第9話
翌朝は今までとは違いいくぶん爽やかな目覚めでした。環境が変わるとこれほどまでにちがうのでしょうか。独房そのままの隔離室ではない場所で寝るとこんなにも快眠なのかと僕は本当に感激しました。とはいっても入院前の自宅と比べると寝苦しさが相当あり睡眠の質はかなり悪いです。「入院環境自体が僕たち患者の気を狂わせているのでは?」と僕は思いました。それでも隔離室ではない所で過ごすこの環境は息苦しくなく、気が狂いそうな感覚も随分とマシになっている分だけまだマシと言ったところでしょうか。
さて、今日からは1日2回の作業療法プログラムがあります。作業療法プログラムとは平たく言えばレクリエーション活動のようなもののようです。壁に貼られている掲示物によれば午前と午後に1回1時間ずつあるようで、音楽鑑賞、スポーツ、カラオケなどと書かれており思いの外楽しそうです。まもなくして、看護師さんが検温に来られました。
「昨日は眠れましたか?」
「はい、よく眠れました。」
「お通じは昨日ありましたか?」
「いえ、全くないです。」
「頭の中で声が聞こえてくることはないですか?」
僕は少しイラッとしました。やはり精神科に勤める方々はこちらの精神がおかしいと決めてかかっているようです。
「いえ、人生で一度もありません。」
僕は正直にそのまま答えました。
「昨日部屋で独り言を仰っしゃられていたと記録にありましたが?」
「独り言は昔からの癖です。」
どうやら看護師さんは僕が昨日の夕方に入院に対する不満を一人部屋で独り言として吐き出していたことについて言っているようです。ただ、独り言は本当に昔からの癖です。周りを山と田んぼに囲まれた周囲には他に何もない田舎で一人っ子として育った僕は、暗記科目のテスト勉強から学校であった出来事に対する不満まで内容を一人部屋で口に出すことがよくありました。また、会話の練習のためシュミレーションとして自分の頭の中で相手役を作り想定問答を独り言で行うこともしばしばでした。確かに周囲からすれば幻聴で聞こえてくる見えない相手と会話しているように思われても不思議ではありません。ですが、独り言は僕にとって不満を吐き出す手段であり、コミュニケーション能力を培う練習の場だったりします。決して幻聴などではありません。
看護師さんは一瞬訝しそうな顔をしましたが、すぐに直し、
「分かりました。今日は私が担当です。今日一日よろしくお願いします。」
と一言添えてその場を後にされました。僕は少しの心地の悪さがありましたが、気にしても仕方がないので気にしないことにしました。その後2時間ほどして朝食の時間が来たので朝食を取りました。朝食後、服薬を済ませると後は作業療法プログラム、通称OTプログラムを待つばかりです。今日のOTプログラムである「カラオケ」が始まろうとしていた時、看護師さんに呼ばれました。
「小森さん、診察のために先生が来られていますのでナースステーションまで来て下さい。」
カラオケは楽しみでしたが仕方がありません。僕は少し残念でしたがナースステーションへ向かいました。ナースステーションの中では僕の主治医である藤江先生がパソコンの前に座っておられました。
「寝れてますか?」
藤江先生が尋ねられました。
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