②ギャルコレ
放課後。
神崎さんに連れられ、美少女五人と街中を歩く僕は、そりゃもう肩身が狭かった。
道行く人からすれ違い様に飛んで来る憐憫と同情の籠もった視線がつらい。
どうやら今の僕は、傍目からするとギャルにたかられている哀れな小金持ち陰キャにでも見られているらしい。
ま、僕も外野側だったら絶対似たように捉えて悲観していただろうし、あの人達に悪意はないのはわかるけど……やるせない。早く帰りたいです。
と、僕が人知れずうな垂れていてると、神崎さんが急に立ち止まって、
「あたし面白いこと思いついたんだけどさー」
にやっと不気味に笑って僕をちらりと一瞥した。もう、嫌な予感しかしない。
「今日はーさぁ。みんなでファッション勝負しない? せっかくおあつらえ向きな審査員いることだし、この中で山代が一番かわいいと思ったコーデを試着したやつが優勝的な」
あの遊ぶってのは、僕で遊ぶってことですか!?
「へー面白そうじゃん。ようするに普通にオシャレするわけじゃなく、審査員が山代であるのを意識しなきゃいけないってのがポイントってことね」
木村さんが乗り気な態度でふむふむと真面目に考察する。
「えーそれって童貞陰キャの趣味に媚びろってことでしょ。なんか抵抗あるんですけどー」
「まーまーマミってば、そんなネガティブに捉えないで、もうちょい前向きに考えてみようよ。ほら、意中の相手を落とす時のための練習って思えば悪い話ではないんじゃない」
「確かにノゾミのいうことは一理あるかも。こいつ一人ドキッとさせられなきゃ、いい男ゲットなんて夢のまた夢だもんね。よし」
「あはは、みんな思った以上にやる気じゃん。まー楽しそうだし、これはうちも負けてられないねー。ちなみにレイコ、これさ優勝したら何かもらえたりするの?」
「んーそうだねー。あ、山代と一日デート出来るとか」
「は? それ単なる罰ゲームじゃん。だったら私はパスで」
すっと手を挙げて根屋さんが即断する。
あの、根屋さん。本人がいるんですから、もう少しオブラートに包んでくれませんか。そりゃ自分のことわかってるつもりだけど、やっぱ少しは傷つきますよ。
「じゃあ――山代から何か奢ってえます! ……たぶん」
「おっけ。ならのった。私プラダのバックで」
「へ?」
奢るのスケールが化け物過ぎやしませんか?
「それじゃわたしは、マッサージチェア」
「あはは、サユリってばおばんじゃん。うちはお手頃にブルーレイボックスでいいよ。ノゾミはどうする?」
「んー欲しいものって言われてもぱっと何も思いつかないから、とりあえず土地かなぁ」
土地を欲しがるJKって何ですか!?
わいのわいのと盛り上がりながら、愕然とする僕を置いて服屋を目指して歩き始める神崎さん達。
ええぇ、これ決定事項なんですか?
というか本当にたかられてますよね僕?
と、内心でオロオロになって困惑していると、先を行く神崎さんからライムのメッセが飛んできた。
『ってことで、賽は投げたから後は頼んだから』
『へ……賽? あの、どういうことですか?』
『はぁ……察し悪すぎでしょ。昨日の例の裏アカのつぶやき、覚えてるよね?』
『裏アカのつぶやき……』
確か……『神崎麗子の服のセンスってマジでありえない――』とかそんな感じだったような――あっ!
