういうこと?」
「今までのシホさんの裏アカでの発言からして、神崎さんへの鬱憤が相当なのは一目瞭然です。そりゃもう神崎さんのプライドを可能な限りズタズタに引き裂いて心を折ってやりたいとそう思っているはず。そこに僕が神崎さんへの恨み辛みを口にすれば、きっとシホさんは何らかの形で僕に接触してくると思うんです。あのつぶやき内容を実現させてやろうと」
「な、なるほど」
「そうやって敵の懐にわざと飛び込むことで、確たる証拠を得ようって作戦です。明日中にどうってのは難しいと思いますが、上手くいけば早急に終わられるんじゃないかなと」
僕がそう得意げに笑って締めると、
「山代……」
神崎さんは何故か唖然とした表情で僕を見つめていて、
「何か、悪いね。本当はそこまであんたを巻き込む予定はなかったのに。あのさ、シホの件が終わったらほんとなんかお礼するから」
「あ、ありがとうございます」
め、珍しく神崎さんが優しい……。
「あとさ、ないとは思うけど、ミイラ取りがミイラになるって展開だけはナシだからね」
僕の服の裾をちょこんとつまみ声を震わせた神崎さんが、いつになく不安そうな表情を見せた。不謹慎かもしれないけど、ちょっとかわいいかも。
「そんなことあるはずがないですよ」
「だ、だよね。あはは、あたしってば何弱気になっちゃてるんだろ」
頬を掻き、気を切り替えるように神崎さんがこそばゆそうに苦笑する。
「よし。じゃあここは山代のこと信じて明日はその作戦でいくから。ヨロ」
「はい任せてください」
「ふぅ。とりまこれで本日の作戦会議は終了かな。山代、喋り疲れてのどが渇いたし購買寄ってこうよ。付き合ってもらったお礼に、ジュースぐらいは奢ってあげる」
「あ、ありがとうございます」
「にひひ、感謝しなよ。このあたしが男子に奢るとか滅多に――あれ、そういや
人生初めてかも。光栄に思いなさいよ」
と、緊縛した空気が和らぎ和気藹々としたムードになってきたその時、
机に置かれていた神崎さんのスマホが鳴った。
「げっ、なんだ。あいつか。ったく、昨日あんだけボロクソに拒否ったのにまだ連絡してくるとか、どんだけ鋼のメンタル持ってんのよ。着拒してやる」
鬱陶しいとばかり頭を押さえた神崎さんが、スマホを机に置いたまま応答拒否のボタンをタップした。
「あの、つい画面見ちゃったんですが……今のゴローって、昨日街で声掛けてきた人ですよね?」
「そ。ったく、ただでさえイライラしてるってのに、何でこんなクソどうでもいいことで余計苛つかされなきゃいけないのよ。つか、ライムブロックしとこ」
そう言った神崎さんが行動を起こす前に、電話には出てくれないと察したのか、メッセが飛んできて。
『ねぇ、今暇なら俺とこれから遊ぼうよ』
「はぁ、何コイツ頭イカれてるわけ?」
『ね、たまたま会ったシホちゃんも一緒だからさ』
「は、シホが一緒に?」
『つーかもし来てくれなかったら、俺悲しすぎてどうにかなっちゃいそう。知ってた? 俺ってどうやらキレると手がつけられなくなる系男子らしいんだよね』
知った名前の登場に愕然とする中、神崎さんのライムに一枚の画像が送信される。
その画像は今、根屋さんが一緒だというのを強く主張するような、ゴローさんと同じ猪島工業の制服を着た複数の男子生徒と根屋さんが談笑している写メだった。
そう、まるで集団で根屋さんを逃がさないよう取り囲むように。
「こ、これって……」
「ようするに脅しってことだよね。来ないとシホを、一応名目上はあたしの大切な友達に乱暴するっていう」
「で、ですよね」
緊縛する空気が漂い始める中、更にメッセは続き、指定した場所に来るよう書かれていた。
けどゴローさん残念なことに――
「ふーん。あっそ」
今の神崎さんにとって、根屋さんは人質の意味を全くなしてないんですよぉおお!
「はぁ、アホらし。ご自由にどうぞって感じ」
どうでもいいとばかり軽く宙に手を振って肩をすくめる神崎さん。
まぁ、そうなっちゃいますよね。
「ほんと、こいつ間抜けすぎってか哀れだわー。よりにもよって、シホを選ぶとか」
「この人が救いようのない存在ってのには同意します。ですが……」
「なに、なんか引っかかることでもあるわけ? シホにとってもあれよあれ、人を呪わば穴二つってやつ。いかにバレないよう悪事を働いたって、神様はちゃーんと見てるってことでしょ」
「あのですね神崎さん。仮に……これは凄いもしもの話になっちゃいますが、実は裏アカの犯人が根屋さんではなく、他の誰かだった場合、僕達は後悔してもしきれない過ちを犯してしまうことに……」
「はぁ!? 今更なに言ってるわけ。もうシホで確定してるって話だったじゃん。さっきはその前提で作戦立てたってのに、それを今更こんな偶然起きたトラブルのわけのわかんない可能性を引き合いに覆すとか、ありえないでしょ」
「そう、なんですけど……」
頭ではしっかり理解出来ているはず。
なのに、不安が溢れてきて収まらず、声が言い淀む。
そんな僕に神崎さんは諭すような表情で言った。
「そんなこと言い出したらさ、その逆だってありえるわけでしょ。シホがそいつとグルになってあたしを陥れようとしている的な」
「そ、それは確かに。で、でも……」
そんな僕の煮えきれない様子に、神崎さんはやれやれとため息をついて、
「とにかくシホは助けにいかない。これがあたしの選択。元々あたしの問題なんだから、あんたがそこまで気負う必要ないからさ。そんな思いつめないでよ。それにさ、こいつらだって結局つるんでないと何にも出来ないような口だけ連中だし。そんな大逸れたことするわけないって」
「で、でも……」
「余計な口出しは無用。ま、シホはあれよ。天罰が下ったってことで。南無」
そうおちゃらけて拝む神崎さん。
胸騒ぎが収まらない
本当にこれでいいんだろうか……。
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