1章 出会い(好感度0%)

①クラスの女ボスと席が隣同士になった

生活に支障の出ない最低限の人間関係だけを保ち、波風立てずに穏やかに生きること。


 これが僕、山代育真やましろ・いくまの信条だった。


 こう語るとラノベなんかでよく見がちなやれやれ系主人公みたく、実は凄い能力を持ってるけど目立つとろくなことにならないから――的な格好いい風にうつるかもだけど、悲しくも全然そうじゃないのが現実である。


 頭脳明晰でその気になれば全国模試一位――なんてことはなく。

 運動神経抜群でどんなスポーツもお手のものってわけでもなく。

 かといって一つの分野に卓越した天賦の才を持って生まれてきたわけでもないザ・普通人間。


 一応、こんな僕でも特技と呼べるものはあるにはあるんだけど――生まれてこのかたこの才能のせいで特したと思ったことが全くないので省略する。

 だって、僕的にこの特技で培ったのは、寧ろ負の側面の方が強いし……。


 そんな僕が人との関わりを極力避けようとしているのは、僕が持つ呪いと言っても過言ではない、とある特殊な体質にあった。


 感情が高ぶると自分じゃ制御できなくなって、本能の赴くがままに行動してしまい、おまけに酷い興奮状態に陥っているせいか、気がつくとその時の記憶をすっかり無くしてしまう。


 命名:オーバーヒート。


 これが僕が昔から、そしてこれからも死ぬまでずっと向き合わなければいけない特殊な体質だった。


 このふざけた体質のせいでまぁこれまで思い出したくない苦い経験を山程積んできた僕は、一度人生をリスタートさせたいと、高校進学を気に今までの自分を知る人から逃げるよう遠くの学校に入学すると共に、親戚が大家を務めるアパートで一人暮らしを始めるなど、極力人間関係を避けてひっそりと暮らすことを決意したのである。


 そうして入学から一年、僕はこの信条の下ぼっちキャラとして極力人と関わることなくひっそりと学校生活を過ごしてきた。

 僕が別にお一人様でいることを苦にならないタイプだったのは不幸中の幸いだっただろう。

 たまにクラスラインで授業変更等の大事なお知らせが出回っているけど全く知らなかった――的なケース以外は、たぶん特に不自由なく過ごせていると思う。


 だが、世の中そんなずっと上手くいくことなど存在しないって、僕はあの日、ひしひしと痛感することになった。


 そう、先生の気まぐれで席替えが行われたあの日。

 くじ引きで選んだ僕の席が、よりにもよってクラスの女ボス的ポジションにいる黒ギャル、神崎麗子かんざき・れいこさんの隣になったその次の日に。


「――でさー、あたし的には趣味がゲームとかアニメだけみたいな男と付き合うとか、いくらイケメンでも絶対にありえないって話なんだけど。みんなもやっぱそう思うよねー」


 昼休みの教室。


 僕の前方から賛同を促すような自信に満ちあふれた声が飛んだ。


 背中まで伸びた煌びやかな金髪に小麦色の肌。

 気の強そうな切れ長の瞳を筆頭にその恵まれた顔立ちもさることながら、モデル並にスラッと伸びた背は、悲しいことに男子である僕よりも高い。

 ピアスや制服を着崩したり、スカートを短くしたりと室内の女の子から突出して垢抜けたオーラーを纏う、誰が見ても一目でこのクラスの顔だとわかる女性。


 それが神崎麗子さん。


 そんな彼女は現在、窓側の列の一番奥にある自分の席――ではなく。

 何故かその隣の僕の席を椅子代わりに使用していた。


 変わりに神崎さんの席には他クラスの女性徒が座っていて、クラスの一軍女子達がその席をぐるっと囲む形で集って楽しく談笑している。

 そこにぽつんと僕と――もう第三者視点からしたらものすごく見るに忍びないだろう構図が出来上がっていた。

 

 一応、神崎さんからは机に座る時「ここ使わせてもらうわー」と最低限の断りをあったものの、急に声をかけられ困惑して「あ、あ」と、国民的アニメ映画の顔の無いヤツみたいになった僕の返事をまたずして勝手に腰を下ろしてしまった。


 そりゃ僕の昼休みの過ごし方といえばスマホで漫画やネット小説を漁ったり、ソシャゲやSNSやまとめサイトを見ているだけで、目の前に誰か座っていようがその行動そのものには差し支えないのかもしれないけど――迷惑や不快に感じるかどうかはまた別の話ですよね神崎さん!


