④黒ギャルさんと反省会

 神崎さんが向かっていたのは、ハンバーガーショップだった。

 どうやらここで小腹の補充をしつつ反省会をするとのことらしい。


 それぞれハンバーガーセットを注文した僕達は、商品の乗ったトレイを受け取ると四人掛けのソファ席に広々と座った。


 僕は飲み物を口にしながら、頬杖をついて仏頂面で明後日の方向を眺めながらハンバーガーを咀嚼する神崎さんが、食事をし終えて話を切り出すのを怖ず怖ずと待つ。ゴローさんとの一件もあってか、神崎さんが合流時より一層ぶすっと不機嫌なままなのが、僕からは話しかけづらいと言いますか、めっちゃ肩身が狭い。


「はぁ。あんたのせいで、作戦一から立て直しじゃん」


 気を切り替えるようドリンクを口にした神崎さんが、一息ついて恨みがましい視線を向けた。


「それはほんと申し訳なかったです」


 粛々と頭を下げる。あのファッション勝負の真の目的が裏アカ犯のあぶり出しであった以上、そこはもうただ純粋に謝るしかない。

 おまけに僕が決めたルールがどうこうってのは、神崎さんにとって全く関係のない話だ。協力すると言っていた相手に聞いてないことで作戦を無下にされたんだから、神崎さんからすればそりゃ「なにそれ!?」となるのは当たり前だ。……ごめんなさい。


「ったく、せっかく裏アカの犯人を一気に特定出来るかもしれないまたとないチャンスだったかもしんないってのにさ」

「おっしゃる通りです」

「ほんとどするわけよ。あーあ、また裏アカでなんか利用出来そうなこと呟いてないかな。今回だけは多めに見てやるからさ――へ……?」


 愚痴りながらスマホを弄っていた神崎さんが、突如唖然とした表情で息を呑んだ。

 驚きの原因が裏アカであるのは明確だと、僕も自分のスマホで裏アカを確認する。


『いやー痛快痛快。あんな陰キャ童貞一人も落とせないとか、神崎麗子も落ちたもんだわwww』

『いやーマジで気分いい。山代って言ったっけ。あいつ、見る目あるからっぽいし、こっちに引き込むのもわりとありかも。あんな玩具同然にぞんざいに扱われて、ドエムでもなければ絶対恨みの一つや二つ持ってるだろうし』

『てか、格下だと思ってた陰キャに出し抜かれてアホヅラさらす神崎麗子の顔をチョー見てぇええ。永久保存版としてdikdokに上げて全世界と共有必須案件』


 嘘、だよね。だって、このつぶやき内容って……。


「ねぇあんたはこれ、どう思う?」


 僕がスマホを目に愕然としていると、その様子から同じよう裏アカのつぶやきを目にしたのだと察した神崎さんが神妙な顔つきで尋ねて来た。


「あの場で気分がいいとか、あんたに見る目あるとかそんな賞賛を送る人ってどう考えても優勝したシホくらいだよね。つーか、負けたやつが見る目あるとか言うわけないし」

「状況的に見ると、そうなるんじゃないでしょうか」

「ってことは何、あたしに勝って気分が高揚しちゃった結果、うっかりボロが出るようなことまでつぶやいちゃったてこと? ようするに、あたしらが最初に思い描いていた作戦の逆パターンになっちゃった的な」

「そう、なのかもしれませんね。なんというか、まるで北風と太陽みたいな感じですが」

「でかした、山代!」


 まるでさっきまでの雷雲ムードが嘘だったかのように、神崎さんがニッと白い歯を見せてご機嫌に笑う。


「けど……そっかぁ。犯人はシホだったかぁ……」


 が、その直後、何とも言えない表情になった神崎さんが視線を虚空にさまよわせてしんみりと呟いた。


「あの、いくら状況の流れ的にそう推理出来ちゃうとはいえ、すぐに根屋さんだと決めつけて『お前が犯人だ』と、直接問い詰めるのはまだ早いと思いますよ。ほとんど確定とは言っても、大半は僕らの推測から来る決めつけによる部分が大きいですから、言い逃れしようとすればいくらでも言い逃れ出来る気はしますし」


 それに何か、ひっかかるんだよね。

 上手く言語化できないけど、妙にあっけなさすぎるような。

 向こうだってギリギリの綱渡りをしてる自覚はあるだろうし、いくら気が高揚してたとはいえ、こんな凡ミスをするものなのかなぁ。


 だってこれ、あのクラスの女ボスである神崎麗子を標的にしている以上、バレたら学園生活そのものが終わるようなものなんだよ。

 そこんとこ、犯人だって僕なんかより遥に承知してると思うけど。


「言われるまでもなくわかってるって。もう少し泳がせて、逃れられないくらいボロを出させた後で一気にたたみかける。やられたらやり返す、倍返し的な」


 拳をぐっと握った神崎さんが、勝利の美酒に酔いしれるよう揚々とドリンクを口にする。


「はぁー。ほんと、あんたの作戦無視から、おまけにクソみたいな男に絡まれて今日はどんだけ最悪な日って思ってたけど、ここに来てまさかのどんでん返しでとりまほっとしたよ」


