⑤星野さんの秘密
放課後。
僕は神崎さん達と別れて一人行動する星野さんの後をこっそりと追っていった。
背景キャラとしての真価の発揮どころとでもいうべきか、星野さんへの尾行は特段彼女に怪しまれることなく、学校の最寄り駅から電車に、電車から駅へと至って順調に進んでいった。
ま、普通に下校中の生徒が多いから、余程挙動が不審でないと誰も怪訝に思わないってところなんだろうけど。
そうして辿り付いたのは――
「へ、本当にここへ星野さんが……?」
なんと、予想外にもアニメやカードショップなどサブカルチャーの専門店が集合したテナントビルだった。
躊躇なく颯爽と入っていった星野さんを目に、僕は衝撃のあまりビルの入り口で唖然となる。
陽キャギャルでこういう世界とは無縁そうな星野さんが、ここに一体何の用で……。
怖い物見たさの好奇心と、触れてはいけないものに触れるような恐怖心をない交ぜにしながら、僕はビルに入った。
アニメショップのアニメイドには僕自身も何度か漫画やラノベを買いに足を運んだことがあるから、勝手知ったる場所として特に戸惑うことなくテナントからテナントに出入りして星野さんを探していく。
ここなら万が一星野さんに見つかったところで、僕が偶然を主張しても全然違和感ないのが地味にラッキーだ。
僕が居ても何らおかしくない場所ということで、見つかって怪しまれるリスクが減った分、少し大胆に行動出来るようになったわけだし。
にしても、星野さんは一体何処に――
アニメイドにカードショップ、上の階にあがってプラモショップと見回ったけどそこに星野さんの姿は見当たらなかった。
残すは前方に見えるコスプレショップと、それからもう一階上がった先にある未成年お断りなアダルトなエリアだけど……さ、流石にないよね。
実は美少女ゲームが大好きだとかいうまさかのラノベみたいな展開。
それとコスプレショップって利用客が女性中心なのもあって、妙な行きづらさがあるんだよね。女性向けの洋服店に入るのと感覚がそんな変わらないと言いますか……。
小心者の僕は迷った結果、店の前を歩行者を装って通過ながらちらりと見回すことにした。
うーん、ぱっと見た感じだけど、僕の高校の制服らしき人はいない。となると、やっぱり行くしかないのかな上のエリアに……。
と、立ち止まって覚悟を決められず悩んでいたその時、
「キャメロンビーム。ビビビビビー」
聞き覚えのある声がして反射的に振り返った。
と、そこには――
試着室から出てきたばかりと思しき、露出度高めな魔法少女っぽい格好をした星野さんが、ステッキを片手に、ご機嫌な様子でポーズを取っていて――
なんだあれぇええええええ!?
愕然とする僕に気付くことなく、なおも楽しそうに角度や仕草を変えて思い思いのポーズをとり続ける星野さん。
ギャルの星野さんが実はコスプレ趣味だったとか、どんなフィクションの世界ですかぁああ!
おまけにあれって今やってる深夜アニメの、それも原作がエロゲの結構コアなやつだよね。毎回放送倫理と言う名の地雷原の上でタップダンスでも踊ってんのかってくらい、限界を責め続けていることで定評のある……。え、星野さんもあれ見てるってこと――!?
