第3話 後宮



 里華と福珍、二人は一旦宿屋に戻る事にした。

 明日からの作戦会議の為だ。だが、福珍からは作戦の事よりも、今日の態度に対して不満を爆発させた。


「里華様!何なんですかアレは!どうして劉清様に色目を使うんですか!」


「別に色目なんか使ってないでしょ?普通にしてるだけだったじゃない。そんな普通の態度の私に劉清が興奮してただけ。結局、あの男もその辺にいる男どもと一緒ね。あーつまらない」


「ぐぬぬ…」


「そんな事より、劉清はあなたに対して微塵も興味を示さないって事が分ったんのは、収穫だったでしょ?作戦はやめて別の男を狙った方が早いんじゃないかしら?」


「ダメです!私は劉清様一筋なんです!作戦は実行します!」


「だったら私に噛みついてないでとっとと作戦会議を始めるわよ」


 こうして里華と福珍は夜遅くまで話し合った。

 そして翌日、福珍が一人で後宮へと向かうのであった。







「こちらが福珍様のお部屋になります」


 小間使いから部屋をあてがわれた福珍。今日からここで後宮の一員として暮らす事になる。

 部屋へと案内してくれた小間使いは仕事に戻ろうとするが、去り際に劉清からの言付けを残していった。


「落ち着いたら劉清様のお部屋に来て下さい、との事です」


「あら?いきなり初日から私を愛でるつもりかしら?」


 福珍が呑気にそんな事を言っていると、小間使いは露骨に嫌な顔をしながら吐き捨てる。


「そんなわけ無いでしょ!あんたみたいな醜女、劉清様が相手にするか!」


 福珍は一応、後宮の一員なのだから、小間使いよりも立場は高いはず。しかし、醜女である福珍が相手ならば、敬意なんて必要無いと言わんばかりに、小間使いは容赦無く暴言を吐き、そのまま仕事に戻って行った。


 残された福珍は、そんな小間使いの態度に怒る事も凹む事もなく、飄々と笑って見せた。


「いや、凄いわね!初めての待遇よ、こんな扱いは!」


 福珍…に化けた里華は何とも楽しそうに笑って見せた。生まれながらの傾城傾国の美女として、とても新鮮な体験なのだろう。女に見下されるという初体験を無邪気に楽しんでいる。


 そんな福珍に化けた里華の胸元から、ヒョッコリと白猫が顔を出した。


『里華様!こんな事で喜んでないで、早く劉清様のところに向かいましょう!劉清様を待たせるなんて、失礼が過ぎますからね!』


 変化の指輪によって白猫に変化している福珍が、里華を叱咤する。しかし、里華は福珍の指図なんぞ受けるつもりはない。


「うるさいわね。私のやり方に口出しするんじゃないわよ。人が折角、醜女を楽しんでるってのに」


『ひょっとしたら…本当に今日、劉清様と合体できるのかも知れないんですよ!?何でそう、悠長なんですか!』


「あのね、さっきのは冗談で言ったの。劉清がこの醜女を相手に合体なんかするものですか」


『その不可能を可能にする為に、後宮に来たんじゃないんですか!?呑気な事を言ってないで早く劉清様のところに!さあ!』


 白猫となった福珍がギャーギャー喚くので、仕方なく里華は劉清の部屋へと向かうのであった。







「失礼します。り…いや、福珍で御座います」


 劉清の部屋へとやって来た里華は、深々と頭を下げて劉清に挨拶した。そんな福珍に化けた里華に劉清は、まるで汚物でも見る様な目で蔑む様に吐き捨てる。


「単刀直入に言う。私は里華殿と結婚するつもりだ。つまり、お前が私の事を里華殿に良き夫となる人物だと伝えよ。里華殿の結婚相手に相応しいお方だと、な。礼はする。一生遊んで暮らせるだけの金銭は用意しよう。逆に我らの縁談が万が一にでもご破算になるようなら、貴様を極刑に処す。あらゆる手段を用いて拷問し、苦しみながら死ぬ様に手配する」