『もしかして、あのつぶやき内容を逆手にとって犯人をあぶり出そうって魂胆ですか?」
『そのとーり。いくら審査員が山代とはいえ、散々センスないだの下品だの馬鹿にしてた相手にファッション勝負で負けたとなっちゃ穏やかではいられないでしょってこと。プライドズタズタにしてやったら怒りの余り本性見せるかもって寸法なわけ』
『なるほど』
『ま、ぶっちゃけ。ずっとやられっぱなしなのはむかつくから、ちょっとやり返したいってのもあるんだけどね』
『な、なるほど』
『ってことで、やるからにはマジでやるから、ほんとはこんなこと別に言っとく必要はないけど、一応作戦的にあたしを優勝させる前提でよろ。後ちなみにあたしが勝てば、ちゃんと優勝賞品がどうのってのもなぁなぁにしてあげるから』
審査員がグルで最初から出来レースなのは、結構やる気でいる他の四人にちょっと悪い気もするけど、と言っても別に遊びだしいいよね。
……僕も真面目に奢らされるのは勘弁だし。
そうこう考えながら先導する神崎さん達に付いていって辿り付いたのは、レディース専門の大きなアパレルショップだった。
神崎さん達いわく、ここはオーナーの意向で若者にを中心に「迷ったらこのお店!」ってなるようなスタンスで、系統に囚われない様々なブランドを取りそろえてあるらしい。
ちなみにこういうお店のことをセレクトショップというのだそうな。ちょっと勉強になった。
店に入るないなや「ようし」と瞳に意気込みを見せた神崎さん達が思い思いのゾーン目指してちりぢりに散らばっていく。
かくしてギャルによるファッション勝負、名付けてギャルコレが始まったのだった。
その間、いかにもミスマッチな僕がぽつんと一人残され神崎さんを待つのは――
もうこれ、新手の拷問ですよね。学生服のままなのも、地味に注目浴びてつらい。
疚しい気持ちなんてこれっぽちもないはずなのに、なんでこんなにも負い目や罪悪感やが溢れてくるんだろう。
にしても、試着で遊ぼうってのがもうほんと陽キャって感じの発想だよね。
僕だったら試着したら何か悪いから買わないとって思っちゃうのに。
けどこうやってグイグイ自分を出せる人こそが、社会において成功出来るんだろうから、そこは見習わなきゃいけないのかも。
それとなんだろう。今、神崎さん達は他ならない僕だけのことを意識して服を選んでくれているんだって思うと、こうして疎外感に晒されながら待つことにも悪い気はないように思えてくる。うん、こんなプチハーレムみたいな経験、僕の人生においてはきっとこれっきりになるだろうし。そこは前向きに楽しんでもいいよね。
そうこう休憩スペースのベンチに座って待つこと三十分。
予め決めていた時間になった僕は試着室前へと向かった。
制限時間をしっかり決めておかないと、無限に悩み続けてキリがないのだそうな。特に神崎さんが。女子の買い物とはそういうものらしい。これも勉強になった。
ま、こっちは僕の人生で今後活用されることはなさそうな知識だけど。
と、言われた通り試着室前に来たけど……まだ誰もいない。
神崎さん達はみんな試着室の中にいるのだろうか。というか、試着室の前なんかで一人ウロウロしてるとこれもう完全に不審者じゃ――
そう居づらさに胃をキリキリさせてると、
「お待たせー。ってあれ、まだわたしだけか」
一番最初に姿を見せたのは、木村さんだった。
「どう、山代、似合ってる? 君が好きそうな清楚クール系を意識してみたけど」
ぱっと首に手を当て、モデルのようなポーズを取る。
自慢のスラッとした足を強調するようタイトなジーンズをはいた木村さんは、上は逆にちょっと袖口が大きめでぶかぶかなシャツとギャップ差で遊びを作る感じで、健康的で大人の女性感を醸し出している。
「はい、とても似合ってます。もう全然高校生には見えないと言いますか」
「それ、わたしが老けてるってこと」
「い、いやそういう意味ではなくてですね。その、いい意味で高校生に見えないと――」
「にひひ冗談やって、そんな必死に弁明せんでも。かわいい反応、どうもありがとさん。でもなぁ、一番はまずったかも。ほら、最初の人ってどうしても基準にされちゃいがちじゃない。インパクトも薄れて印象掠れるし。正直一番は損しかないよねぇ」
「それは……一理あるかもですね」
「おまたー」
僕達の会話に快活な声を上げて割り込んで来たのは、星野さんで。
「どうどう、いっくん? こういうの好きでしょ? おっと惚れるのはなしでおなしゃす」
茶化すように笑う星野さんは、全体的にちょっと子供っぽさが残るような感じのコーデになっていて、髪型がツインテなのも相俟って何というか等身大の女の子感があるというか、こう処女感漂って垢抜けきれてない部分が僕みたいな女の子に幻想を抱いてやまない男子の理想的な部分を巧みについてきていた。
流石は星野さん。こっちの側の人間なだけあって、需要というものをわかってらっしゃる。
ただ……申し訳ないけど星野さんの場合は一昨日のコスプレ姿が余りにも衝撃すぎて、ちょっと味気なく感じてしまうかも。
「あら、二人とも結構本気で勝ちに来てる感じなのね。これだと私、ちょっと地味というか、少しネタに走りすぎた気がするかも?」
お次は新田さん。
グレーでニット系の生地のセーターは、背中が大胆にもぱっくりとわれて地肌がこんにちはしてる――これ俗に言う童貞を殺す○○ってヤツですよね。十分攻撃表示じゃありませんか?
