第6話

 ふと天井を見上げると丸いいくつかのシミの間に一際大きな濃いシミがありました。このシミがもし北極星なら、どこか遠くのあるべき場所へと導いてくれるのにと僕は叶いもしないことを空想していました。実際の空はどこまでもどこまでも遠いのに。どうやら僕はずっと閉じ込められたままのようです。周りを見渡せば四方八方無機質な壁に囲まれています。


「小森さん、お食事ですよ。」


 看護師さんが朝ごはんを運んできました。この朝ごはんのときだけが唯一、部屋の空気がわずかに入れ替わる瞬間です。僕は目の前に運ばれてきた朝ごはんを日課として口に含みながら一日の中でわずかに味のする瞬間をゆっくりと味わっていました。この食事が終わればまた味気ない無機質な空間へと戻っていきます。

私は気がつけば入院していました。精神科です。精神科には医療保護入院という本人の同意によらない入院制度があり、僕の場合はそれでした。父が同意者となり、僕を強制的に入院としたのです。僕は、いったい自分の何がいけなかったのだろうと不満を募らせていました。


「お食事終わられましたか?」


 看護師さんが確認に来られ、そそくさと下膳されていかれました。今日からまた一日、ただ何をするわけでもなく、長い一日が始まります。正直こんなところにいると気が狂いそうです。太い木の格子で隔てたれ分厚い鉄の扉でしっかりと電子的にも鍵をかけられ、トイレには蓋がなく自分の汚物すら自分で流すことができないまさに極限とも言える環境です。加えて部屋には監視カメラがあり、鉄の扉の脇は透明で頑丈なアクリル板でできていることから廊下を通るすべての人から丸見えの状態です。トイレの最中ですら丸見えのこの環境。僕はふと思いました。いったいどんな罪を犯せばこのような目に合うのでしょう。この環境は私が以前動画サイトで見た、第2次世界大戦中の強制収容所と似たりよったりです。いえ、トイレの水が自動で流れるであろう分、強制収容所の方がマシに思えてしまいます。

 僕は、気が狂いそうになったので歌を歌うことにしました。普段なら人が周りにいる中、カラオケに来ているわけではないのに歌いはしませんが、僕は気にせず歌うことにしました。なぜなら、“ここでは大きい声を出してもいいことになっている”からです。どんな奇声をあげようとも許される環境であれば、歌くらい許されるでしょう。僕は古い洋楽から最新の邦楽まで歌詞を覚えている限りの歌を力の限り歌いました。後で必ず怒られてしまうような気はしますが、「元々そういう環境だ」というのが私の言い分です。そして、今はとにかくどうしても、どうしても“この環境ではこうしないと僕は気が狂いそう”なのです。

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