プロローグ:一ヶ月後に墜ちるクラスの女ボス
一回ぷちんと感情のタガが外れると感情に身を任せるまま動いて思ったことを次から次に口にしてしまい、あげくに興奮のせいか、正気に戻るとその時の記憶をほぼほぼ忘れてしまっている。
これは僕――
名付けてオーバーヒート。
少しダサイとか、中二病臭いとか感じた人もいるかもだが、まぁまって欲しい。これを名付けたのは小学生の頃なんだ。
ちょっとくらい目をつぶって欲しいと言いますか、まぁ僕が自分の心の中でそう読んでるだけだから、それくらいは自由にしてもいいよね?
オーバーヒートが一体どういう症状なのかざっくり説明すると「イライラして気がついたらやっていた」「興奮しすぎていて、自分でもどうしてそうなったのか、その時のことはまるで覚えていない」的な感じ。
まるで犯罪者が法廷で罪を軽くするために口にするような台詞だが、僕は十六という長いようで短い人生の中で何度となく真面目にこの体験をしてきている。
その度、僕の周囲は急にそわそわしたり、妙に気を使われるようになったりとそれまでとは親交や距離感がてんで変わるような、まぁ色々と気まずくて肩身の狭いをしてきた。
ネット小説なんかでよく主人公が「また僕、なにかやっちゃいました?」とかすっとぼけた顔をしている描写を目にするけれど、経験者の僕から言わせれば本当にそうなったらあんな平然としていられるはずわけがないって感じだ。
どれだけ図太い神経の持ち主なんだというか、リアリティが足りないぞって口をすっぱくして言ってやりたい。身に覚えのないことで奇異の目を向けられたり、例えそれが尊敬だとか賞賛の言葉だったとしても、当事者であるはずの僕の記憶には一ミリも存在しない時点で、それはもう恐怖や困惑の類い以外のなにものでもないのだと。
と、そんな厄介な体質を抱えて人生を送ってきた僕は、高校に入る時ある誓いを立てた。
一つ。なるべく人に拘わらず平穏な生活を送ること。
二つ。なるべく目立つことなく、目に見えたトラブルは避けて通るようにすること。
三つ。もしやらかしてしまった場合、現実逃避せず速やかに現状と向き合い責任を果たすこと。
僕はこの誓いのもとに学校生活を送り、何とか三つ目の誓いを果たす機会はないままにクラスの隅っこ族として無事平穏なまま一年生を終えることが出来ていたんだけど――
二年生になって二ヶ月が経とうとしていた頃、ひょんなことからその平穏は打ち砕かれることになってしまう。
何の因果か僕のクラスの女ボスを務める金髪サバサバ系の黒ギャル、
それは神崎さんと席が隣同士になって少し経った時のこと。
「――あんたさぁ、昨日のあれ、一体なんなわけ?」
朝の教室。登校してきた神崎さんが、それはもうご立腹という様子で眦をつり上げて語気を荒げた。
「へ……?」
僕は口をぽかんと空け、間の抜けた顔で固まる。恐ろしいくらいに何のことを言っているのか全く以て検討がつかなかい。
「そりゃ、あんたにはさ、ちょと手伝ってもらってる身ではあるけどさ。――けど、あそこまでは誰も頼んでないつーか、あれはあんたには何も関係ないことだよね。変な真似しないでくれる。超余計なお節介。はっきり言ってうざいだけだし」
咎めるよう圧をきかした鋭い双眸での敵意むき出しな視線。
まずい、全く身に覚えがない。
これ、久々に僕の体質が何か巻き起こしちゃったってことぉ?
――三日後。朝の教室。
「あんさぁ。あたしあんたに余計なことに首つっこまないでって言ってたよね」
「へ?」
「……けど、一応助けてはもらったんだし、そこに対してはお礼は言っとく。……ありがと」
「へ……あ、うん」
「けど、妙な勘違いはしないでよね。見た目で緩そうとか思ってるかもしんないけど、綺麗とか美人とか言われただけで靡くような、あたしそんな単純な女じゃないし。それにぶっちゃけあたし、恋愛は大本命と出会うまではしないって心に決めてるから。いい、そこんとこ、よーく覚えといてくれる?」
「は、はい。わかりました……」
有無を言わさない圧に、僕は半ば反射的に頷いてしまう。
「そ。わかったんならいい。――ってことで残念でした」
おどけるように手を振る神崎さんが、僕の目にはどことなく意固地に気丈に振る舞ってように映って、
「ったく。いきなりあんなこと言われたら調子狂うなって方が無理だし」
少し頬を赤らめた神崎さんがそっぽを向き、明後日の方向に呟いた。
えっ、僕、何言ったの?