「……」


「話は以上だ。とっとと部屋に戻って一ヶ月間大人しくしていろ。さあ、とっとと出て行け」


 反論も何もできずに里華は部屋から追い出された。そしてそのまま自身の部屋へと戻ると、懐に忍んでいた福珍に話しかける。


「あれが劉清の本性よ?本当にあんな男に惚れてるわけ?」


『……』


「本性を見て、それでも惚れてるって言うならまあ、止めやしないからね。まあ、好きにして頂戴。私もああやって男から罵られるなんて経験を…滅多に味わえない経験を、楽しむからね」


『私は…私は本気で劉清様を愛してました!』


「…それで?」


『だから…この純愛は最後まで貫き通します!振られるまで、私の心は劉清様の物ですから!』


「あーダメだこりゃ。つける薬がないわね」


「ですから!劉清様を落とす様、お願いします!」


「分かったわよ。あんな男を落とすのは気が引けるけどね。私の実力、見せてあげるわ!」


 そう言って里華は白猫の福珍を懐へと忍ばせ、後宮の中央にある広場へと向かった。福珍以外の後宮のメンバーは、ここにいる事が多いそうな。


「後宮のメンバーは115名いるそうよ。私を入れて116名。メンバーには序列があり、新米の私は1番下位の116位。一ヶ月以内に上の115名を飛び越し、序列1位になれば、自ずと劉清との合体が見えてくるわね」


 自信満々の里華。なんとも頼もしい。見た目が醜女なのに、どこからこの様な自信が湧いて出てくるのか?

 その答えは里華に絡む女のお陰で明らかになるのだった。


「ちょっと、そこの醜女!」


 つり目の女が里華を呼び止める。


「醜女?あー、私のことね。呼ばれ慣れてないから分からなかったわ。で?あなたは?」


「私は後宮の序列45位、鈴稚りんちよ!あなたがあの里華の従者だって事は分かってるのよ!」


「あら?有名人は辛いわね。もう私の噂が広まってる様で。私は新しい後宮のメンバー福珍よ。よろしくね」


「何がよろしくよ!あんたみたいな醜女が後宮に来るんじゃないわよ!」


「なるほど。早速の新人イジメね。自分に自信の無い女ほど、陰険な行動をとるから分かりやすくっていいわね」


「あんた…私のことを馬鹿にしてるわね」


「馬鹿になんかしてないわよ?ただ、ありのままを話してるだけ。ありのままのあなたがおバカさんなら、それはあなたが悪いんでしょ?」


 一触即発の里華と鈴稚。周りにいる他の後宮のメンバーも、固唾を飲んで見守っている。


「そう言うのを馬鹿にしてるって言うのよ!この醜女が!!」


 ブチ切れた鈴稚が里華に襲いかかる。鈴稚の右拳が里華の顔面をとらえた…その瞬間、里華はその右拳をかい潜り、鈴稚の懐へと体を潜り込ませた。


「鉄・山・靠!」


 八極拳の奥義である鉄山靠てつざんこう。肩から背中にかけて、相手にぶつかる体当たり技だ。

 里華はカウンターとして鉄山靠を繰り出し、鈴稚に容赦無く奥義を叩き込む。

 まさか鉄山靠を繰り出されるとは思ってもみなかった鈴稚。そのまま奥義をまともにくらい、壁へと吹き飛ばされた。



 どかーーーーん!



 壁に激突した鈴稚はそのままグロッキー。鉄山靠を繰り出した里華はその場で礼をし、他の後宮のメンバーに布告する。


「私は新人の福珍!これより一ヶ月以内に序列1位になり、劉清様と合体するつもりよ!私と勝負したい者はいつでもいらっしゃい!私は逃げも隠れもしない!この鈴稚を倒した私は今日から序列45位!さあ、止められるものなら止めてみよ!」


 里華の宣戦布告は後宮に響き渡るのであった。


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