プロローグⅡ:麗子side
最初はひょろくて頼りなさそうなもやしって印象以外何もなかったと思う。
ぶっちゃけ、席が隣になってようやく山代育真という同級生の存在を認識したってところまであるし。
当然、異性としての意識なんて最初からちゃんちゃら対象外。
道先で目に入ったコンビニみたく、ただあたしが抱えている悩みを解消するのに都合がよかったから利用することにした。
それだけで――それ以外にあいつとの間には何も起こるわけないと、そう思っていたのに――
それは山代にある協力のお願いをしてから次の日のこと。
「神崎さん、今の態度はちょっとあんまりなんじゃないですか」
「はぁ?」
「このままじゃとんでもない誤解をされても仕方ないと言いますか、最悪後悔しても取り返しのつかない事態に発展したとしても、文句は言えないと思いますよ」
「な、なにさ、あたしが悪いって言いたいわけ」
「そうです。はっきし言って、今のは完全に神崎さんが悪いです!」
山代の凜として実直な眼差しがあたしを射貫いた。
「とにかく、乗りかかった身として最大限フォローはしますから。ちゃんと謝る言葉、考えておいてくださいよね」
そう言うやいなや、山代はその場から去って行く。
何アイツ……。
あたしに意見してくるような肝の据わった男子なんて、あのクラスにはいないと思ってたのに。
それもあたしに頭を下げろとか――
つーかさっきのあれ、絶対にあたしは悪くないし。
……マジむかつく。
――五日後。
「何で追ってきたわけ。あんま余計な真似すんなって散々忠告したつーか、こっからはあたしの問題だから、自分でしっかりケジメつけるって言ったじゃん!」
「そんなの神崎さんが心配だからに決まってるじゃないですか! それに僕がこうして駆けつけなければ、神崎さん絶対に危なかったですよね。それなのに僕に追ってきて欲しくなかったって、本当に言い切れますか?」
「うっ、それは……」
山代の真剣な表情を前に、あたしは何も言い返せずに喉が固まる。
現に山代が助けに来てくれなければ、悔しいけど彼が言うとおり今頃あたしはどうなっていたかわからないから……。
「神崎さんのその自分を真っ直ぐに出せるところは、長所でもあれば短所にもなるって注意しましたよね。本当は友達思いで優しい性格の持ち主なのに、女王様的イメージが強すぎて誤解されやすいってことも。僕に首をつっこむなと目くじら立てていた本当の理由が、僕まで標的になって危険な目に遭うの避けるためってこと、僕はちゃんとわかっているんですから」
「…………」
「前にも言いましたけど、神崎さんはもっと自分を大切にするべきです」
「そ、そんなこと言ったってさ。クラスでは男子より怖いとか言われてるあたしだよ。それに今までの人生頼られることはあっても、あたしが頼ることは一切なかったわけだしさ。今更そんなこと言われても、ぶっちゃけ頼れる相手とかわかんないし……」
「わかりました。あてがないってなら、僕がなりますから! これからは僕をあてにして、僕を頼ってください」
「へ……」
「それに、神崎さんみたいな美少女に頼られて嬉しく思わない男なんていませんから。男冥利に尽きますよ」
「はぁあああ!?」
顔がぼうっと熱を帯びる。何でこいつ、面と向かってそんな恥ずかしい台詞をサラッと口に出来るのよ。
つーか、いつものオドオドして頼りないキャラはどこいったの?
その自信はどっからくるの?
実は演技とかそんなわけ?
お、落ち着けあたし。相手はあの、クラスでぼっちの陰キャ、山代育真だぞ。
「ふ、ふん。まぁ、あんたが、そうしたいってなら、別にいいんじゃない」
「はい。そうさせてもらいますね」
山代がにかっと清々しく笑って即答する。
な、なにコイツ。
マ、マジでなんなわけ。
もう、あたしが色々と胸の中で葛藤してるってのに、何でこんな笑顔でいるのよ。
しかもそれ見てると妙な心地よさと安心感を覚えるつーか、さっきから胸の鼓動が大きくなって収まらない。
は、はぁ。何で山代ごときにこんなドキドキさせられなきゃいけないのよ!?
