第11話「野良猫系彼女から犬扱いされる」
「……入口の鍵、開いてるな……」
合宿所のドアを開けて中に入ると――。
「ドアの鍵は締めるわ」
「うわぁっ!?」
西亜口さんが、すぐ横にいた。
「しっ! ここで会っていることがバレたらマズイでしょう?」
「……あ、ああ……」
学園では不干渉だと思ったのに意外だ。
って、合宿所にふたりっきりってどういうことだ!
「え、えっと……鍵はどうしたんだ?」
「この学園の理事長は父の古くからの知りあいなのよ。それで多少の無理は効くの」
なんと。意外なところで繋がりがあったんだな。
しかし、なんで西亜口さんは俺を合宿棟に呼んだんだろうか?
「なぜ呼ばれたのかって顔をしてるわね?」
「あ、いや……」
コミュニケーション能力に乏しい俺は、すぐに感情が顔に出るのだ。
一方で今日の西亜口さんは完璧に女帝モード。
昨日のポンコツっぷりが嘘のようだ。
「それはほかでもないわ。わたしの話し相手になるためよ」
「えっ……!?」
「……なによ、不満?」
「い、いや、そんなことはないけど……」
それは思ってもない方向性だ。
あの孤高の永久凍土女王が学園で話し相手を求めるとは。
しかも、俺とは。
「……ところで。あなた、昨夜はメールを寄越さなかったわね?」
「えっ? あ、ああ、ごめん。いきなりメールを送るのは悪いかなと思って」
「……甘い。甘いわ。ホウレンソウは基本中の基本よ」
「ホウレンソウ?」
「報告連絡相談。報連相よ」
それはたぶんビジネスマナー的なものではないだろうか……?
「あなたはわたしの監視対象なのよ。そのわたしに対して連絡は小まめに入れるべきだわ」
「昨日、三日に一回って言ってなかった?」
「……一日に一回にしなさい。…………昨日、ずっと待ってたんだから……」
最後はこちらから視線を逸らしながら、消え入りそうな声で呟く。
ま、マジか……。
あの西亜口さんが俺なんかからのメールを待っていただなんて。
「ご、ごめん、それじゃ、毎晩メールするようにするよ」
女子に送るメールなんて、どんな文面にすればいいのか見当もつかないけど……しかも、西亜口さんに対してだなんてハードルが高すぎる。
「……それはそれとして。あなたに訊きたいことがあるわ」
「な、なんだ?」
またスパイかどうか尋問されるのか?
しかし、西亜口さんの口から出たのは意外な質問だった。
「昨日の、ええと……北瀬山さんのことだけど」
「え、里桜のこと?」
「ええ。あなたの幼なじみなのよね?」
「あ、ああ。昨日言ったとおりだよ」
「ふむ……」
西亜口さんは考えこむ素振りを見せる。
そして、なぜか少し顔を赤くしながら訊ねてきた。
「……ど、どんな関係なの?」
「……は?」
「だ、だから! あなたたち妙に親しかったじゃない! ほ、本当はつきあってたりするんじゃないの!?」
俺と里桜がつきあう?
「ないない、ありえない」
今まで里桜を異性として意識したことがない。
武道をやっていて超強い里桜は、むしろ頼りになる兄貴感すらある。
「……本当? 実はあんなことやこんなことしてるんじゃないでしょうね?」
「してない、してない。絶対にありえない」
「……ふうむ」
西亜口さんからジト目で見つめられる。
なんで俺は西亜口さんから幼なじみとの関係について疑われなきゃいけないんだ。
まるで彼氏の浮気を疑う彼女みたいじゃないか。
「……まあ、いいわ。この件は保留しておくことにして。今度はあなたの過去について訊くわ」
「俺の過去?」
「ええ。あなた……幼い頃、女の子と約束しなかった?」
「……約束?」
そんなものした覚えはない。
「……記憶にない、という顔ね」
「あ、ああ……」
幼い頃の記憶なんて、ほとんど残ってない。
といっても、幼稚園の頃に西亜口さんと似た黒髪の女の子と遊んでいたという記憶だけは朧げにあるが……。約束をした記憶はない。
「……むう」
西亜口さんの表情が険しくなった。こちらを睨みつけてくる。
視線がクールを超えてコールドの域に達した。
「……やはり、あなたには罰が必要だわ」
「な、なぜ」
「わたしが罰を与えたいからよ」
答えになってない。
やはり幼稚園の頃に遊んだあの黒髪の女の子は西亜口さんなのか?
ここまで西亜口さんが不機嫌になるということは、その可能性は高いかもしれない。約束とやらを忘れていたことに対する怒りだろうか。
「……えっと、その、西亜口さんって……昔は髪の色、黒くなかった……?」
気になっている点を切りだしてみる。
「――っ!?」
西亜口さんの顔色が変わった!
これは、やはり、そういうことなのだろうか?
「……そ、そ、そ、それについてはトップシークレットだわ! ノーコメントよ!」
えぇー……。
せっかく西亜口さんと昔遊んでいた女の子が繋がりそうだったのに。
「と、ともかく……お昼を食べましょう。あなたのぶんも買ってあるわ」
「えっ、俺のぶんも?」
「そうよ。朝買ってきて、合宿所の台所に置いてあるわ」
西亜口さんはいつも購買で見ないし教室で弁当を食べている気配がなかったので不思議だったのだが……いつもここで食べていたのだろうか。
「ちなみに、わたしは昼は抜くことも多いわ。でも、たまに食べるときはここで食べることにしているの。学園生活は危険がいっぱいだからね。安全地帯で食べないと」
西亜口さんはまるで野良猫のような警戒心の持ち主だった。
「学校というところは恐ろしいところだと聞いてるわ。スクールカーストによって支配され常に組同士の抗争が繰り広げられている」
なんだその無茶苦茶な世界観は。
組同士の抗争って暴力団じゃあるまいし。
「ゆえにわたしは派閥争いや組同士の抗争から逃れるためにボッチになる道を選んだのよ。……べ、別にコミュニケーション能力が低いからじゃないんだからねっ!」
最後は熱く強調していた。
最後は昔懐かしツンデレみたいな口調だ。
「……まあ、とにかく……ご飯よ。こっちへ来なさい」
まるでペットにエサをやるような感じで合宿所の奥へ向かう西亜口さん。
こんな状態でついていくのもどうかと思うが、今の俺にはメシがない。
ついていくほかない。
「ポチ、エサよ」
「犬か!」
俺はいつから西亜口さんの飼い犬になったのだ。猫扱いより屈辱的だ。
ともあれ西亜口さんについて合宿所の二階へ。
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