第46話「創部届と看板作り~書道を極めた日露ハーフ~」

「これで話は終わったも同然ね。……ああ、そうだわ。この創部届に名前を書いてちょうだい」


 西亜口さんは持ってきていた鞄から紙とボールペンを取り出した。


「校長から強奪してきた……いいえ、もらってきたわ」


 …いろいろと大丈夫なのかと心配になるが、ここまで来たら西亜口さんを信じるしかない。


「まずは会長のわたしから」


 西亜口さんが一番上の氏名欄に名前を書いていく。


「あなたは副会長よ。書きなさい」

「え、ああ……」


 まぁ、里桜は色々な部を兼任してるからな。

 副会長になるなら、俺が妥当か……。


「んじゃ、書くか」


 俺も名前を書いていく。


「はい、里桜」

「おかーさんから連帯保証人にだけはなるなって言われてるからー!」

「連帯保証人ではないわ。三人いないと同好会を作れないのだからさっさと名前を書きなさい」


 西亜口さんに促されて里桜も名前を書いていった。

 これで創部届け完成か。


「あとは、そうね……。合宿所の前にデカデカと『日本文化研究会』の看板を立てかけておけばいいわ。なにか適当な板はないかしら?」

「あー、それならうちに空手の板割り用の板あるよー!」

「そう。なら、持ってきてもらえるかしら」

「おっけー!」


 里桜が出ていった。


「油性マジックペンはあるかしら?」

「え、あ、ああ……あったと思う。探してくる」


 俺も里桜に続いて階段を降りる。

 確か一階の棚に太めの油性マジックペンがあったはず。


 文房具とかが入っている棚を探して、五分ほど。

 目当ての極太マジックペンが見つかった。


「板持ってきたよー!」


 玄関から里桜も入ってくる。

 よし、みんな揃ったか。


「西亜口さん、板ー!」

「マジックペンあったぞ」

「ご苦労。貸しなさい」


 さすが会長。すでに貫禄十分だ。

 西亜口さんは俺たちから板とペンを受け取ると、さっそく文字を書き始めた。


「少し書きづらいわね……でも、書道を極めたわたしに不可能はないわ」


 さすが西亜口さん。書道までできるのか。


「……」


 西亜口さんは板を前に静かに精神統一をする。

 そして、カッと目を見開き文字を書いていった。


「……こんなものかしらね」


 西亜口さんがペンを置いた。

 板には見る者を圧倒するような達筆で『日本文化研究会』と書かれていた。


「わーーーー!? すげーーーー!?」

「おおおおお……!」


 さすが西亜口さん。

 略して、さすしあ。


「わたしは書道も茶道も華道もできるわ。折に触れて教えてあげる」

「西亜口さん、すげー! あたし全部できそうにないーーー!」

「おおおお……」


 もう驚くしかない。さすしあ無双である。

 ……というか、日本文化研究会って西亜口さんから俺たちがなにか教わるべきなのでは。俺たちが教えることなんてない。


「さて、これで一応これからの戦略は決まったわね」


 戦略か……。西亜口さんの言葉のチョイスはいちいち物騒だが、それぐらいの意識を持つべきなのかもしれないな。


「あとは……そうね。個人的な決着も早くつけるべきなのかもしれないわね…………日曜日に超危険人物も来るしね」


 超危険人物――未海のことか。

 個人的な決着……って、つまり、それは……?


「……まあ、あとで祥平にメールをするわ」

「ちょっとー! あたしに内緒の話しないでよー!?」

「これはプライバシーに関する話なのだから、あなたの入る余地はないわ」


 俺と西亜口さんの過去に関するプライバシー的な話というと。

 やはり、あの幼稚園の頃に出会っていた女の子のことかな……?


「さて、今日は帰るわね」

「えっ、じゃあ、おかーさんに頼んで送ってもらおうよ」

「いいえ、ひとりで帰りたい気分だわ。タクシーをまた呼ぶわ。お金はいくらでもあるしね。たまには経済を回さないと。持っている者が存分に金を使う。ロシアで教わったことよ」

「えー、でも、無駄づかいはダメだってー! それに、ほら、西亜口さん。せっかくだからニャン之丞に会ってってよー!」


 その名前が出た途端、西亜口さんの表情が変わる。


「……ニャ、ニャン之丞……ニャン之丞は元気なの?」

「うん! 毎日遊び回ってるよー! あたしもおかーさんもすっかりニャン之丞なしの生活は考えられないぐらい!」

「そ、そう……」


 最初にかわいがっていた西亜口さんとしては複雑な心境かもしれない。


「せっかくここまで来たんだから寄ってってよー! おかーさんも西亜口さんのこと大好きみたいだしー!」

「……う、うぅ……」


 西亜口さんは悩んでいるようだ。

 ここは背中を押してあげるのが俺の役目だろう。


「そうだよ、西亜口さん。せっかくだしさ。俺もニャン之丞に会いたいし」

「……。……そ、そうね。祥平まで、そう言うのなら……」


 逡巡したものの最後には西亜口さんは頷いてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る