②神崎麗子の悩み

「へ、陰口を叩いてるやつを探してる……ですか?」

「そ。そのムカつくやつの正体を暴くのにちょっちあんたの手を貸して欲しいってわけ」


 放課後の教室。僕達以外誰もいなくなったのを見計らうと、神崎さんは昼休みの行動の経緯を説明してくれた。

 彼女の話を簡潔に要約すると、あの仲良しグループの中にいた誰かが楽しくお喋りしている裏側で実は神崎さんのことをよく思っておらず、裏で神崎さんの陰口を叩いているとのことらしい。


「実はさー。最近、ツブヤッターであたしの悪口を延々と書いてるやつがいてさー」


 そう切り出した神崎さんは不機嫌そうに唇を曲げてスマホを取り出すと、手早く捜査して問題となった画面を僕に見せてきた。


 いわゆる裏アカってやつだろう。

 そのツブヤッターのプロフィール自体は、プケモンをアイコンマークにした至って変哲もないものだったのだが、その書き込み内容と言ったらまぁ目を背けたくなるくらい酷かった。


『神崎麗子は常に男をとっかえひっかえしている性悪真生ビッチ』

『こいつのタチの悪いところは気に入った男なら他人のモノでも構うことなく手をだすとこ。彼氏を寝取られたって被害者の声多数』

『ほんと、ちょっと容姿がいいからって調子にのってマジむかつく。何で顔のいいやつって大抵は反比例するくらいに性格腐ってんだろ』

『というかあれだけ誰かれ構わずヤってたら性病の一つや二つは持ってそう。もしそうだったらマジウケる。ざまぁないわ。それか妊娠発覚して退学――とかでもいいんだけど。中卒の子持ちとか、もう人生積みでしょw』


 アカ主が書いたと思われる品性を疑うような恨みの籠もった暴言の数々。


「こ、これは……」


 どれだけ神崎さんが嫌いなのか一目瞭然な怨嗟のラッシュに、僕は寒気を覚えて空いた口がふさがらなくなった。


「ね。こんなこと裏でやられて腹を立てるなって方が無理でしょ。それも、表では平気な顔であたしのとこ来て会話混ざってるとか、ほんと一周回って惚れ惚れするくらいいい性格してるつーか、どっちが性格腐ってるって感じ。マジありえない」

「ですね……」

「これのタチ悪いとこって、わざわざ鍵かけないで見えるようにやってるとこなんだよね。最悪あたしにバレれたところで、誰だかまでは特定出来ないだろうって悠長に構えているところがまたムカつくつーか。寧ろあたしに見つかるギリギリのラインをせめて楽しんでるようにも見えるつーか、喧嘩売られてる感がぱない」


 神崎さんは眦をつり上げ、語気を荒げた口調で溜まっていた鬱憤をこれでもかと吐き出す。


 僕は怖ず怖ずと挙手した。


「あの、素朴な疑問なんですが……何で犯人は昼休みいた人の中にいるって、断言出来るんですか。こんなの誰にでも出来ちゃって特定が難しいからこそ、このアカウント主は本人に見られるリスクを背負いながらもこんなにやりたい放題してるわけで――きょ、極端な話、僕が犯人だったとしても何もおかしくはありませんよね」

「あーそれ。それはここを見れば一目瞭然」


 電撃でも帯びてそうなピリッとしたオーラを纏うギャルの圧に若干畏縮しながら僕がそう尋ねると、神崎さんは再びスマホを見せてきた。


『イブ娘とか選曲センスのなさ以前に古すぎて腹よじれるw お前一体何時代の人間だよ。中身年増すぎてワロタ』


「これさ、ちょっと前に今日昼休みいた面子でカラオケ言った時の書き込みなんだけど、このツイートの日時ってあたしがその曲歌った直後なんだよね。で、タイミング的に考えても、残念なことにあの中にいるのが最有力ってわけ」

「な、なるほど」


 ようするにこの犯人は和気藹々と神崎さんとカラオケに興じる傍らで、裏では憎しみに身を任せるがまま暴言を吐きまくってたってことになるのか。それも、こんなバレてもおかしくない至近距離で。

 何だろう、女子って怖い……。


「つーわけで知ったからには見過ごすのはあたしのプライドが許さないつーか、それにやられっぱなしはあたしの性分ではないし。きっちり落とし前つけさせたいってわけ。ただ向こうも一枚岩じゃなさそうなのが面倒でさ」


