第121話 ルナの治療後編

セレナ、トア、サーヤside


ユクトの断末魔のような叫び声が商家アルトの一室に木霊する。


「パパ! パパ! どうされました!」

「どこか痛いのパパ!」


セレナとトアは苦しそうに大声を上げたユクトの姿を見て取り乱していた。


「ユ、ユクトさんに何があったの? まさかお姉ちゃんの治療のせいで⋯⋯」


サーヤもいつも冷静なセレナとトアの慌てている様子を見て困惑してしまう。


「トアお姉ちゃんユクトさんが苦しんでるよ。魔法で治して上げることはできないの?」


トアはサーヤに言われ、回復魔法を唱えようとするが⋯⋯すぐにかざした手を力無く下に下げる。


「ごめんなさい。ルナちゃんは魔力の異常で体調が悪いの。だからパパの治療の邪魔になるかもしれないから回復魔法を使うことは出来ないよ」


トアがユクトに魔力を流し込むことによってさらにルナとユクトの体調が悪化する可能性がある。それに⋯⋯。


「それじゃあせめて治療を一回やめようよ。お姉ちゃんのためにユクトさんが頑張ってくれるのは嬉しいけどこれじゃあ⋯⋯」


この間にもユクトの苦痛の声が辺りに響き渡っている。誰が見ても尋常じゃないユクトの様子に泣きそうな表情をしている。


「何があっても止めるな⋯⋯先程は少々狼狽えてしまいましたがパパが言っていた言葉です」

「サーヤちゃん、ルナちゃんのことで心配なのはわかるけどここはパパを信じて。パパはトア達の期待を裏切ることは絶対にしないから」


セレナとトアはユクトの言葉を思い出し、冷静さを取り戻すことができた。


「セレナお姉ちゃん⋯⋯トアお姉ちゃん⋯⋯。わかりました。私も何があってもユクトさんを信じます」


そしてサーヤの心も決まり、三人は祈るような気持ちでユクトとルナの様子を見守るのであった。


ユクトside


くっ! 俺は思ったより酷い激痛で声を出さずにはいられなかった。だがむしろ声を出し続けていないと痛みで意識が飛んでしまいそうなため、仕方ない処置だ。


「ぐがだぢぁぁっ!」


自分でも何を言っているかわからない叫び声を上げながら魔力を心臓から全身に巡らせる。身体中の至る所から剣を刺されたような拷問が続き挫けそうになるが、これまでルナちゃんが生きてきた十数年の苦しみに比べれば大したことはない。


(ユクトさん大丈夫ですか!)


身体に魔力を通したことによって、情けない悲鳴を上げる俺を見かねてかルナちゃんが悲痛の叫び声を上げている。


(もうやめて下さい、ユクトさんユクトさん!)

(だ、大丈夫だ。少し気合いを入れるために声を出しているだけだから⋯⋯)


ここでやめることなどありえない。男としてのちっぽけなプライドと自己満足だが、例えどんな激痛があろうと泣き言を言うわけにはいかないんだ。


(私達の心は今繋がっているからユクトさんがものすごい痛みに堪えてくれているのはわかっています)


どうやら全身から襲いかかる激痛の前ではルナちゃんに俺の思考を誤魔化すことはできないようだ。


(こんな⋯⋯他の人が苦しんでまで私は⋯⋯うぅ⋯⋯)


ルナちゃんは本当に優しい娘だ。

この世界には貴族を筆頭に自分が助かるためならどんなことを犠牲にしてでもいいと考える者は大勢いる。

ましてやルナちゃんは、大きな魔力による激痛によって長年苦しんで心が荒んでてもおかしくない。


(確かに想定以上の痛みだが、堪えられない程じゃない)


これは本当のことだ。尋常じゃない激痛だが死ぬほどじゃない。おやっさんから受けた拷問に堪える訓練に比べれば⋯⋯いや、今はそのことを考えるのはよそう。逆に心が折れてしまう。


(もういいです。私なんかが一瞬でも身体が治るかもって夢を見れただけで十分です。ユクトさん、ありがとうございました)

(俺のことを考えてくれるのは嬉しい⋯⋯だが今は、今だけは自分のことを優先に考えてくれ)

(でも⋯⋯)

(夢は誰が見てもいいんだ。ルナちゃんの本当の望みを聞かせてほしい)


ルナちゃんはこれまで数えきれない程の我慢をしてきたはずだ。その分これから願いを叶えてしあわせになってもいいじゃないか。


(良いんですか⋯⋯)

(ああ、どんなことでも言ってくれ。俺にできることなら何でもするよ)


そしてルナちゃんは数秒間経った後、ポツリと願いを口にした。


(今まで私を護ってくれたサーヤに恩返しがしたいです⋯⋯)

(他には?)

(外に出て遊びたいです⋯⋯)

(まだあるだろ? 全部教えてほしい)

(友達がほしい⋯⋯美味しいものが食べたい⋯⋯帝都のお祭りに行きたい⋯⋯本の中の英雄のように冒険がしたい⋯⋯ユクトさん達のように優しい人と一緒に暮らしたいです!)


ルナちゃんの嘘偽りのない心の叫びが俺の中に入ってくる。

どの願いも夢と言っても小さなものばかりだ。

だけど今までのサーヤちゃんに取っては届かないものばかりだったのだろう。


(ルナちゃんの願いを聞かせてくれてありがとう)

(ユクトさん⋯⋯私には叶えたい夢がたくさんあります。どうか⋯⋯どうか私を助けて下さい!)

(ああ、その願い⋯⋯必ず叶えてみせる!)


俺はルナちゃんの声に応えると全魔力を身体の中心に集中させる。

この娘を⋯⋯ルナちゃんを苦しみから一秒でも早く救って上げたい。次で全てを終わらせる!


そして俺は体内の魔力回路を広げるため、集めた魔力を全て解放するとあまりの激痛に意識が闇の中へと落ちてゆくのであった。


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