「へーみんな似合ってんじゃん。けど、あたしだって負ける気はサラサラないから」
神崎さんが得意げな笑みを見せて試着室から現れた。
ヘソ出しのタンクトップにホットパンツでデニムジャケットを纏うその姿はもうザ・カリスマギャル神崎麗子と言っていいもので――
「なんやぁレイコ、いつもとそんな変わらんやん。勝負する気ある?」
面白くないとばかり木村さんが訝しげな視線を向ける。
「いやーあれこれ考えたけどさー、あたしの魅力を十二分に引き出すのはやっぱあたしに一番適したコーデ的な。つーかまず、山代に媚びるってのがむかつく」
「おいおい、言い出しっぺはレイコだった気がするんですけどー」
新田さんのブーイングの籠もった白い視線。
「そだそだ。これだといっくんとデートした時、レイコの主張が激しすぎて釣り合いがとれなくなるってか、浮いちゃうぞ」
「あはは、そんなありえないこと引き合いにだされてもねー」
確かにお題だった、僕に向けてのコーデって考えると、何考えてるんだって感じはする。
ただそれでも、自分を一切曲げない快活で自然体な神崎さんが、あくまでも自分という存在をとことん見せつける形で勝負してきたこの人が、僕には他の人より一つ飛び抜けて魅力的に映って――よかった。
この分だと正真正銘神崎さんの勝利って感じになりそう。
「で、あたしで最後だった感じ?」
「いんや。まだシホが残ってる。そういえばシホのやつ珍しく遅いなー。あれ、シホの靴だし、試着してるのは間違いなさそうだけど」
星野さんはそう言うと、根屋さんが入っていると思しき試着室を見つめた。
その直後、試着室からそろりと根屋さんが顔を出してきて、
「はぁ、みんなめっちゃ普通じゃん。もしかして私、騙された?」
神崎さん達のコーデを一瞥した根屋さんが、嘘でしょと言わんばかりに目を丸める。
「へ……? シホ、あんた今どんな格好してるの?」
「サユリえっと、それはね……」
木村さんに尋ねられた根屋さんが恥ずかしげに目をそらす。
「ま、まさかドエロい格好を……」
「ちょっ、マミ。そんなんじゃないし」
と、なおも根屋さんが試着室から出るのを躊躇っていると、
「もーシホってばかんにんして、見せてみなさいな」
悪戯な笑みを浮かべた神崎さんがざーっと試着室の幕を開けた。
「ちょ、レイコ――」
突然の事態にあたふたする根屋さん。
その格好はメルヘン感が漂う、妖精のように可憐なフリフリのワンピース。
そう、俗に言うロリータ系だ。
どうでもいいけどこの店、ほんと品揃えが凄いよね。
「ドエロい、じゃなくてドギツイの間違いだったか」
「マ、マミ、ちがっ――だ、だって、山代に媚びるってこういうことでしょう!」
顔を真っ赤にした根屋さんが破れかぶれといった感じで叫ぶ。
あの、僕に対する偏見、めちゃくちゃ酷くないですか……。
「あはははは、シホってばマジサイコー。これは努力賞はシホで確定だわ」
「何その賞。ちっとも嬉しくないんですけど」
馬鹿笑いする神崎さんに、根屋さんがふて腐れた顔で抗議の視線を送る。
ただ、似合ってないわけではなかった。
根屋さんの背が僕と同じくらいなこともあって、お人形さん的な可愛らしさを引き立ててるというか、ロリ系ファッションのシナジー効果がハンパない。
おまけに何だろう、この普段陰キャをこれでもかと見下している根屋さんが、陰キャ好みの格好をしているギャップというのが妙な背徳感が……。
こんなこと、絶対神崎さん達の前で口に出せないけど、この僕のために無理してくれてる感が、またドキドキを与えてくれると言いますか――
「か、かわいい……」
「「へ?」」
思わずポロリと漏れ出てしまった心の声に、目を丸くした神崎さん達が一斉に僕を見た。
「い。いやあの、これはですねー」
「なんだ山代、見る目あるじゃん」
急に調子を取り戻した根屋さんがばしんばしんと僕の背中を叩く。あの、結構痛いです。
「ちなみにこの中で私以外に山代からかわいいもらったやついる?」
ふふんと得意げに鼻を鳴らして神崎さん達に問う根屋さん。
「いないけど」
代表して木村さんが答えた。
「ふーん。じゃあもう私の勝ちってことか」
「それはシホが決めることじゃないでしょ。で、山代、あんた的にはどのコーデが一番そそったわけ?」
神崎さんがそう言うと、他の人達も結果を急かすようじっと僕を見つめた。
その中でも神崎さんは、「わかってるよね」と言わんばかりの人一倍圧の強い視線を飛ばしてきていて――
手に変な汗を覚え妙な緊張感に支配されながら、僕はおずおずと結果を口にしたのだった。
「え、えっと、今回僕が一番かわいいと思ったのは――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます