⑥星野さんの本心

「いやぁ。うち、実はさ、高校デビューなんだよねー」


 星野さんがドリンクバーから持ってきたオレンジジュースを片手に、あははと照れくさそうにはにかんだ。


 あの後、お互いの間にいつの間にか生まれていた壮絶な誤解を解いた僕達は、当初の提案通り近くのファミレスに入った。

 あ、それと僕の名前が山代育真であることもしっかり覚えてもらいました。


「中学の頃はアニメと漫画が大好きでコスプレが趣味のザ・オタク女子って感じだったんだけどさ。ただー中学の時それが原因でうち周りから結構浮いてて。そんで高校は仲のいい友達と賑やかで楽しい青春を送りたい! と誓ってオタク趣味封印して、おしゃれとか流行とかめっちゃ勉強してさ。んで、レイコ達と出会って、そりゃもうバリバリの陽キャで楽しくやってたんだけど。こないだふと夜中に暇つぶしでテレビつけたらアニメやっててね。それがもうどちゃくそ面白くて――そんでまぁ、すっかりぶり返しちゃった的な」


 じゃーんとファミレスに来る前にアニメイドで購入した袋から漫画を一つ取り出して、とびっきりの笑顔を見せる星野さん。本来の目的はこれを買うことだったらしいんだけど、その前に神崎さんとの遊びを断って揺らぐ自分のテンションを爆上げしたいとコスプレショップに足を運んだそうな。


「な、なるほど」


 自分の心に嘘はつけなかったと。


「ただ、今の陽キャとしての自分というか、レイコ達との関係もすっごい気にいっててさ。欲張りかもしれないけど、出来れば上手いこと両立出来ないかなとか考えてたり。でもレイコってこういう方面大っ嫌いだから、もし真実を打ち明けて嫌われたり、距離を置かれたりしたらどうしようって……」


 星野さんが虚ろな目でグラスを見つめる。


「ってなわけで、そんな感じに今日は一日中ずっと上の空でさー。このままカラオケついってちゃっても白けるだろうし。それで用事があると言って逃げるようにこっちに来ちゃった」


 負の空気を払拭するよう星野さんがてへっと小さく舌を出し、おとぼけるように苦笑する。

 ふむふむ、だから昼休みの星野さんはあんな心ここにあらずだったのか。


「レイコはさー。友達である以上に、うちの憧れみたいなところもあるんだよね。芯があって、どんな相手にも怯むことなくズバッと自分の言いたいこと言えて、やるぞと決めたらぱぱーっと実行しちゃう行動力もほんとぱないし。自分があって、いつも自信に満ちあふれてるこう理想の女性像的な。実はうち、入学早々変なやつに絡まれちゃってね。あぁ、このままデビュー失敗で灰色の人生なまま終わるのか――ってなってたところをレイコに助けられて。んで、そっからずっと友達としてこんなうちを受け入れてくれて――」


 まるで推しのアイドルを紹介するように、きらきらと目を輝かせて楽しそうに語る星野さん。


「レイコってば見た目の怖いオーラで女王様タイプだと誤解されがちだけど、ああみえてすっごい仲間思いでさ。うちに初めて彼氏が出来た時もめちゃくちゃ相談に乗ってくれて――ま、自分の意見は何が何でも押し通すってタイプで、絶対に自分を曲げようとしない意地っ張りな部分もあるし、女王様気質であるのも否定出来ないんだけど」


 そんな彼女を前に、僕は確信する。


 こんなにも神崎さんが大好きな星野さんが、裏アカの主であるはずがないって。

 少なくとも嘘を隠し通せるタイプではないとそう思ったんだ。


「あぁ、ごめんね。うちばっか喋っちゃってて」

「いえいえ、全然」

「そだ。山代、うちに何かえっちなこと以外でして欲しいことがあるって話だったよね」

「あの、その言い方なんとかなりません? 何か普段の僕がそっちにしか興味ないように捉えられそうな」

「まーまー細かいことは気にしなさんなって。んで、どういった用件で?」

「え。えーっと――」


 僕は件の裏アカを見せながら、神崎さんの悩みについて説明した。


 別に絶対に誰にも言うなと釘を刺されてはいないとはいえ、勝手に秘密を打ち明けるのをちょっと悪い気はしたけど、神崎さん自身が早期解決を望んでるのも確かだから、こうするのが一番最良の選択だと僕はそう思ったんだ。

 それに神崎さんだって、友達を疑わなければいけないこの状況に頭を痛めていたみたいだし、一人でも完全な白で味方がいるってわかれば、きっと少しは気が楽になるはず。


 ……後、これは僕の希望的観測も入ってるけど、星野さんと神崎さんの仲がより強固なものになれば、星野さんがどれだけ神崎さんを大事に思ってるかが伝われば、神崎さんだって星野さんの趣味に寛容に、理解を示してくれるようになるかもしれないし。


