第4話 序列争い



『な・な・な…何をしてるんですかー!』


 部屋に戻った早々、白猫姿の福珍による説教が始まった。だが、そんな事は里華とっては暖簾に腕押し、糠に釘。福珍の意見なんぞ聞くわけが無い。


「何よ?後宮では鉄山靠を繰り出しちゃいけないって法律でもあるっての?」


『法律以前に、後宮で鉄山靠を繰り出す者がいるわけ無いでしょーがー!』


「いや、ここにいるでしょ?あなたの目の前に」


『普通はいません!てか、何で鉄山靠を繰り出せるんですか!あんなに見事な鉄山靠を!?』


「私のもとには名のある武芸者が訪れるのよ。毎日の様にね。それを見てれば自ずと奥義ぐらい会得できるでしょ?」


『だから…それも…普通は無理です』


「凡人の普通と、選ばれし者の普通とを、一緒にするんじゃないわよ。私は美ボディを維持する為に、毎日のエクササイズは欠かさないし、護身用に拳法の型も習慣付けていたのよ。うん、備えあれば憂いなし!」


『いや、それよりどうするんですか?後宮で鉄山靠を繰り出して、大騒ぎじゃないですか!』


「一ヶ月以内に序列1位になって、劉清と合体するのを目標にしてるのよ?普通のやり方でどうにかなると思ってるの?この容姿で?」


 醜女である福珍の姿で序列1位。どう考えても不可能でしかないのは、福珍が一番よく分かっていた。


『た、確かにそうですが…でも、鉄山靠はいくらなんでも…』


「大丈夫よ。絡んでくる連中への威嚇の意味を込めての鉄山靠。次は別の手で私の力を見せつけてあげるからね!」


『別の力…?』


 と、そこで福珍の部屋に来客が現れた。


「あ、あの…福珍…様…劉清様がお呼びになってます」


 最初に部屋へと案内してくれた小間使いだ。初対面でかなり福珍を見下していたが、鉄山靠の件でビビっている様だ。


 当然のことながら、後宮にて鉄山靠を繰り出す輩など、普通はいない。福珍が普通では無いヤバい奴だと、認知されている証左であった。


「ああ、ありがと。すぐにでも劉清様のところに向かうわ。それよりあなた、もっと私に対してフレンドリーに接してもいいのよ?さっきみたいにね」


 にこりと笑う里華にビクッと怯える小間使い。逃げる様に部屋から出て行った。


「つまらないわね。折角の醜女なんだから、もっと罵ってくれてもよかったのに…」


『里華様!そんな事を言ってないで、急いで劉清様のところに向かいましょう!きっとお叱りの言葉が待ってますよ!』


「そうね。小間使いじゃもう、罵ってくれないだろうけど、劉清なら暴言とか吐いてくれそうだからね。早速行ってみましょう」


 全く反省していない里華は、懐へと白猫の福珍を忍ばせ、劉清の部屋へと向かうのであった。







「貴様は!一体!何を考えている!」


 開口一番、劉清の怒号が飛ぶ。もちろん、里華は澄まし顔で全く動じる気配を見せなかった。だが、それが劉清の癇に障る。


「後宮で鉄山靠だと!?どうな教育を施されたら、そんな行動に出るのだ!」


 激怒する劉清だが、里華は臆する事もなく、こう答えた。


「私は里華様の従者です」


「それがどうした!」


「里華様の身を守る為に、私も多少の武術の心得はあります。身を守る為ならば、鉄山靠の一つも繰り出すのは当然のことと言えましょう」


「だからと言って…」


「いま、私は言いましたよね?里華様の従者だと?」


「だから、それがどうした!」


「私は里華様の従者。つまり、里華様の所有物という立場です。その里華様の所有物を傷付けようとするのならば、従者である私は必死の抵抗をする立場にあります。鈴稚と言う方が里華様の所有物を傷付けようとした。だから鉄山靠。何の問題もありません」


「いや、だが、しかし…」


「それと、問題があるのは劉清様もです」


「なんだと!?」


「里華様の所有物である私に対する冷遇。そして里華様に虚偽の報告を強制する発言。それらは里華様の伴侶には相応しくないと、私は判断します」


「貴様!私の言う事が聞けないと言うのか!私の力を以ってすれば、貴様の命なんぞ…」


「はい、そう来るだろうと思いまして里華様は、一ヶ月間お姿をお隠しになっておられます。期限になっても私の姿を確認できなければ、劉清様に殺されたと見なして逃げる様、手配もしています」


