第128話 商家アルトの行く末
翌日
俺は午前中は騎士養成学校の講師を行い、午後はルナちゃん、サーヤちゃんと共に商家アルトへと向かった。
そしてサーヤちゃんに商家アルトで働く従業員を集めてもらい、これまでの顛末を話した。
エゾルが二人の両親を殺害したこと、ルナちゃんとサーヤちゃんを殺そうとしたこと、エゾルがお店の金を持ち逃げしてどこにあるかわからないこと、エゾルがドミニク皇子の手によって処罰されたことを。
商家アルトで働く従業員はベップを抜かせば8人おり、俺がエゾルのことを話すと7人の従業員の顔がみるみると青くなり視線を外し挙動不審になった。
唯一話をして様子が変わらなかったのは、昨日サーヤちゃんの居場所を聞いて答えてくれた若い女性店員だけだ。
ほとんどの従業員はエゾルの手の者だったのか⋯⋯。
俺はルナちゃんとサーヤちゃんはこの事実に落ち込んでいるんじゃないかと思い視線を向けるが、2人は何やら決意をした表情をしていた。
「みなさん、今日はお集まり頂きありがとうございます。突然ですが商家アルトは本日を持って閉店とさせて頂きます」
ルナちゃんの言葉に従業員達が驚きの声を上げる。
「店が無くなったら私達の生活が⋯⋯」
「突然店を閉めるなんて酷すぎます」
従業員達の動揺が広がり、周囲はルナちゃん達を攻める言葉に変わっていく。
「ですがお店のお金は叔父が全て持ち逃げしてしまいましたので今後お店を続けるのは不可能です」
「そんなことは関係ない。身内が犯した罪だから身内が取るべきだ」
サーヤちゃんが冷静に店の現状を伝えるが、従業員達の不満は止まらない。2人が子供だからと言って強気に出ているのだろうか。さすがにこの状況を見ていられないな。
「店を閉める理由はお金だけの問題じゃない。それはあなた達が一番わかっているんじゃないか? 信用できない人と一緒に働けるわけないだろう?」
俺の言葉を聞くと従業員達は見に覚えがあったのか項垂れて何も言えなくなり、辺りは静寂を取り戻す。
ただ、若い女性店員だけは何のことかわからないのか頭にはてなを浮かべていた。やはりこの娘だけはルナちゃん達の両親殺害について何も知らなかったのだろう。
「くっ!」
そして従業員達は恨めしそうな顔をして部屋から出て行く。そんな中、事情を全く知らない若い女性店員だけが部屋に残っていた。
「え~と⋯⋯どういうことですか?」
「どこまで把握していたかわからないけど、君以外の人達はエゾルのしていた悪行に手を貸していた可能性がある」
「それって本当ですか?」
「ああ、だから俺が間接的にそのことを指摘したら皆出ていってしまったというわけさ」
「えっ? 私、そんな人達と働いていたの!」
女性店員は顔をしかめ、従業員達が出ていったドアの方に顔を向け嫌悪感を示す。
「ナーシャさん申し訳ありません」
そしてそんな女性店員ことナーシャさんにルナちゃんとサーヤちゃんが頭を下げる。
「い、いえ⋯⋯私こそ何も知らずにすみません」
「ナーシャさんは何も悪くありません。むしろ私達のゴタゴタに巻き込んでしまって⋯⋯後でちゃんとお詫びの分も含めて給金をお支払い致しますので」
「ありがとうございます。その⋯⋯大変だと思いますが頑張って下さいね」
自分だって急に仕事が無くなって被害者なのに姉妹を気遣っている。ナーシャさんは本当に良い人なんだな。
こうしてナーシャさんも部屋から去り、この場には俺達だけとなった。
「さて⋯⋯ユクトさんもう少しお付き合い願えませんか?」
「いいよ。何かやることがあるの?」
今日は他に予定は入っていないので夜まで二人のために時間を使おうと思っていたのでちょうどいい。
「それではこれからここを⋯⋯商家アルトを売るための手続きに付き合って頂いてもよろしいですか?」
「私とお姉ちゃんは子供なので⋯⋯ユクトさんが一緒にいて頂けると助かります」
2人はここを手放すというのか。両親と暮らしたこの店を。