意味わかんない……。
ほ、ほんと、マジむかつく。
……うぅ。
それから一週間くらい経った日の帰り道(計十日目)
「ねぇ山代ってさぁ。もし、付き合うとしたらどんな女の子がいいわけ? つーか気になってる人とかいる?」
「へ……? ど、どどどうしたんですかいきなり!?」
「んー友達として、なんとなく気になったから? つーか、そんな慌てるようなこと言ってないっしょ。こんなのツレといたら息を吐くレベルでする会話じゃん。ウケるんだけど」
「あの、僕がぼっちなのはご存じですよね。というか神崎さんはそれを聞いて、一体どうするつもりなんですか? いじられるってわかってて話すのは躊躇われると言いますか……」
「あはは、そんなこと一ミリも考えてないし。何かさーほんと純粋に気になっただけつーか。ほら最近さ、山代には大分お世話になってるし、なんかお礼出来ればー的な。せっかく友達になったんだし、童貞の山代にも彼女が出来るようアドバイスしてあげるつーか、気になる子がいるなら一肌脱いであげてもいいかなぁって」
――もやっ。
ん? 何で今、自分で言っといて不快に思ったんだろ。
山代のタイプが知りたくなったのは本当にことなのに。
けど、山代の恋を応援する自分を想像したら、無性にイラっときたんだよね。
山代のくせにあたしより先に彼女とか――みたいに、まだ心の奥では山代のこと格下に見てるってことなのかな。いや、そんなはずないつもりだけど……。
「そういうことなら、神崎さんを友達と信用して本音で話しますけど。……先に言っときますが、絶対に爆笑したりとか、からかいのネタにするのはナシですからね」
「わかってる。わかってるって」
「じゃあ……ドン引き覚悟で僕の理想、あくまで理想の話をしますよ。その、僕はこんなんですし、容姿がどうこう選べる立場ではないと思うので好みのタイプってのを特に考えたこととかないんですが……ただ一つだけ、一途で僕のことを本気で好きだと実感出来る人だと嬉しいなと」
「ふんふん」
「後は、僕が恋愛経験皆無なのもあって、出来れば同じ付き合うのが初めてって方がいいなと思いますか。こんなの、神崎さん的には完全に童貞の妄想で何言ってんだって呆れられるかもですが、何もかもが初めて同士の二人で色んな体験や思い出を共有出来たらきっと素敵なんだろうなと。それを最初の最後の恋として、やがては夫婦になり、僕と一生一緒にいることを望んでくれる――そんな運命って呼べるような人に巡り会えたら幸せだなって。――なんて、こんなこと期待してたら、それこそ一生童貞のままで人生終わってしまいそうですけど」
「なるほどなるほど。まーそんな悲観なさらずとも、地球は広いんだしあんたの理想にがちっとマッチする人が一人くらいは――へっ?」
ちょ、ちょっとまって。
今、自嘲する山代をフォローしようとしてふと思ったんだけどさ。
――それってひょっとして。
あ、あたしじゃね……?
一途で。
誰とも付き合った経験がなく。
最初で最後の恋愛で二人で色んな経験や思い出作りをして、夫婦になることを望んでくれるような相手。
うん……間違いなく、山代の理想の女性ってあたしのことだよねぇええええ!?
というか――あれ、これってもしかしてあたし――
今、遠回しに山代にアピられてるぅうううう!?
更に十八日が経過した日の夜。自室にて。(計二十九目)
布団に潜ったあたしはとある出来事を振り返って悶々としていた。
それは山代との待ち合わせ最中に現れたいつになくしつこいナンパを振り払おうとした結果、逆ギレされ暴力を振るわれそうになった時のこと。
「おい、僕の大切な人に何する気だ!」
と、いつになく強い剣幕で入ってきた山代があたしを守ってくれて、
「彼女に傷一つでも付けてみろ。僕が絶対に許さないからな!」
と、大事なものを護るようにぎゅっと優しくあたしを傍に引き寄せてくれたんだけど。
――し、知らなかった……。
あたしってもうとっくに山代の――育真の彼女だったんだ!
僕の大切な人~の彼女宣言は誰の目から見ても間違いなく付き合ってるって認識であってるよね!
海外だと告白という文化がそもそも存在せず、同意や了承も特にないまま曖昧なタイミングで交際がスタートするってのが普通で、日本でも少なからずそういうパターンの恋愛もあるってのは聞いたことがあったけど、まさか育真がそっち派だとは考えてもみなかった。
まぁ、以前のやり取りで育真があたしに気があるってのはとっくにわかってたことだったし。
それに、育真に彼女扱いされてちっとも不快に感じないどころか、寧ろ嬉しすぎて今思い出してもご飯三杯は軽くいけそうなレベルににやけがおさまらないってことは、ようするにあたし自身もそういことなのだろう。
あたしと育真は両想いで、育真の恋人解釈には何の不満もなければ、寧ろ大歓迎ってこと。
そもそもあの自己肯定感ゼロな育真が、あたしより先に両想いだってはっきり認識している時点で、あたしはきっと無自覚なまま好き好きオーラをばらまいていたってことだから、そこは反省しないと。
ごめんね、育真。鈍感で察しの悪い彼女で。
これからは彼女という自覚を持って、育真の理想に応えられるよう頑張るから、温かい目で見守ってくれると嬉しいな――なんて!
けど……ほら、あたしらはやっぱ日本人なわけだし。一応明日、育真から付き合ってるってしっかり言質での共有はしておきたいかなっ。ね、あたしも女の子だから、やっぱ言葉にして欲しさがあると言いますか……に、にひひ。
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