――そして一週間後の朝の教室(計十一日目)
「おはよ、山代」
「おはようございます。神崎さん」
「……あのさ、山代。念のために確認させて欲しいんだけどさ。昨日のあの話、ガチって受け取っていいんだよね?」
「へ……い、一応?」
「ふーん、そっか。……そっかそっか」
そっけなく顔を逸らした神崎さんが、嬉しさを押し殺せないと言った様子でひっそりと顔をにやけさせた。
何か、神崎さんがいつになく真剣な表情してたから思わず頷いちゃったけど、あの話って何?
――更に十九日が経過した朝の教室。(計三十日目)
「おはよう、山代」
「あ、おはようございます神崎さん」
「……あのさ、昨日ナンパから助けてくれた時に山代の言ったことってさ、つまりそういうことだよね。あたしが気付いてなかっただけで、山代の中ではとっくにそうなってた的な」
「え、昨日、僕が言ったこと?」
話がいまいち飲み込めず顔を顰める。と、神崎さんには僕が不快に感じたとでもう映ったのか、まるで機嫌を伺うよう恐縮気味な態度で慌てて言葉を飛ばした。
「い、いや、別に悪いって言いたいわけじゃなくてさ。そういうパターンもあるのは理解してるし。それにあんたにああ言われて、喜んでいるあたしがいたのは事実だし。けど、あたしとしてはやっぱり、一度お互いの認識をはっきり共有しときたいつーか」
「え、えっと……」
やばい、話が全然見えてこない。神崎さんがしつこいナンパに手を焼いているのに介入したとこまでは記憶にあるんだけど――
「山代」
「は、はい」
神崎さんが緊張の滲む表情で真っ直ぐに僕を見つめる。
「山代とあたしの関係は、いわゆるいついかなる時も苦楽を共にする関係――ってことであってるよね?」
苦楽を共に? それって……友達として、もし今後もあんなことがあったら助けて欲しいってことだよね。いくらクラスでは男子からも恐れられてる神崎さんだって女の子なんだし、男性からああも言いられるのはやっぱり恐怖でしかないと。
そんなの――
「もちろん」
「――っ本当!?」
と、目を丸くした神崎さんが、胸の前で手を組み嬉しそうに目を輝かせた。そのとびっきりの嬉々とした表情に、僕は反射的に頷いてしまう。
「は、はい。本当です」
「ありがと。それじゃ、これからも改めてよろしくね山――い、育真」
いっぱいいっぱいとばかりに頬を朱色に染め、神崎さんが照れくさそうに視線を逸らす。
……あれ、何で急に名前呼びになったんだろ?
――三十三日目の昼休みの教室。
「ねぇ、育真さぁ」
「ん、どうかしましたか神崎さん?」
「いや別に割とどうでもいいことではあるんだけどさー。最近ちょっと委員長と喋りすぎじゃないかなぁと思って」
「へ、そう、ですかね? と言っても業務的な会話ばかりですけど」
「ふーん、ほんと? 業務的な会話だけで、単なるクラスメイトと昼休みまでに三回、合計で三十五分四十秒も楽しくお喋りするとは思えないなーって。別にいいけど、ほら育真にはかわいい彼女がいるんだし、そういうのあんまよくないんじゃないんかなーって。別にいいけど」
「へ、かわいい彼女……? 嫌だなぁ神崎さん。僕なんかに彼女がいるわけがないじゃないですか」
からかうのは止めてくださいよと頬を掻いて苦笑し言葉を並べる僕に対して、神崎さんはそれ以上聞きたくないとばかりに僕の服をぎゅっと掴んだ。
「そういう意地悪さ、冗談でも普通に悲しくなるからやめて」
「へ?」
「そりゃあさ、最初にやきもちやいたあたしが悪かったと思うよ。育真は誠実な男だし、他意がないのはちゃんとわかってる。でもさ、やっぱ育真が他の女の子と話してるの見てるとモヤモヤするじゃん。ほら、こっちに気がなくても、向こうに気が出来ちゃう可能性はあるわけ――いや、相手が育真ならだいぶありえちゃうじゃん」
神崎さんがちらちらと僕の顔色を窺いながら、上目使いで訴えかける。
「ご、ごめん。気をつけるよ」
まるで牙を折られた猛獣みたくらしくないしゅんとした姿に後ろめたさを覚えた僕は、そんな顔はして欲しくないと気がつけばよく飲み込めないままに誤ってしまった。
「ありがと。……それとさ、付き合って一週間は経つんだし、そろそろ育真の方からも名前で、麗子って、呼んでくれると嬉しいなーなんて。ほ、ほら、あたしもいずれは山代になっちゃうわけでしょ。だから早めに慣れるに越したことないんじゃないかなーって。え、えへへ」
指先をくっつけて顔を真っ赤にし、もじもじといつになくしおらしい神崎さん。
…………へ?
つき、あう?
ちょっとまってまって!
僕、いつの間に神崎さんと付き合う事になってたの!?
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