と、思考が追いつかずに戸惑っていると、不意にスマホが鳴った。神崎さんからのメッセだ。
『モヤモヤが収まんなくて気乗りしないからやっぱカラオケなしにして、解散したんだけど。あんた今何してる?』
こ、これは……。
要約すると、気になりすぎて何も手に付かないから、恐らく夜する予定だった電話を早めたいってことであってるよね。
ただ、今はとてもじゃないけど神崎さんと電話出来る状況ではないし、かといって正直に『星野さんの様子が気になって尾行してたら、結構際どいアニメのコスプレしてて驚いてます』なんて口が裂けても言えるわけがなかった。
けど、嘘で悩んでいる神崎さんに僕までもが嘘をついて誤魔化すのは何か間違ってる気がする。よし。
『アニメイドに来ています』
うん、これなら嘘は言ってないし、僕自身の行動としても、何ら違和感ないはず。
一仕事を終え、ふぅと息つく僕。
と、そんな僕に視線が飛んでいることに気付いて――いつのまにか星野さんが僕を見ていたのだった。
「え?」
僕と星野さんの視線が重なって唖然となる。
「あ、あんた、確か、うちと同じクラスの……」
星野さんがこの世の終わりみたいな驚愕した表情でわなわなと手を震わせながら、ステッキで僕の顔を指す。
「え、えっと……ごめん。名前何だっけ?」
で、ですよねー。
「あの、山代です」
「そう、それ。山田って確かこの前の席替えでレイコの隣になった人だよね」
「あの、山代です」
「それでさ、山本に折り入ってお願いがあるんだけどさー、このこと学校のみんなには――レイコ達には内緒ってことでお願いできないかなぁ」
「あの、山代です」
「ね、お願い。このとーりだから。あ、そうそう、山崎がこのこと黙っていてくれるなら、お礼にうち、何でもするから。ねっ」
「あの、だから僕の名前は山代で――って、へ? 今、もしかして、何でもするっていいましたか?」
「うっ。しまったぁああ。うちってば焦るあまりなんてことぉおお。でもでも、これはうちの不注意が招いた失態だし、今まで通りの平穏を守るためにはこれくらい覚悟しなきゃだよね」
オーバーな身振り手振りで何やら葛藤する星野さん。
ここに来てやっと神崎さんから説明されたテンションの高いムードメーカーキャラというのが理解出来てきた気がする。
にしてもこの状況、星野さんの弱点に付け込むようでちょこっと悪いけど、上手く利用すれば裏アカ探しが一気に進展出来そうな状況ではあるよね。よし。
「星野さん、ちょっといいですか?」
「な、なに」
「今の状況を整理するに、星野さんは神崎さん達に自分のコスプレ趣味をバラされたくないってことであってますよね」
「そう、だけど。だってレイコ、こういうオタクっぽい趣味大嫌いじゃん。バレたら絶対軽蔑されるし、きっと友達でいられなくなっちゃう……」
そうなった時のことを想像したのか、星野さんが悲痛に滲んだ顔を俯ける。
神崎さんがこういった趣味を軽蔑しているのは僕も以前教室で語っていたのを耳にしているから、神崎さんは典型的なザ・オタクに厳しいギャルってタイプなのには違いない。それも、星野さんがこんなに危惧してるってことは、相当なのだろう。
にしても、やっぱり僕の思ったとおりだ。
こんなに神崎さんとの仲が悪くなるのを恐れている星野さんが、例の裏アカの主だなんてとてもじゃないが考えられないよね。
「わかりました。そういうことなら、この件は僕と星野さんの二人だけの秘密ってことで。安心してください、誰にも口外したりしませんよ」
「ほんと!」
「その変わり、さっきの何でもするって話はもちろん呑んでもらいますけど」
「うっ……わかったよ。お、女に二言はないし。どんとこいだし」
「では、星野さんには、一肌脱いでもらいたいのですが、よろしいでしょうか」
星野さんには正直に裏アカの件について説明して、密かに他の三人の行動に不審な部分が見られないか見張ってもらおうと思う。
ちょっと大変かもだけど、友達のためならこれくらい、引き受けてくれるよね。
「ひ、一肌、脱ぐ……。あぁ、いくら人畜無害そうな山根といえど立派な思春期男子。やっぱ何でもするってなるとそうなっちゃうねぇ。さよなら、うちの少女時代。……わかった。その変わり約束は絶対だからね」
「もちろんです」
「で、どこでするの。先に言っとくけど、うちの家は親がいるから無理だし。お店でするならそこはあんたがちゃんと負担してよね」
場所かぁ。
確かに、こんなとこで試着したままずっと立ち話ってわけにはいかないよね。お店にも迷惑だし。それにいくら神崎グループの話とはいえ、僕が時間を取らせる以上奢るのは筋だろう。
「わかりました。それではすぐ傍のファミレスでしますか」
「えぇっ、ファミレスでヤるわけ!?」
「はい。あれ、もしかしてなんか不味かったりします?」
「当たり前じゃん! 大勢の人の前でとか無理に決まってるじゃん。通報されたらどうするわけよ。レイコに嫌われるどころのレベルじゃなくなるよね」
少し頬を赤らめた星野さんが常識を疑うとばかり恨みがましい視線で叫んだ。
そっか。確かに僕みたいな陰キャぼっちとファミレスで二人きりなんて、もし知り合いに見られたらどんな噂が立つかわからないしね。悲しいけど、星野さんがこんなにも焦るのは理解出来る。それでも、通報はあんまりじゃないですか……。
「だいたい、うちは付き合った経験はあっても、エッチなことは初めてなんだから、ギャルに何期待してるのかしんないけど、そんなギリギリを責めた露出プレイとか、ハードルが高すぎるし!」
「へ、何ですか露出プレイって?」
「えっ!?」
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