第13話「ロシア語がほとんどしゃべれない日露ハーフとカップラーメンシェアタイム」

「では、いただきましょう。パッケージの正面下側に口をつけて食べるようにしなさい」

「わ、わかった。それじゃ、いただきます」


 西亜口さんは慣れた手つきで箸を操りズルルッと音を立てて面を啜った。

 そして、笑みを浮かべ、


「Вкустно(フクースナ)!」


 謎の単語を発した。

 西亜口さんの口から初めてロシア語らしき言葉を聞いた。


「ふふ、どういう意味かって顔をしてるわね?」

「え、あ、ああ……どういう意味なんだ?」


 俺って、本当に思っていることが顔に出やすいんだな……。

 それとも西亜口さんはスパイだけあって、人の心を読むのが上手いのだろうか。


「Вкустноは美味しいって意味よ」

「そうなんだ」


 西亜口さんは流暢な日本語をしゃべっていたから、もしかするとロシア語はしゃべれないんじゃないかと思っていた。


「ちなみに、ほかはХорошо(ハラショー)とСпасибо(スパシーバ)しかくらいしか使えないわ。意味は素晴らしいとありがとう」


 そのふたつなら聞いたことがある。

 って、西亜口さんの使えるロシア語って単語三つだけか!


「ほら、あなたも麺が伸びないうちに食べなさいな」

「そ、そうだな。それじゃ、いただきます」


 促されて俺もしょうゆラーメンを啜る。


 西亜口さんが時間にこだわっただけあって、麺は硬すぎず柔らかすぎず丁度いい。

 スープも即席麺のものとは思えない芳醇な香りと深い味わい。


「……すごい。カップラーメンとは思えないぐらい美味い」

「そうでしょう!? このカップラーメンに出会うまでずいぶんと時間がかかったわ。しょうゆ味ならこれが一番よ!」


 西亜口さんは誇らしげに胸を張る。


「ほら、こっちのとんこつラーメンも食べてみなさい。とんこつならこのメーカーが一番なのよ!」


 そう言って西亜口さんは自分の食べていたとんこつラーメンを俺の前にズイっと差し出した。


「ほら、食べてみなさいな!」

「え、あ、ああ……」


 こっち側から食べるので間接キスにはならないけど……でも、西亜口さんとカップラーメンをシェアするのは緊張する。


「じゃ、いただきます」


 西亜口さんにガン見されながら、とんこつラーメンの麺を啜りスープも飲む。


「――っ!? う、美味い!」


 なんだこのありえない美味さは。

 俺は、こんな美味いラーメンを一度として食べたことがない!

 本当に、これ、カップラーメンか?


「ふふふ♪ どう? 美味しいでしょ? これがわたしが見つけた至高の一杯よ!」


 西亜口さんは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。

 西亜口さんって、こんな笑顔もできるんだな。


 なんというかわいさだ。つい見惚れてしまう。

 もうこれ完全に天使じゃないか。恐るべし日露ハーフ。

 まさにロシアと東洋の神秘。おそロシア。


「あら、どうしたの? わたしの顔になにかついてる?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて……その、西亜口さんが、すごくかわいかったから……」

「――っ!? ちょ、ちょっと、あなた、食事中にわたしを口説こうとしてるの?」

「い、いや、そんなつもりはなくて……西亜口さんの笑顔がかわいすぎて見惚れたというか……」

「か、かかか、かわいいっ……」

 

 西亜口さんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「って、食事中の妄言は禁止よ! ラーメンに対して集中するべきだわ!」

「あ、ああ……」


 妄言と言うか率直な感想なのだが……。

 ともかく今はラーメンを食べよう。


 俺たちはラーメン交換を終えて、再びそれぞれのラーメンを食べ始めた。

 ズルズルというラーメンを啜る音だけが広間に響いていく。


 ……俺としても反省だな。すぐに思ったことを口にするのはやめねば。

 まあ、西亜口さんがかわいすぎるのがいけないんだけど。


「……ほら、残りはあなたにあげるわ。スープもしっかり飲みなさい」

「あ、ああ。それじゃ、俺のほうも……」


 再びカップラーメンを交換する。

 そして、今度はスープを中心に味わう。


「本当に美味いスープだな」

「でしょう? あなたにカップラーメンの美味しさを布教できてよかったわ!」


 西亜口さんは本当に嬉しそうだった。

 ここまで喜んでもらえれば俺も布教されてよかったと思える。


「今度あなたの家にもカップラーメン持っていってあげるわ」

「えっ、でも、これ高いんじゃ」

「箱買いしてるから割安で買えたのよ。いっぱいあるから分けてあげるわ!」


 俺の食生活は西亜口さんによってコントロールされそうだった。


 カップラーメンってあまり身体によくなさそうなんだけど、西亜口さんは痩せてて肌艶もいいんだよな。不思議だ。


「な、なによ、またこちらの顔を見て……! なにもついてないでしょう?」

「いや、まぁ、西亜口さんの肌って綺麗だなって……」

「き、ききき、綺麗ではないわよっ! ロシアではありふれた肌というか、わたしは底辺レベルよ!」


 おそロシア。シベリアには西亜口さんのような美肌がワラワラいるのか。


「……まったく。あなたはわたしをおちょくっているのかしら? それともわたしに羞恥を与えて寿命を縮めるつもり?」


 西亜口さんは頬を赤らめつつジト目でこちらを見てくる。


「いや、俺は思ったままを口にしているだけだから」


 気をつけようと思ったが、やはり西亜口さんを前にすると思ったことを素直にそのまま口にしてしまうのだ。


「……あなたはタチの悪い天然ね」


 西亜口さんのほうが天然な気もするけど……。


「……まあ、いいわ。あなたの言動に惑わされることなく、わたしはこれからの人生を歩んでいくことにするわ」


 スケールが大きかった。

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