「ルナちゃんもサーヤちゃんもそれでいいのか? ここは2人が生まれ育った場所じゃないのか?」
「現実問題としてお金がありませんので」
「これから暮らしていくためにしょうがないです」
2人とも言葉では納得しているように見えるが、表情が伴っていなかった。ボロボロと涙をこぼし、床に染みがどんどん広がっていく。
誰が見ても2人は商家アルトを売ることに納得していないのは明らかだった。
ルナちゃんとサーヤちゃんはこの期におよんでまだ二人だけで生きていくことを決断するようだ。
これはしっかりと話をしないとダメだな。
これから一緒に暮らしていくのだから。
俺はルナちゃんとサーヤちゃんの側により、椅子に座っている2人を抱きしめる。
「あっ」
「ユ、ユクトさん⋯⋯」
2人は突然抱きしめられて驚きの声を上げるが、俺はそのまま言葉を続ける。
「2人とも無理しなくていい。もしここを売ってしまったら両親との思い出の場所を一生無くすことになるかもしれない」
「もう⋯⋯そうするしか⋯⋯」
「このままうちに住めばいいさ」
「で、でも⋯⋯迷惑じゃ⋯⋯」
「そんなことない。むしろこのまま2人を家に連れて帰らなかったら俺が娘達に怒られてしまうよ」
実はルナちゃんとサーヤちゃんがアルトを売ると言い出すことも予想していたので、昨日のうちに娘達と2人をどうするか話をしていた。
すると満場一致でうちで引き取る意見になったので迷惑だということはない。
「俺は2人の親にはなれないけど見守る存在になりたいと思っている。だから一緒に暮らさないか?」
今ここでこの子達を放り出すことはあまりにも不憫すぎる。何とか大人になるまでは力になって上げたい。
そして2人は俺の問いに顔を合わせ⋯⋯。
「「よろしくお願いします」」
笑顔で頷いてくれるのであった。
ルナちゃんとサーヤちゃんがうちで暮らすことを承諾した後、俺達は自宅へと向かっていた。
「そういえば」
「どうしたの?」
ルナちゃんが突然何かを思い出したのか話しかけてきた。
「さっきユクトさんは私達を見守る存在になりたいって言ってくれたけど⋯⋯」
「あっ! お姉ちゃんもそこの所が気になったの?」
何だ? まさか2人とも別に私達のことは見守らなくても良いですって思っているのか? 知り合ったばかりの俺にそんなことを言われても困惑するだけだったか。
だがこの後の2人の言葉は、俺の予想とは大きく異なっていた。
「ユクトさんには見守る存在だけじゃなくもう1つお願いしたいことがあるの」
「やっぱりお姉ちゃんもそうなんだ」
俺には全くもって検討がつかないが、どうやらルナちゃんとサーヤちゃんが思っていることは同じらしい。
「それはどんなこと?」
俺は気になって問いかけるが返事は来ず、2人は何やらモジモジしていて様子がおかしかった。
「ルナちゃん顔が赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
まさかルナちゃんの中の魔力がまた暴走した? いや、だが腕の中にいるルナちゃんの魔力は安定しているよな?
「ん? サーヤちゃんも顔が赤くないか?」
「だ、大丈夫だよ!」
何か変だ。2人が俺に期待しているものが何なのか無性に気になってきたぞ。
「「私達がユクトさんに求めているのは⋯⋯」」
2人の声が合わさり答えた回答は結局教えてくれなかったが、顔を真っ赤にしていたことから、恥ずかしくて口に出せないようなものだということは理解できたのであった。
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申し訳ありません。127話と128話を逆に投稿してしまいました。2022年4月24日16時20分に修正致しました。
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