 そう安堵の息を吐いた神崎さんだったが、またさっきみたいに顔を曇らせて、


「けど、シホってばなんでこんなこと。まーそれだけあたしのこと憎んでたってことだよね。それもたぶんあたしが無意識に傷つけてたのが原因で……」


 頭を押さえて、らしくないナーバスな表情を見せる。


 根屋さんが神崎さんを憎む理由と言ったら、やはり恋愛に関することだろう。


 当初、神崎さんの話では根屋さんは男運が悪く、付き合ってもすぐ別れるという話だった。


 が、事実は少し異なり、根屋さんがいいと思った人は殆ど神崎さん狙いのため、妥協したことで失敗を繰り返しているというものだった。

 神崎さんにその気はなかったにしろ、いつも誰かに比較される人生はきっと辛いものだろう。


「この前シホに合コン拒否られるまで、あたしシホの気持ちとか全然理解してなくてさ。でも、だったら合コンの場でも言ってくれればよかったのに。そしたらあたし、全力でシホのフォローに回ったのにさ」

「それは逆効果な気がしますけど。例えば神崎さんが好きな人がいて、その人から別の男性を熱烈に勧められたらどう思いますか? 絶対にいい気はしないですよね」

「そ、それは……まぁ」


 寧ろその気はなかったからこそまだタチが悪いというか、おまけに神崎さんはシホさんがいいなと思った男性をことごとく足蹴にしてきたわけだから、より一層「ふざけるな」という気持ちが大きくなったのかも。

 何もかもを持っている人が、持っていない人を弄んであざ笑っている。

 そう卑屈に捉える人だって少なくはない気がした。まぁ、ご丁寧に裏アカなんかつくってこんなことをしている以上、そっち側だったということなんだろう。


 それにコンプレックスによる妬み辛みが彼女の怒りの原動力だったというのなら、例え審査員が僕であれ異性に向けてのビジュアル勝負であの神崎さんに膝を付けたという事実が、何事にも変えられない高揚感となってついうっかり呟いてしまったのかも。それだったら、何か理解出来そう。


 なにはともあれ、神崎さんにはこれまでの行動を振り替える必要はあるよね。

 そう思うと、僕は口を開かずにはいられなくて、


「神崎さんはもっと自分以外の人間に感心を向けるべきです。例えばさっきの人、お二人の会話から察するにあの人も合コンで知り合ったんですよね。あのこう言っちゃなんですが、最初からまったく相手にする気ないのに、連絡先交換するのはどうかと思いますよ。向こうは気があるって勘違いしてもおかしくないと言いますか、そういう価値観の違いが、今回のシホさんの件を生んだってのは少しはあると思いますし」

「あーあれね。あれはさ、友達に合コンの面子が足りないからどうしてもお願いって頼まれてさ。んで、気乗りしないまま言ったらそこで王様ゲームすることになって、その王様の命令で連絡先の交換とか、愛してるゲームさせられたってわけ。ゲームだししゃあなしに乗ったけど、後から聞いた話、どうもあのゴローってやつに頼まれて仕組まれてたって話でマジむかついたわ」

「そ、そうだったんですね……なんか、ごめんなさい」


 ゴローさんの件はまた別に複雑な事情があったんだ。……や、ややこしい。


「あはは、いちいち謝らなくたっていいって。ま、こーいう身なりだし、遊び人だって思われ慣れてるからさ。それに反省しなきゃいけないのは、マジなことだし」

「そういえば大丈夫なんですか? あの人、尋常じゃない目で神崎さんのことを睨んでましたけど」

「ま、そんな心配することないでしょ。どうせあの手のタイプって口だけだから」


 軽く手を振り、なんともないと笑う神崎さん。


「はぁ。本当にそうだといいんですが……」


 僕の杞憂で終わればいいけど。


「で、話は戻るけどさ、シホのこと、これからどうするべきだと思う? 理由はどうあれ、裏であんな言いたい放題陰口叩かれたのは許せないし。向こうだってあたしのことああいう風に思ってるって以上は、悪いけどもう友達として見られる自信ないわ。ぶっちゃけ、平気な顔で友達面してあの中に混ざってへらへら笑ってるのを見るだけで、どうにかなっちゃいそう」


 だから早急に何とか方を付けたいと、そう言いたげに真っ直ぐに僕を見つめた。


「お気持ちはわかります。ですが、まだ向こうにはしらを切れる余裕がある以上、ここは我慢しかないと思います」

「あーあ。やっぱそうなるよねぇ。ほんと、遺憾しかないけどここで焦ったら負けそうな気はするし、悔しいけど山代の意見はあってると思う」

「それと裏アカの犯人が山根さんでほぼ間違いなってことは、まだ星野さんには黙っておいた方がいいかと」


 裏アカを目にした時の憤りからして、いきなり根屋さんに当たったりとか安易に想像出来ちゃうし。


「あーそれはわかってる。あたしとシホの問題だし。他を巻き込む気はないから。とりま明日一日は様子見ってことで」


 気さくにわらう神崎さんに――僕は不安しかなかった。


「ま、もしものことがあったら頼むわ。もし頭に血が上ったあたしがシホをボコり始めたら、最悪あたしの体に触れてでも止めることを許可する」

「あの、僕なんかが神崎さんを止められるわけ……」

「へー、マミの時は真っ向から啖呵きってきた癖に?」

「うっ。それはまぁ……」


 非常に申し訳ないですが、もうあの時の僕がどんなだったのか、全く覚えてないんですよねぇ……。


 お願いですから明日はどうか平穏な一日で終わりますように。

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