「な、なにこれ……」


 僕のスマホを手にした星野さんが裏アカの内容を目に、信じられないとばかり目を丸めて、


「うちらのイツメンの中に、ガチでこんなふざけたことしてるやつがいるっての。ありえないんだけど」


 ギリッと歯ぎしりを立て、怒りの程を露わにする。僕のスマホが握り潰されそうでちょっと心配だった。


「ま、まぁ。今ある手掛かりだけで考えると、その可能性が限りなく高いなと。それで星野さんから見て、何か最近気になったこととかあったりしませんか? ほんの些細なことでも構いませんので」

「……わかんない」


 星野さんは数秒の沈黙の後、辛そうに言葉を紡いだ。


「ごめん。正確には、わかりたくない――かも。あの中に、レイコを憎んでいるやつがいるかどうかなんて」


 悲痛に満ちた視線を明後日の方向へと向ける。

 それはこの前、神崎さんが見せた友人を白黒天秤にかけるのに抵抗があるとばかりの、寂しげで億劫な表情と似たようなもので。


「ご、ごめんなさい。なんかデリカシーのないこと聞いちゃって」


 そこでようやく配慮にかけていたことに気付いた僕は、慌てて頭を下げた。

 どうも僕はぼっち歴が長い分、最善だけを意識しすぎて思いやり方面への配慮、その人がどう感じるかまで頭が回ってないみたいだ。反省しないと。


「あー気にしないで、うちは大丈夫だから。それより、レイコの力になれない方が百倍やだし。あ、そだ。もし何か気になること思い出したりとか、みんなと一緒にいて何か違和感あったりとかしたら報告するから、連絡先交換してくれる?」

「あ、はい。わかりました」


 星野さんに先導されるがまま、ライムの交換を行う。

 僕のスマホに女の子の連絡先が二人。しかもどっちも美人のギャルとか――何か遠いところに来てしまったような感覚。

 神崎さんの時もそうだったけど、こんなあっさり連絡先の交換を切り出せるのがすごいよね。僕なんか、嫌な顔されたら心折れるとかすぐ負のスパイラルに陥って、地団駄ふんじゃうからほんと尊敬しかない。


「あ、念のためですが、くれぐれもこのことはご内密に」

「わかってるって。いーやでも何か悔しいなー」

「へ? 悔しい?」

「だってレイコはこの問題を解決するのに、友達であるうちらにの誰かに相談することなく、偶然席が隣になっただけの山代を選んだってわけでしょ。ちょっと、妬けるよね」

「そ、それはその、犯人が身内の誰かなのか確定しているような分、グループ内で疑心暗鬼が起こって欲しくなかったとか、色々葛藤があったからこそ、誰とも通じることのないぼっちの僕が選ばれたといいますか」


 というか僕って相談相手という立派なものではなく、体のいい小間使いとして選ばれた感が大きい気がしますし……。


「うん、だいたいは理解出来るよ。他の友達に相談しようにも、女子のコミュニティって複雑で厄介で一筋縄じゃいかないし、最も仲のいい面子でこんなことが起きてるんだもん、そりゃレイコが警戒するのもわかるから。けどさ、それでもやっぱうちを個人的に頼ってくれたら嬉しかったなぁって」

「星野さん……」

「ま、自分だって隠し事してるくせに何様って感じだけど」


 遠い目をした星野さんがあははと乾いた笑いを浮かべる。


「やっぱレイコにはそこんとこ見抜かれてたってことなのかなぁ……。あの面子で誰がどんだけレイコを嫌って陰口たたいていようと、うちだけはずーっとレイコの味方でいるからって伝えれたらいいのに。ま、もし伝えられたところで、うち自身に後ろめたいことがある以上、信じてもらえないよね。どの口が言ってんだレベルだし、レイコ、そういうのマジ察しいいから。絶対見透かされそう」

「星野さん……」

「ねぇ山代、やっぱりさ、うちの趣味、レイコにバレたら終わりだよね?」

「あの、僕はそうはならないと思いますよ」

「へ?」

「確かに神崎さんはオタク趣味を偏見で軽蔑してる節があると思います。けど、星野さんがオタクだったからといって、星野真美ほしの・まみそのものを嫌いになるかって言ったら、それはまた別の話だと思うんです。それとも、二人がこの一年間で積み上げてきた友情は、趣味の不一致ってだけで一瞬の内に霧散してしまうような、そんな程度の代物だって言うんですか」

「山代……お前、いいやつだな」


 呆気に取られていた星野さんが、くすりと笑った。


「わかった。ちょっと頑張ってみようかな」

「はい。その意気ですよ」


 確かに秘密を打ち明けた直後は、一悶着あるからもしれない。

 それでも神崎さんが星野さんを趣味がキモイから見限るだとか、そんな極端なことはありえないと思う。

 だってこの二人は趣味趣向こそ合わないかもしれないものの、これまで友達としてやってきたのが納得出来るくらい、互いに共通する要素があったのだから。


 それは友達を疑いたくないって優しい一面と、神崎グループの存在を大切に思っていること。

 感性が似たもの同士の神崎さんと星野さんならきっとずっと友達でいられると思う。


 まだ二人と話すようになったばかりな僕だけど、そんな気がしたんだ。

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