 ――などと、ズバッと言える気概を小心者の僕が持ち合わせているわけもなく、「あはは」と顔の引きずった乾いた笑いを浮かべて状況を受け入れるしかなかった。


 そうしてなすがままを受け入れた先に訪れたのは、控えめにいって地獄だった。


 女性に対する免疫の薄い僕からすれば、神崎さんみたいな進んでそうな女性が目の前にドンと居られるだけでそりゃもう気が休まらない。

 しかも神崎さんが笑ったりして体を揺らす度、香水でもつけているのか甘くていい匂いが鼻腔を刺激してきて胸が変にドキドキするせいで、さっきから画面の内容が全く頭に入ってこないし。

 おまけに教室にいる他のクラスメイトからも奇異の視線がちらほらとやって来て心臓が縮こまる思いで――もう、ダレカ、タスケテ。


 教室から出るという選択肢を考えはしたけれど、避難先にあてがなく途方にくれそうな自分が安易に想像出来たというか……そうして暇を潰せず戻ってきた時に席が奪われていそうなのが純粋に怖かった。


 これから度々こういうことが続くのだろうか……。

 そう思うと、憂鬱やら億劫やらで胃の辺りがぐっと重くなった。


 けどまだギリ、ほんとスレスレだけど僕の行動そのものには支障は来さない間接的な影響だから、環境に順応してしまえばその内何とも思わなくなるに違いない。

 ほら、アパートの隣がカラオケスナックで夜中めっちゃうるさいけど、その分駅近で1LDKなのに家賃三万で割り切って馴染めば超優良物件的な。まぁ、今回はそのデメリットに見合うメリットが何処にも存在しないわけですけど。とほほ。


 そう胸中で肩を落として途方に暮れていた直後のこと。


「――で、さっきのあたしの意見に対するあいつらの反応、あんた的にはどう思う?」


 それは昼休み終了の予鈴がなり、皆が自分の席へと戻っていく頃。

 いつの間にか一人になり自分の席に戻った神崎さんが唐突に話しかけてきた。


「へ……? あ……え、えっと……僕……が、ですか?」


 最初は他の誰かに話しかけてるんだとそう思った。

 けど、神崎さんの圧の滲む鋭い視線が僕に向いてることに気付き、とりあえず確認にと自分の顔に指を指し、恐る恐る様子を窺う。


 すると、飛んできたのは苛立ちの籠もった手厳しい視線で、


「とぼけんなし。どうせ聞いてたんでしょ? つーかあの距離で何も聞いてないってしらを切る方が逆に無理あるっしょ」


 いやいや、ほんとに全然聞いてないんですけど!?


「こういう時って、あんたみたいな根暗なぼっちは聞き耳立てて『リア充ざまぁ』とか心の中で嘲笑してたりするんでしょ。前に漫画で読んだし」

「あの、凄い偏見が……」


 というか、そんな陰の者が主人公やってるような、ギャルの肌には発疹覚えるレベルで合いそうにない僕ら向けの漫画を読んだりするんだ神崎さん。どっちかっていうと、その手の作品の敵側で登場して「ざまぁ」されてそうなタイプなのに、面白さとか共感のへったくれもなさそうだけど。


「まーそんなどうでもいいことは置いとくとして、先生来るまであんま時間ないしさ、ぱぱっと聞いてしまいたいんだけど。あ、別に盗み聞きを怒ってるとかそんなんじゃなくて、単純に知りたいだけなの。あたしと喋っていた子達の中にさ、様子が変なやつがいなかったか。ぶっちゃけ、あたしに不快感とか敵意とか持っていそうなやつ」

「へ……いや、その――」


 急にそんなこと尋ねられてもわかるわけがなく、僕はただただしどろもどろするなくて。

 またも顔の無い人になってあたふたする僕を前に、神崎さんは失望したとばかりにため息を吐いて肩をすくめると、背もたれに体を預けて宙を見上げた。


「はぁ……。ま、いいや。もともとすぐ使えたら儲けもん程度にしか思ってなかったし。気長にいくしかないか。とりま今日、放課後作戦会議な。そのまま教室残ってて」

「へ……は、はい」


 しまった。流れのままよくわからずに返事してしまったぞ。

 神崎さんの眦が上がった女王様ばりな視線が威圧するようにこっちを見てるもんだからつい……。


 というか、そもそも作戦会議って何!?


 なんて疑問を訴える視線を飛ばすも、神崎さんは全く受け取ってくれる様子はなく、会話終了とばかりに五限目の準備を始めにかかった。


 ここに来て、これまで僕が保ってきた平穏が終わろうとしている。

 気怠げに机から教科書を取り出す神崎さんを横目に、本能的にそう悟ったのだった。


 そしてそれは何も間違っていなかったことに、すぐ気付くことになる。

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