第10話

「昨日は幾分マシですが正直入院前の方がよく眠れていました。」


藤江先生は少しパソコンに入力すると


「環境が変わると眠れないことはありますからね。」


と一言仰っしゃられました。


「藤江先生、私ずっと精神科領域について思っていることがあるのですが何を以てして私が『統合失調症』だと仰るんですか?」

「過去に『医療観察法』で入院したでしょ?」


医療観察法。傷害、強盗、強制性交、放火、殺人という5つの対象行為を犯した人を対象に本人に責任能力がないことから医療に寄る治療を受けさせるため刑務所ではなく指定医療機関に入院させる法律です。藤江先生はどうやら恐ろしい行為をして入院したことが病気の証拠だと不安を煽る形で仰っているようです。


「それは論理的ではないと思います。」


僕はすぐさま反論しました。


「精神科医の方々が仰っている統合失調症の根拠は脳内物質の不均衡だとする仮説です。入院したことそれ自体が僕の脳内物質が不均衡を証明したわけではありません。もっと言えば、僕が医療観察法で入院したことは事実だとしもとても対象行為が『強盗』に該当するとは思えません。強盗にあたるかどうかを裁判で争う権利すら僕にはありませんでした。実際に罪を犯した人ですら裁判で自身を主張することができるのに。争った結果、執行猶予でそれまで通り外で生活できる人もいるのに。僕は裁判を受けることができないまま『強盗』という行為が確定していまい1年半も入院になりました。有罪となっても執行猶予がついてそれまで通り社会で生活をする人もいるのにも関わらず、罪に問わないとした人が有罪判決の人よりもひどく禁錮刑のような扱いを受ける。医療観察法は制度自体が問題視されている法律です。先生の先程の発言はただいたずらに恐怖心を煽って僕が反社会的行動を起こす人間だという印象を植え付けさせようとしているに過ぎません。」


藤江先生は黙っていました。


「もっと言えば、僕が入院したのは服薬を7年間も継続した後、当時の医師の指導の下、退薬した結果です。よく『服薬は自己判断でやめてはならない』と言われますが僕は医師の指導の下、薬をやめて半年後には妄想、僕はこれは薬害依存によるせん妄の可能性が十分ある思っていますが、それが出て医療観察法に依る入院となってしまった。当時のお医者さんに恨みは全くなく退薬させてくれてむしろ感謝しているくらいですが、結果としては最悪です。医師の指導に従った結果、最悪の結果を招いてしまった。医師の指導に従ったら最悪だったという証拠です。そして後になって精神科の薬は原理として麻薬と全く同じであり、当然麻薬と同じように離脱症状、依存症状があると知りました。僕は自分が入院することになった症状は薬害によるものだったと考えています。」

「小森さんが飲んでいる薬は依存性がないから。」


藤江先生はご返答されました。


「依存性がないというならその根拠が書かれた研究なり論文なりを見せて下さいませんか?正直、僕は20年間精神科に通院していますがどのお医者様も一人の例外なくその場しのぎのご発言しかされておられません。精神科の薬が根本的に麻薬と同じものということは科学的に証明されていて、麻薬には依存性がある。過感受性精神病という薬害による精神病もある。根本的には麻薬で作用原理はどの薬も全く同じと言って差し障りないのにどうして私の薬には依存性がないと言い切れるんですか?」

「そしたら今度薬についての説明をうちの病院の担当薬剤部長にしてもらうから。私は別に何も自分が世界一立派な精神科医とは思っていないので。薬のことは薬の専門家に説明してもらうのが一番いいと思うから。」


そう言って藤江先生は診察を終わらせました。

今までの20年間で会った13人の精神科医の方々がしていたその場をしのぎ逃れるだけのご発言を藤江先生もするのだと僕は悔しいやら呆れるやら歯痒いやらもどかしいやら、はたまた憤りや悔しさや憎しみも溢れ、止めどない負の苦しみの感情に心も体も引きちぎられそうでした。

僕は自分の主張に論理的欠陥があるとは感じません。足りないものがあるとすれば「精神科医」という肩書の権威を上回ることのできる権力だけです。


理不尽が制度化され、合法化されている。


何より僕が強く感じた気持ちでした。僕が、強く感じた気持ちでした。

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