第123話 エゾルの行方(1)
俺はサーヤちゃんの後に続き、商家アルトの三階にある一室へと案内される。
「叔父さんはいつもこの部屋にいます」
サーヤちゃんにはいつもの笑顔はなく、神妙な顔つきで言葉を発する。さすがにエゾルが親の敵と知って平常心ではいられないのだろう。
サーヤちゃんは賢い子だから暴走することはないとは思うが念のため注意しておくべきだな。
しかし⋯⋯。
「今部屋には誰もいないな」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ、人がいる気配がない」
エゾルが暗殺者のような気配を消すスキルがあるのなら別だが、商家の主がそのようなものを持っていることはないだろう。
「ドアを開けてみますね」
サーヤちゃんはドアをノックして部屋の中の様子を伺いながらゆっくりと扉を開けると⋯⋯。
「誰も⋯⋯いませんね」
やはり部屋には誰もいない。エゾルは商家アルトの中にいるのかそれともどこかに出掛けたのだろうか。
「人が部屋にいるかいないかまでわかるなんてユクトさんは本当にすごいですね」
「人の気配を察知する訓練をすれば誰でもできるようになるよ」
「本当ですか?」
「うん⋯⋯ただしっかりと鍛練しないと無理だけどね。セレナが四年程経ってようやく気配の察知ができるようになったくらいだから」
「セレナお姉ちゃんで四年なら私には一生出来なさそうです」
そんなことはないと言いたいところだが、本人の努力はもちろんのこと才能も必要になってくるから、人によっては何十年もかかるかもしれない。
「すみません。話が逸れちゃいましたね。叔父さんがどこに行ったのか一階にいる従業員の方達に聞いてみましょう」
「お願いできるかな」
そして俺達は一階の商家アルトの店内へと向かった。
すると店内に降りた瞬間に店の商品を並べていた1人の中年の男性と目があったがすぐに逸らされてしまう。
ん? 何か様子がおかしいな。
男は再びテーブルに目を向けて商品を並べているかと思いきや、商品は整理されておらずバラバラで明らかに見栄えが悪いし、何より額から滝のような汗を流していた。
そのことに気づいたのかサーヤちゃんは中年男性に向かって声をかける。
「ベップさん、叔父さんがどこに行かれたか知りませんか?」
「い、いや⋯⋯私は知らん。何も知らないぞ」
このベップという男から明らかに動揺した声が返ってきた。
こいつ⋯⋯エゾルの居場所について知っているな。もしかしてコゼが捕まったことも⋯⋯。
「そうですか。お仕事中すみませんでした」
だがサーヤちゃんは一礼してこの場を立ち去ろうとしている。
「いや、ちょっと待ってくれ。ベップさん⋯⋯あなたはエゾルがどこに行ったのか知っていますね?」
「えっ? そうなんですか?」
サーヤちゃんは俺の言葉に驚きの声を上げる。
どうやらサーヤちゃんはベップの態度がおかしかったから声をかけたわけではなさそうだ。
まあ10歳の女の子に様子がおかしい大人を見破れというのは無理な話だな。そう⋯⋯サーヤちゃんはまだ10歳なんだ。しっかりしているから勘違いしてしまいそうだが、相手を疑うなどということをするような年齢ではないのだ。
「もしあなたが何も話さないようなら知り合いの憲兵に連絡させてもらう。エゾルが重大な罪を犯していることはわかっているからその共犯者としてね」
「そ、それは⋯⋯」
知り合いの憲兵という言葉に恐れたのか、ベップは地面に膝をつきその場に崩れ落ちる。
「ベップさんそれは本当ですか! まさか私の両親の件にかかわって⋯⋯」
「ちがう! 私は何もしていない! ただ⋯⋯エゾル様に言われてルナさんの部屋を見張っていただけだ」