 肩をすくめた神崎さんが、頬杖をついてため息を吐く。


「仮にあたしがいきなりこの話題をあの面子の前でしても、相手は本人を前にして堂々とスマホで悪口書くようなタマ。涼しい顔で軽くすっとぼけられて逃げられるのが目に見えてるし。最悪一度アカウント消されて別アカで復活――となると、いよいよ見当つけられなくなっちゃうから、ここはまだこのアカウントに気付いていないフリしてこのまま泳がせて、水面下で目星つけて証拠が固まり逃げられなくなったところで一気にぶっつぶすってわけ」


 犯人への怒りを詰め込むよう、神崎さんはくしゃっと拳を握って思いの丈を露わに得意げな顔を見せる。


「で、敵の裏を掻くって意味も兼ねて、あんたに協力をして欲しいってわけ。ま、ぶっちゃけると、あんたくらいしか頼れるあてがないってのもあるんだけど」


 参ったとばかりに息を吐いて神崎さんが肩をすくめる。


 こういう時、「君が一番適任」「君以上に頼れる人は存在しない」だとかお世辞でも褒めておけば僕みたいな対人免疫の薄いぼっちはころっとほだされるというのに。こういう裏表のないところは、神崎さんのよさなのだろう。


「あの、どうして頼れるあてが僕だけなんですか? 席が隣で適任――ってのは理解できるんですが、神崎さんの顔の広さならいくらでも他にアテがありそうな気がするのですが。わざわざ今まで全く話たことのない相手に秘密を話すリスクを犯さずとも、僕なんかより断然信頼における相手がいくらでも――」


 それは当然の疑問。が、神崎さんは何だそんなことかとばかりに失笑して、


「逆よ逆。ぼっちのあんたには理解できなきかもだけど、女子のこういうのってほんと陰湿で狡猾でさ。仲のいいと思ってた女の子が別グループだと自分への陰口叩きまくり――とか、ざらだし、誰が誰と繋がってるかわかったもんじゃないから、少しでも交流あるやつには打ち明けたくないの。あたし自分で言うのも何だけどこんな性格だし。万人に好かれてるってほど自惚れてはないからさ。だからあんたみたいに、見てる感じ誰とも、少なくとも教室内に繋がりがなさそうな人が一番安心して頼めるってわけ」

「な、なるほど……。仮に話したくなってもそもそも話す先がいない僕なら、広まる可能性を始めから考慮せずにすむと」


 ぼっちの僕には全く思いもよらない理由だった。


「で、どう、協力してくれる?」


 神崎さんが僕の目をじっと見て再び問う。


 どうしよう……。


 神崎さんの悩みごとが僕なんかの手助けで解消出来るのなら、一肌脱いでもいい気はする。

 打算的な考え方になるかもだけど、このクラスで生活する以上、クラスのボス的存在の神崎さんに恩を売って悪いことはないだろうし。

 何より、この件が片付けば神崎さんは僕の机に座る理由がなくなるってのがデカい。

 にしても、自分の平穏を守るためなら他人を巻き込むのもいとわないってこの行動力はある意味尊敬すべきことだろう。僕には到底真似出来ないけど。


 よし、決めた。


「わかりました。僕に出来る範囲でなら協力します」

「そ。ありがと。話が早くて助かる。ま、ことが終わった後に軽くお礼くらいは――」

「ただ、その前に一つ、お聞きしたいのですが?」

「……何?」


 僕が彼女の言葉を遮ってそう問うと、返って来たのは苛立ちが籠もったような低い声だった。

 僕はその声に若干気圧されながらも、好奇心までは殺せないと恐る恐る尋ねる。


「この書き込み内容って、どこまでが真実なんですか?」


 もしこの内容が紛れもない真実で、犯人が彼氏を寝取られた被害者の一人だとすれば、悪いけど自分の軽率な行動が招いた自業自得だと思う。そうなると話は変わってくるし、正直痴話喧嘩に巻き込まれるのはさらさらごめんだからね。


「…………」


 すると、神崎さんは顎に手を当て何やら考え込むような素振りを見せると、


「どこまでが本当だと思う?」


 にまーっと楽しげに笑って、何故か試すように逆に尋ねて来た。


「へ、どこまで……ですか? え、えーっと……」


 思いもよらない意趣返しをくらってたじろぐ僕を前に、神崎さんは愉快とばかりからからと笑うと、最後にニッと勝ち気に微笑んだ。


「ま、答えはその内教えてやるよ」


 そうはぐらかされた僕は、頼まれると断りづらい優柔不断性格も相俟って、結局流れのまま神崎さんを誹謗中傷する裏アカウント特定を手伝うことになったのだった。

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