第5話
「これ洗っとけって言ったろ?」
梨華と別れて家に帰るといつもの光景が待っていた。母がいつもの決まった時間に洗濯物が終わってなかったらしく、父にきつく当たられていた。
「ごめんなさい。すぐにやっておきますね。」
母は健気にまたしおらしく父に対して返事をした。
時折思う。男の人は皆こうなのなのかな?生まれたときから英才教育を受け、箱入り娘と言わんばかりに大事に育てられた私は、近所の友達はもちろん習い事でさえも男性に近づくことすら許されなかった。唯一私が近づき、また話すことが許されたのは隣の家に住む男の子だけだった。なぜその子だけ話すことが許されたのかは随分後になって知った。医者の息子だから。理由を聞いた時は意味が分からないと同時に私の父ならと納得できてしまった。私の父はそういう人なんだ。
明くる日、私は母と夕飯を買うため買い物に出かけた。家を出てすぐそこにある近所の複合デパートは町中にあるせいか夜遅くまで開いていた。
「これ買って帰ったらお父さんに怒られるかねえ?」
母は惣菜コーナーの合鴨のローストを手に取り、少しわびしそうに言った。正直自分で言うのも何だけど、うちの経済事情からすれば別に買ってどうこう問題ないものだと思うんだけど。
「お父さん怒ると思うから…止めといたら?」
買って帰ると起こるであろうことを想定して、私は母にやんわりと買って帰らないように伝えた。
「そうよねえ。」
母はそう言うとその場を後にした。私はしばらく他のコーナーに行くことにした。私は割と渋い食べ物が好きだったりする。さきいかとかそういうおつまみ系の食べ物。母には家計について厳しい父もどういう訳か私が買うものについては何も言わなかったりする。1個買って帰ろうかな。私はさきいかのおつまみを手に取ると母と合流するため、その場を後にした。
食材コーナーをぐるっとひと回りしてレジに並んでいる母を見つけた。ふとかごに目をやると一度諦めた合鴨のローストがカゴの中に入っていた。お母さん、やっぱり買って帰るんだ。お父さんにバレないといいけど。
買い物を終えて家に帰宅すると、既に父が仕事から帰って来ていた。私は自分の部屋に戻ってさっき買ったさきいかを食べ始めた。食べ始めて間もなく、大きな声で父と母が喧嘩をする声が聞こえた。
「どうしてこう無駄遣いばかりするんだよ!少し控えろって言ったろ?」
父が強く母を咎めているようだった。先程母が買って帰った合鴨のローストが父に見つかったのだろうか。
「それに何なんだよ、この本。こんな危ない宗教の本なんか買ってどうするんだよ?今、光代はすごく苦しんでいて。それでいて賢治と渉は既に医学部行ってるから一人行けてない自分に焦りともどかしさを感じてるはずだろ。こんな本なんか買って変な宗教にはまらずにお願いだから光代にもっと寄り添ってやってくれよ。」
普段、語気を荒らげて怒るタイプではない父が珍しく母に大声で食って掛かっていた。母が宗教にハマっているという話は初耳だ。別に宗教は誰かに押し付けない限り自由に信じてもいいと思うんだけど。ただ、いつもは私から見てぶっきらぼうに映る父の声が私を温かく守ってくれているようなそんな気がして、父に対する私の心は若干の丸みを帯びたようだった。
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