第8話 二虎競食の計



 東上皇国より南に位置する鈴羅王国。その軍は真っ直ぐに北上し、あと数日で東上皇国の都へと迫っていた。


鈴悟りんご王様!東上皇国より、書簡が届きました!」


 鈴羅王国の国王であり、今回の軍の総指揮を務める鈴悟王の元へと、伝令兵から書簡が届けられた。

 東上皇国の封蝋が押された、本物の書簡に間違い無い。


「…ほう。中々面白い展開だな」


 書簡の中身を見て、ニヤリと笑う。そして同席していた包帯でグルグル巻きの女が問いただす。


「お父様!なんて書いてあるのですか!?もちろん、私への謝罪ですよね!?」


 包帯女は、里華の鉄山靠で全身打撲となった鈴稚である。後宮にて居場所を失い、母国へと逃げ帰り、父である鈴悟王と共に再び東上皇国へとやって来たのだ。


 そんな包帯女となった娘に、父である鈴悟は書簡の内容を簡単に説明した。


「謝罪もそうだが、鈴稚…お前を妃にすると、劉清は申してるぞ」


「…え!?劉清様が私を妃に!?」


「鈴羅王国の王女を後宮に迎えながら、礼節に欠けていたと、深い謝罪が記されている。そこでお前を妃とし、和平を結ぼうと提案だ」


「そ、そんな…私が妃に…」


 突然の求婚に包帯女である鈴稚は、その包帯をも真っ赤に染める勢いで恍惚とした笑みを浮かべる。だが、そこで鈴悟が続きを読み上げる」


「ただし、だ!今、西方より八源王国からの軍が攻め込んでいるそうだ。そこで我らと共に八源王国を返り討ちにし、勝利した暁に婚姻すると、そう書いてある」


「それなら一刻も早く八源王国の軍に攻め込みましょう!我ら鈴羅王国軍と東上皇国軍とが力を合わせれば、八源王国など恐るるに…」


「阿呆ぅ!ことはそんな単純じゃねぇんだよ!おい、軍師!お前の見解はどうだ!?」


 鈴悟王の問いに、鈴羅王国の軍師が迷いなく曰く。


「恐らくは…二虎競食の計になりましょう。我ら鈴羅王国と八源王国とを争わせ、疲弊したところを東上皇国が攻めたてる。鈴稚様との婚約を餌にして、ですね」


「やはりそう見るか?」


「東上皇国とて、二国を相手にするのは得策ではあり得ません。寧ろ我らの進軍を緩め、八源王国が東上皇国に攻め入り、共に疲弊したところを漁夫の利を得るのが得策かと思われます」


「まあ、普通ならそうするがな。だが、あえて劉清の策に乗るのも手だろう?」


 ニヤリと笑う鈴悟王。策謀に長けた王としての手腕が、ついに試される時が来た。







「ハーゲン王様!東上皇国より書簡が届きました!」


 伝令兵から、書簡を受け取ったハーゲン王は、進軍を緩めることもなく、一直線に東上皇国に向かっている。


 そのまま書簡を読み終えると、軍師に書簡を投げ渡し、問いただす。


「東上皇国の動き…どう見る?」


 ハーゲン王の問いに、書簡に目を通した軍師は迷いなく曰く。


「ハーゲン王様の妃となるべき里華殿が、東上皇国の皇太子、劉清殿との婚姻など、八源王国への宣戦布告とも受け取れましたが…里華殿を差し出すと言うのであれば、戦争をする必要はありません。ただし…これは恐らく、二虎競食の計でありましょう」


「やはり、そう見るか?」


「里華殿の従者である、醜女の…福珍とやらが、後宮の鈴稚なる鈴羅王国の王女に鉄山靠を喰らわし、戦争が勃発。共に鈴羅王国と戦い勝利すれば、里華殿を差し出すとの事ですからね。里華殿を餌に我らを戦わせ、疲弊させるのが狙いでしょう」


 軍師の進言にテカテカ頭のハーゲン王は、その頭を撫でながら憤慨する。


「このハーゲン王を馬鹿にしおって!人の女に手を出しながら、共に戦おうだと!?東上皇国も鈴羅王国も、皆殺しにしてくれるわ!!」


「しばしお待ち下さい、ハーゲン王様。ただ無闇に戦うのは得策ではありません。劉清殿が里華殿の事を書簡に記しているのは…所謂、人質としての意味があるのでしょう」


「なにっ!?」


「こちらの手の内には里華殿がいる。逆らえば里華殿の身に何があっても知らないぞ、と。遠回しにハーゲン王様を脅迫しているのだと思われます」


「ぐぬぬ…人の女を盾に取るとは卑怯者め!!」


「ですが、これはチャンスかも知れません。あえて劉清殿の策に乗り…」


 軍師による策を聞き終えたハーゲン王は、その策にニヤリと笑みをこぼす。


「なるほど。それはいい。ならばその策で里華をモノにしてみせるぞ!」



 鈴羅王国と八源王国。共に策を以って東上皇国へと進軍するのであった。


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