第12話「災害級の料理スキルとカップラーメン教の熱烈な信者な西亜亜口さん」

「あなたはそこの広間で休んでいて。わたしは用意してくるわ」

「あ、ああ」


 階段を上がって左に広間があり畳敷きになっている。

 西亜口さんは右側の廊下を進んでいった。


 ……なんだ? まさか西亜口さんは手料理を振る舞ってくれるのか?

 でも、さっき買ってあるって言ってたよな?

 なにか温めるのだろうか。


 よくわからないながらも、今の俺には待つことしかできない。

 広間に入って腰を下ろした。


「さすが合宿所の広間。広いな」


 帰宅部の俺には一生無縁の場所かと思っていたのだが……。

 百人くらいは入れそうだ。


 窓の外を見てみると校長室前の庭園が見下ろせる。

 見事な日本庭園だ。錦鯉なんかも泳いでいる。


 これがジャパニーズ・ワビ・サビの世界か。金あるな……うちの学園。

 そんなことを思いながら、ぼーっと庭園を眺めて過ごす。


「待たせたわね」


 背後から西亜口さんに声をかけられた。


 振り向いた俺の視界に入ってきたのは、お盆にカップラーメンをふたつのせた西亜口さんだった。

 ちなみに、とんこつ味としょうゆ味だ。割り箸がフタの上にのっている。


「えっ? あ、そうか……。カップラーメンにお湯を入れていたのか……」

「なによ、その微妙に残念そうな表情は? まさかボルシチやピロシキでも出てくると思ってたの?」

「い、いや」


 もしかすると西亜口さんがなにか作ってくれるのかと期待していたけど――まあ昼休みの短い時間で料理ができるわけないか。


「……ちなみに、わたしの料理スキルは壊滅的よ。災害級だわ」


 災害級?


「……危うくシベリアの屋敷が全焼するところだったわ」


 遠い目をする西亜口さん。

 

「……あとは、試食した家族とメイドが全滅しそうになったこともあったわね……病院が近くなかったら、みんな死んでたわ……」


 うん、これは危険だ。


「……そういうわけで、わたしが唯一できる災害につながらず人体に有害ではない料理がカップラーメンよ」


 ありがとうカップラーメン。

 お湯を注ぐだけだから料理じゃないけど。


「シベリア暮らしが長いわたしにとって料理と言えば温かいものなのよ。そうじゃないと落ち着かないの。購買の冷めたパンやおにぎりでは心が満たされないわ。そして、食堂で温かいものを食べるといっても周りのリア充がうるさいじゃない? あとは他人の出した料理には毒が入っている恐れがあるわ。常に毒殺に気を使うのがわたしたちスパイにとっての常識よ」


 さすが西亜口さん。ブレない。おそロシア。


「というわけで、カップラーメンは優秀な食糧なのよ。特に日本のカップラーメンはいろいろな種類があって楽しいわね。ついついカップラーメンマニアになってしまったわ」


 西亜口さんは、かなり不健康そうな暮らしをしていた。


「ともかく、いただきましょう。あなたは、どちらのラーメンがいい? どちらのカップラーメンもわたしが選んだ至高のカップラーメンよ」


 目の前の机に置かれたカップラーメンはどちらも値段が高めのシリーズだ。

 俺も、このシリーズのみそ味なら食べたことがある。


「えっと……俺はどっちでもいいけど」

「……そう。なら、わたしは……とんこつ味にしようかしら。でも、しょうゆ味も捨てがたいわね……」


 西亜口さんはカップラーメンを見て真剣に悩んでいた。


「そうだわ。半分こにしましょう」

「ええっ!?」


 カップラーメンを半分こ!?


「わたしの選んだ至高のカップラーメンなのだから、あなたにどちらの味も知らしめたいのよ。……べ、別に、わたしがどちらの味も楽しみたいからじゃないのだからね!?」


 西亜口さんはかなり食いしん坊なんじゃないだろうか。

 いや、それよりも――。


「なにか取り分ける皿、ドンブリ的なものはないのか? まさかこのままカップラーメンをシェアするのか?」


 女子とカップラーメンをシェアするなんてハードルが高い。

 下手すれば間接キスの危険がある。


「そんなの邪道だわ! カップラーメンはカップで食べてこそ意義があるのよ!」


 西亜口さんはカップラーメン教の熱烈な信者だった!


「で、でも……か、間接キスの危険性があるんじゃないか……?」


 女子相手に「間接キス」という単語を口にしたくなかったのだが、ヒートアップしている西亜口さんには冷静になってもらうしかない。


「――っ!?」


 驚愕の表情になる西亜口さん。

 って、その可能性に気がついていなかったのか!?


「……わ、わたしとしたことが……そんなことにも気がつかないだなんて……」

「やっぱりドンブリ持ってきたほうが……」


 しかし、西亜口さんはキッと俺のことを睨み返す。


「こうなったら反対側に口をつけて食べればいいわ! ドンブリ探して持ってきてる間に麺が伸びちゃうし! わたしはベストのタイミングで持ってきたのよ!」


 西亜口さんのカップラーメン愛は、とてつもなく熱かった。


「ほら、早くフタを開けるのよ!」

「あ、ああ!」


 カップラーメン(とんこつ)のフタを剥がす西亜口さんに習って俺もカップラーメン(しょうゆ)のフタを剥がした。


 途端に、スープの良い香りが漂う。


「これよ、これ! ああ、この匂い! まさに東洋の神秘! ジャパニーズカップラーメンは至高中の至高! まさに芸術! 国宝!」


 目の色を変えてカップラーメンを褒め称える西亜口さん。

 本当にカップラーメンが好きなんだなぁ……。


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