第120話 ルナの治療中編

 同調魔法アライメントを唱えると俺とルナちゃんの意識は交ざり合い2人だけの交信が可能となる。


(ここは⋯⋯どこでしょうか。ユクトさんが魔法を使ってそれで⋯⋯)

(今魔法の力で俺とルナちゃんの意識が一つになって繋がっているんだ。頭の中で考えていることが相手にダイレクトに伝わってしまうから気をつけてね)

(は、はい! わかりました)


 以前このことを言っていなかったばかりに、ラニやメルルさんが頭に思い浮かべたことが伝わってきたので反省を生かして先に教えておくことにした。

 やはり思春期の女の子としては赤裸々な内容をおっさんである俺に知られたくないだろうからな。これでルナちゃんから恥ずかしい情報が入ってくることはないだろう。


 しかしこの時、ユクトの思いとは裏腹に、ルナの思考が次々とあらわにされることになる。


(考えてることが伝わる? え~とえ~と何も頭に浮かべなきゃいいのかな? 突然現れて私の身体を治してくれるなんてユクトさんは私の大好きな絵本に出てくる主人公みたいとか、王子様みたいにカッコいいとか、こんな素敵な人と今1つになっているとか考えない方がいいんだよね)


 俺はルナちゃんの思考に頭を抱える。

 考えるなと言われれば考えてしまうのが人間だ。これは直前に言った俺が悪い。とりあえず心の声は聞こえなかった⋯⋯そういう風に自分の思考を持っていくしかない。そうしないと俺がルナちゃんの考えていることがわかっていることが伝わってしまう。

 今はルナちゃんの身体を治すことに集中だ。絶対にこれからこの娘が笑って暮らせるような道を作ってみせる。


(あっ!)


 何かに驚いたのか突然ルナちゃんの声が聞こえてくる。


(どうしたの? どこか体調が悪いの?)

(いえ⋯⋯その⋯⋯)


 ルナちゃんの顔が赤い気がする。また体内のどこかで魔力が詰まり、激痛が走っているのかもしれない。


(ち、違うんです! 身体を大丈夫です。ただ⋯⋯ユクトさんから⋯⋯暖かい気持ちが流れてきて、それが嬉しくて⋯⋯)


 どうやら俺のルナちゃんを絶対に治すという決意が読まれてしまったようだ。これは少し恥ずかしいな。

 普段は同調魔法アライメントをした時に俺の考えが相手に流れないよう自分の心を律するようにしていたんだが、


(必ずルナちゃんを治してみせるから。それに昔同じ症状の娘を治療したことがあるから安心してほしい)

(はい! ユクトのことを信用します)

(ありがとう。それで治療の方法なんだけど、これからルナちゃんの身体に魔力を流し込んで、魔力が詰まっている箇所を無理矢理押し流す。そうすることによって1度開いた魔力の回路は二度と詰まることはなくなるんだ)

(よ、よろしくお願いします)


 ルナちゃんの声が少し震えている。

 無理もないか⋯⋯娘達より年下の女の子がいきなり現れた男に意識が共有される魔法をかけられ、長年苦しんだ病気が治るなんて言われて動揺しないわけがない。


(それで魔力を全身に流すために身体の主導権を俺に譲ってほしいんだ)

(わかりました)


 今のルナちゃんの返事で契約が成され、ルナちゃんは自分の身体の決定権を失うこととなる。これから俺が魔法を解かない限りルナちゃんは自分の身体を使って声を出すことも指を動かすこともできず、五感の全てが俺のものとなった。できることは俺に心の声を届けるだけ。

 言葉にした俺が言うのも何だが、今ルナちゃんの生殺与奪権は俺が握ることとなり、この身体を使って何をするのも自由だ。同調魔法アライメントは俺が相手の潜在能力を引き出す魔法でもあるが、上手く騙して主導権を握ることが出来れば、簡単に命を奪うことができる魔法でもある。勿論俺はそんなことはしないが、ルナちゃんとサーヤちゃんはもう少し人を疑ってもいいかもしれない。だがそのことを教えるはずの両親はもうこの世にはいないし、自分達の後見人となり、殺そうとしたエゾルにはそのようなことが望めるわけがない。どうしてもこの優しい姉妹の未来について色々と頭に過ってしまうが、今はまずルナちゃんの身体を治すことに集中しよう。


 俺は目を閉じルナちゃんの身体を使って体内の魔力がどの程度あるか調べる。


 やはりというかこの娘の魔力は凄まじいな。俺が知る中ではおやっさん、ミリア、トアに続いて4番目くらいの魔力値だ。

 だがこの才能のせいでルナちゃんは生まれてからずっと苦しい思いをしてきた。この溢れ出る魔力を受け止めるはずの器である身体が、魔力の成長に追い付いていない。そのため魔力が通るはずの回路が細いため、そこに膨大な魔力が流れることができず、身体に激痛が走っているのだ。


 それとルナちゃんと同調魔法アライメントで繋がって俺の中に入ってきた想いは今だけのことじゃない。

 両親が亡くなったことによる悲しみ、生まれてからずっとベッドの上での生活により部屋の外へ出ることへの諦め、妹の足枷になっているとわかっているのに生きている自己嫌悪感。ルナちゃんの心は数え上げれば切りがない程負の感情に侵されていた。


 だが⋯⋯だがそれでも⋯⋯僅かだけど体調が良くなりサーヤちゃんと外で一緒に遊ぶ、そんな慎ましい夢が残っていた。


 そのような普通のことも許されなかったルナちゃんのことを思うと心が痛くなる。


 俺はルナちゃんにその夢を⋯⋯いやそれ以上の夢を、幸せを掴んで貰うため、意を決して身体の中心にある心臓部分から全身に向かって一気に魔力を解放すると⋯⋯。


「ぐあぁぁぁっ!」


 俺は身体全体から沸き起こる激痛に、現実でも心の中でも断末魔に近い声を上げてしまうのであった。


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