第8話「圧倒的帰宅」
「し、し、し、死ぬかと思ったわ……!」
阿鼻叫喚の地獄絵図ドライブが終わり(といっても免許取得以来梅香さんは無事故無違反らしい)、ようやく西亜口さんのマンションに辿りついた。
西亜口さんは絶叫と悲鳴を発するだけの存在になっていたので、俺が駅前マンションまでのナビをした。クラスメイトの雑談を寝たふりをしながら聞いていた甲斐があった。
しかし、すごい立派なマンションだな……。
こんなところに住んでいるとは西亜口さんの家は金持ちなのか。
「……こ、ここで結構よ。……じゅ、寿命が何年か縮まったわ……ハッ!? まさかスリリングな運転をすることで心臓発作を起こし、わたしを合法的に暗殺するつもりだったのね!?」
今回ばかりは西亜口さんの被害妄想で片づけられない程度には運転が酷かった。
「あら、これでもいつもより安全運転してたつもりなんだけど……ごめんなさいね、おばさん、運転下手で……」
そして、梅香さんには自覚がなかったようで落ちこんでいた。
シュンとした様子の梅香さんはかわいい。女子大生ぐらいにしか見えない。
「……と、ともかくお礼は言うわ。送っていただき、ありがとうございます……」
ただでさえ色白なのに西亜口さんは真っ青だ。足の怪我は悪化しなかったかもしれないが心に深い傷を負わせてしまったかもしれない。里桜が頭を掻きながらフォローの言葉を入れる。
「ごめんごめん、うちのおかーさん運転すごい下手というかエキサイティングで……あと、これ湿布の替え。あ、持てる? というか歩ける?」
「ありがとう。……うん、だ、大丈夫だわ。いくらかよくなったみたい」
西亜口さんは里桜から湿布の入った箱を受け取った。
そして、俺にチラリと視線を向ける。
「……今日はお騒がせしたわね。少々先走ったことは認めるわ」
「い、いや、俺もなんというか変にテンパっていたというか焦りすぎてた……」
まさかあの西亜口さんとこうして会話をできる日が来るとは思いもしなかった。
今こうして話していても夢のようだ。
「……それじゃ、ご機嫌よう」
西亜口さんの別れの挨拶はお嬢様風だった。
「ご、ごきげんよう」
「えっと、ごきぶりよう、じゃないや、ごきげんよう?」
俺と里桜の庶民コンビは挙動不審になりながら返した。
西亜口さんは懐からカードキーを取り出すとマンションの中へ入っていった。
大理石がふんだんに使われたエントランスは高級ホテルと見紛うばかりだ。
「というか、すごい高級感だな……」
「う、うん! あたしたち場違い感すごいよね!」
やはり西亜口さんはすごいところのお嬢様なのだろうか。露西亜では豪邸に住んでいたのだろうか。いろいろとエキセントリックなところもあるし、謎が多すぎる。
「それじゃ、帰りましょうか~♪」
ともあれ梅香さんの車に乗り――再び修羅の阿鼻叫喚地獄ドライブを強制堪能させられてから北瀬山家まで帰った。
「祥平くん、よかったらご飯食べていかない?」
「そうだよ、食べていきなよー! 西亜口さんとのこともっと訊きたいしー!」
武道の達人×2から迫られると圧がすごい。
ふたりともすごい西亜口さんのこと気に入ってるみたいだしな……。
「……それじゃ、お言葉に甘えて御馳走になります……」
というかこれは逃げられる状態じゃない。
俺は尋問を受ける容疑者のような心持ちで北瀬山家の門をくぐった。
玄関の前には三毛猫が待っていて、ニャーと鳴いた。
すっかりおまえ、ここの家の猫みたいだな。
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