第7話「幼なじみの最強母とテンパる西亜口さん」

「……もうこうなったら煮るなり焼くなり拷問するなりすればいいわ……」


 西亜口さんは観念したように項垂(うなだ)れた。

 いや、そんな酷いことしないけど……。


「ともかく、まずは治療。あたしの家に行こ! 西亜口さん、おんぶしてあげるから!」

「ひぃいっ!? これ以上わたしを辱めないでちょうだいっ……!」

「いいから、いいから。ほら、行こう」


 里桜は西亜口さんを背負うと北瀬山家に向かって歩き始める。

 俺も続いた。ちなみに北瀬山家はうちから五分ぐらいの距離だ。


「お母さーん、ドア開けてー!」

「……あら、どうしたの里桜?」


 ドアが開いて里桜の母親――梅香さんが顔を出した。

 四十代前半のはずだが、二十代後半で通じそうなぐらい見た目が若い。

 里桜と対照的に落ち着いた雰囲気だが梅香さんも武道の達人である。


「うん、ちょっと友達が足をくじいちゃってさー。湿布お願い。あと車で送ってあげてほしいんだ」

「はにゃっ!? と、友達っ……!」


 西亜口さんが謎の鳴き声を上げて驚いている。

 なにこのかわいい生き物。


「えっと、正確にはまだ友達じゃないかもしれないけど、でも、あたしは友達になりたいというか……ともかく治療してあげてー!」


 玄関に入った里桜は西亜口さんを上がり框(がまち)に下ろした。


「あら、すごい美人さんじゃない! お人形さんみたい!」

「ににに、人形じゃないですし! 美じゃない人ですし!」


 西亜口さんはかなりテンパっていた。

 西亜口さんは見た目はクールだけど、かなり緊張しやすい性格なのかもしれない。


「ふふふ、かわいいわねぇ♪」


 そんな西亜口さんをニコニコしながら梅香さんは見守る。


「それじゃ湿布持ってくるわね」


 梅香さんは軽やかな足取りで廊下を歩いていった。


「……な、な、なんなのよ、この母性……。これがジャパニーズマザー? ちまたで噂のバブみとかいうやつ? バブ・ミー?」


 西亜口さんは顔を赤くしながら、そんなことをつぶやいていた。

 西亜口さんの脳内は時代劇系の知識とオタク系の知識で構成されているらしい。


 というか、けっこう面白いキャラなんじゃないのか、西亜口さん。

 日露ハーフなのにロシア語を一度もしゃべってないのは気になるが。


 そこで里桜が西亜口さんの前でしゃがみこんで声をかけた。


「んと、西亜口さん、ごめん、靴と靴下脱がせるね」

「え、えっ? そんな……わたしをくすぐり地獄の拷問にかけるつもり? あなた、まともそうな顔してマニアックな趣味ね」

「違う、違う、湿布貼れるようにしないと!」


 西亜口さんと話すと会話脱線率が高いので意思疎通が大変だ。

 まあ、面白いからいいけど。


「い、いやよ! こんな男子も見ている前で素足を晒すだなんてっ……!」

「でも、脱がさないと治療できないから。じゃあ、ほら、祥平! こっち見ない!」

「えぇえ……」


 そんなに素足を見られることは女子高生的にNGなのだろうか?

 乙女心はよくわからないが、とりあえず視線を逸らしておいた。


「里桜、湿布持ってきたわよ~」

「ありがとう、おかーさん! 西亜口さん、このあたりだよね?」

「え、ええ……」


 さすが武道をやっているだけあって里桜は慣れた手つきで西亜口さんの足に湿布を貼っていった。……って、つい見てしまった。西亜口さんの足の指、すごく細い。


「それじゃ送っていきましょうか。祥平くんも一緒にね♪」

「え、俺もですか?」

「ひぃいっ!? 車内でなにをする気っ!? わたしにいかがわしいことするのねっ!? 秋葉原で売ってる同人誌みたいに!?」


 西亜口さんはすっかりビビりモードになっていた。

 しかし、そんなふうに思われるのは心外だ。


「だいじょぶ、だいじょぶ! あたしがついてるから! というか祥平は軟弱だから! 変なことしようとしたら半殺しにするから! むしろ七割五分以上殺すから!」


 俺の扱いが酷すぎるのだが……。そんなふうに思われるとは微妙に傷つく。

 いや、肌色多めのラノベ好きなのは認めるけど。でも、リアルと趣味は別だ。

 俺は清く正しく美しい童貞なんだ。


「ふふ、面白い子ねぇ♪ 祥平くんのことは昔から知ってるけどとってもいい子だから平気よ♪ 里桜も祥平くんも友達作るの苦手だから、よかったら友達になってあげてね♪」


 梅香さんがニコニコしながら言うと、西亜口さんもパニック状態から落ち着いていった。


「………………そ、そうね……か、考えないでもないわ……」


 西亜口さんは消え入りそうな声でつぶやく。

 クラスの連中をあれだけ拒絶していた西亜口さんがそう言ってくれるとは。

 ま、まぁ……俺も西亜口さんと友達になれたら……とは思うけど。


「それでは行きましょうか♪」


 というわけで――俺たちは梅香さんの運転するスポーツカーに乗って(三毛猫は玄関先に移動して俺たちを見送ってくれた)西亜口さんを高級マンションまで送ることになった。


「さあ、行くわよぉ~♪」


 って、しまった! 梅香さんの運転はメチャクチャ荒いんだった!


 ――ドギャギャギャギャギャーー!


「わーっ! おかーさんいきなりアクセル踏みすぎぃ!?」

「ふぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 車内は絶叫マシーンさながらの恐怖のどん底に陥るのだった……。

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