「あなたが何をしたかはこれから調べさせてもらう。それより今はエゾルがどこにいるか教えてくれ。コゼがセレナとトアに捕まったことをエゾルに報告したんだろ?」
「ああ、そのとおりだ。争っている音が止んでコゼさんが縛られていると聞こえてきたので私はそのことをエゾル様に報告した。するとエゾル様は慌てた様子で部屋にあった金貨を集めて出ていってしまったのだ」
自分の身に危険が迫ると思ったら金を持って逃亡か。だがサーヤちゃんとルナちゃんの両親の仇を取るためにも絶対に逃がすわけにはいかない。
「それでエゾルがどこに向かったか教えてもらおうか」
「し、知らない! 私が何を聞いてもエゾル様は応えてくれなかった」
「嘘をつくとためにならないぞ」
俺はベップにそう言葉を放ち、腰に差した剣に手をやる。
サーヤちゃんの前で荒っぽいことをしたくはないが今は時間がない。エゾルに帝都を出られたら厄介なのでここは逃亡先を聞くことを優先する。
「本当に知らないんだ! だから剣から手を離してくれ」
「どこに逃げたか見当もつかないのか?」
「そ、それは⋯⋯ちょっと待ってくれ! 今思い出す」
何か心当たりがあるのかそれともこの場を何とかやり過ごすための嘘なのか俺はベップの言葉に注視する。
「エ、エゾル様は高貴な方に献金していると言っていた。た、たぶんその方の所だと思う」
それはおそらく貴族の可能性が高いがそれだけでは範囲が広すぎる。もっと詳しい情報がほしい所だ。
「その高貴な奴は誰のことを言っているんだ?」
「それはわからない。ただ⋯⋯エゾル様がこの国の将来を背負う方と言っていたのを聞いたことがある」
「この国の将来を背負う⋯⋯だと⋯⋯」
今、この帝都を動かしているのは皇帝陛下だ。だが将来を背負う相手となると⋯⋯。
「まさか⋯⋯皇族の方⋯⋯ですか⋯⋯」
「ベップの言うことが正しければその可能性はあるだろうね」
サーヤちゃんは青ざめた様子で俺と同じ考えを口にする。現状皇位継承権の高い者が二人いて、そのうちの一人はクラウくんだ。
だがクラウくんはエゾルが商家の主の殺害を示唆したと知れば、必ず拘束し罪を問うことをしてくれるであろう。
だが皇位継承権を持つもう一人の人物⋯⋯ドミニクに関してはエゾルと繋がっていた場合、どんな行動に出るかわからない。
いや、まだエゾルがドミニクの所に向かっていると決めつけるのは早計だ。しかし確認しないわけにもいかない。
「サーヤちゃん、ベップと一緒にセレナ達の所で待っててくれないかな?」
「まさかユクトさん皇族の方達の所へ行かれるのですか!」
「少し確認しにいくだけだよ」
「でも⋯⋯私達のために行くならやめて下さい。もしユクトさんに何かあったらわたし⋯⋯」
もしドミニクがエゾルを庇うようなことをすればサーヤちゃん達の両親殺害についての罪が不問にされる可能性がある。そしてそんな中、俺がエゾルの罪を問うようなことをすれば逆に俺が捕まって裁きを受けるなんてこともあり得る話だ。理不尽なことではあるが皇族にはそれだけの力がある。
だからこそもしエゾルがドミニクの屋敷に向かっているのであればその前に捕らえておきたい。そして公に罪を問うことができないのであればその時は俺の手で⋯⋯。
「大丈夫。無茶はしないから。だからここで待っていてくれないか?」
「わかりました。ユクトさんを信じます。でも本当に危ないことはしないで下さいね」
「ああ⋯⋯約束する」
サーヤちゃんに嘘をつくのは心苦しいが今は時間がないので許してほしい。
こうして俺はサーヤちゃんとベップをセレナ達に預けて急ぎ帝都の中央区画へと向かうのであった。
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