「……」


「ようやく、理解できた様ですね?あなたの様に、力で女性をねじ伏せようとする男には、里華様には相応しくない。それを知る為に、私が後宮に来たのです。いつ死んでもいい、私の様な醜女が、里華様の為に志願して」


 目の前にいる醜女に対して、劉清は対応を間違えた事を理解した。余りにも醜女過ぎるが故に、冷遇してしまったのだ。

 だが、里華の従者であれば、冷遇していいわけが無い。そう、里華が福珍を使って劉清の性格を量ろうとしているのだから、厚遇するべきだったのだ。


 福珍を冷遇すれば里華には振られ、殺せば里華は二度と自分の前には姿を見せずる事もなく、逃げ出すだろう。どう考えても悪手なのだ。


 後宮で鉄山靠を繰り出すから、本当に頭のおかしい醜女だと思っていたが、何のことはない。これは里華による品定め。傾城傾国の美女に相応しい伴侶であるかの、試験なのだ。


 状況をやっと把握した劉清。そこで出た言葉は、謝罪の言葉であった。


「…すまない。確かに福珍の言う通りだ。里華殿の従者である君を余りにも蔑ろにし過ぎたようだ」


 頭を下げる劉清。もちろん、里華との合体が叶えば、この醜女は極刑に処そうと思いながらの謝罪である。本気の謝罪な訳が無い。


 それでも一応の謝罪である。里華はそれを受け入れ、そして一つの提案を持ちかけた。


「頭をお上げください、劉清様。このまま里華様にありのままを報告すれば、劉清様への恋心は失ってしまうかも知れません。ですが、まだ期限の一ヶ月は始まったばかりです」


「……?」


「ここで一つ、提案があります。私に序列1位になる為のチャンスを頂けないでしょうか?」


「序列1位になるチャンス?」


「はい、今の私の序列は45位ですが…」


「いや、ちょっと待て!何でお前が序列45位なのだ!?」


「鈴稚とやらが序列45位でした。そして武で挑まれ、私がそれを返り討ちにして撃破。つまり、私が新しい序列45位。はい、論破!」


「論破じゃねぇよ!そんなんで序列が決まるか!」


「はい。ですから、他のメンバーの方々も含めて、序列内での試合を提案します」


「試合?」


「序列の変動を伴う試合。より、優れた女であると証明できたものが上位に。できなかった者が下位に。とても分かり易いとは思いませんか?」


「分かり易いかも知れないが、試合とは何なのだ?」


「女としての器量…料理や裁縫など、幾らでも御座います。それらで試合を行い、私が下位になるのでしたら今後冷遇されても文句は言いません。里華様にも、上位にならずに冷遇されたと言えば、納得してもらえる筈です」


「……」


 劉清は少し考えてから、提案に乗ることにした。どんな試合であろうとも、審判をする者に福珍を負けさせる様にすれば、福珍を下位へと落とすことは可能となるからだ。

 生意気な福珍を下位に落として冷遇。それでも里華をゲットできるなら、この提案に乗るしかないだろう。


「分かった。その提案に乗ろう」


「はい、有難うございます。それと、私が下位になったら冷遇するのは問題ありませんが…序列1位になったら、私との合体よろしくお願いしますね」


「ちょっと待てぇぇぇぇ!何で私がお前と合体を!?」


「後宮の序列1位が、劉清様と合体するのに何の問題が?問題があるとしたら、何の為の後宮なのでしょうか?」


「いや、しかし…」


「大丈夫ですよ。期限はたったの一ヶ月。私が序列1位など、夢のまた夢ですから。まあ、万が一に序列1位になったら、その時は…」


 劉清の背筋にゾクリと、悪寒が走った。この福珍と言う女を後宮に入れる事によって、自身にとってとんでもない不運が舞い込んだのではないかと、不安が広がったからだ。


 傾城傾国の美女。すなわち、国や城が傾く程の美しさ。里華にはそれがある。

 そして従者である福珍もまた、里華の指示によって動いているのであれば、国が傾くほどの何か大きな力が働いているのではと、劉清は感じとっていた。


 実際には、里華が福珍に化けてやりたい放題しているだけなのだが、傾城傾国の美女としての振る舞いが、醜女な見た目でも作用しているのであった。



 後宮に潜む傾城傾国の美女、里華によって東上皇国は波乱の展開が待ち受けていた。

 そう、誰にも予想だにしない展開が、刻一刻と迫っているのであった。


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