☆4

「有澤さん」

 アリスは読書に夢中で、声をかけられたことに気づいてない。

 放課後の教室。独り席に座り、ストーリーにのめり込んでいた。クライマックスシーンに入り、家まで我慢できなかったのだ。

「有澤さんっ」

 今度は耳元で聞こえ、さすがに顔を上げた。

 覗きこむ細いつり目。おかっぱの髪。

「鬼塚さん……」

 同じクラスの女子、鬼塚チアキ。話しかけられたのは初めてだった。

「なに読んでるの?」

 しおりを挟んで中断し、しぶしぶ表紙を見せる。

「別世界ファンタジー。やっぱり。いつも読んでるよね。別世界ファンタジー」

 半分うわの空でうなずく。

「わかるなあ。すごくわかる」

 チアキは一方的に話し続ける。

「入り込んじゃうでしょ、別世界に。ウサギの後を追いかけて、穴に飛び込んで、別世界に行っちゃうタイプ。もしや……実は行ったことある?」

 アリスは力なく笑った。

 チアキは前のめりになる。アリスの眼をしっかり見据え、

「思うんだけどさ。有澤さんって、別世界のほうが合ってるんじゃないかな」

「……え?」

「こんな現実世界より、別世界で生きるほうが合ってると思う。有澤さんは」

 アリスは顔を横に向ける。胸が少しざわついた。

「行きなよ。別世界に」

「そんな……」

「行きなって。現実世界なんか一つもいいことないよ。幸せになろうとしても、無理。学校に通っても意味ないから」

「でも……」

「ぜったい行くべき。別世界に。明るい未来が待ってるよ」

「う……うん……」

 チアキは腕を組み、真面目な顔で、

「問題はどうやって行くかだけど……」

 本気なの? そんなアリスの目顔も意に介さず、

「調べておくよ。ネットで。任せて」

 そう言い残し、チアキは立ち去った。

 アリスは胸がドキドキしてしまい、読みかけの本をいつまでも開くことができなかった。


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