第115話 護れた笑顔

「だ、誰だてめえは! どこから来やがった!」


 サーヤちゃんの前に降り立つと男は驚いた表情を浮かべながら俺を威圧するような声を上げてくる。


「この娘を助ける者だが」


 何とか間に合ったか。俺はサーヤちゃんがひどい目に合わされる前に会うことができ安堵する。


「ユ、ユクトさん⋯⋯ソイドさん達が私をかばって⋯⋯」


 サーヤちゃんが涙を流しながら倒れている子供達に視線を向ける。

 この子達は⋯⋯俺の金を盗もうとしていた子じゃないか。どうしてサーヤちゃんを助けてくれたのかはわからないが今は回復魔法をかけるためにもまずは目の前の男を何とかした方がよさそうだ。


「わかった。すぐに助けるからちょっと待っててくれ」

「は、はい!」


 俺は改めてサーヤちゃんに暴行を加えようとした男と対峙する。


「いきなり現れて何なんだ! てめえもぶちのめしてやる!」

「ぶちのめしてやる? それならなぜ俺がサーヤちゃんと話している時に攻撃をして来なかった? もちろん警戒はしていたから易々とやられるつもりはないが」


 俺の言葉を聞いて腹が立ったのか、男は頭に血が上り逆上しながら右の拳を放ってくる。


「死ねやあぁぁっ⋯⋯ひでぶっ!」


 俺は向かってきた右の拳をかわし、そしてがら空きになった顔面に向かってカウンターで左の拳を叩き込むと男は派手に転げながら壁に激突する。


 見かけ倒しだな。体格はいいが拳のスピードも怒りで簡単に自分を見失う所も素人そのものだ。


「ユクトさん⋯⋯ありがとうござい⋯⋯ま⋯⋯」


 男が排除されたことで安心したのか、サーヤちゃんが地面に倒れそうになったので俺は抱き止める。


「ご、ごめんなさい⋯⋯。そ、それよりソイドさん達を助けて下さい」


 倒れた子供達に視線を向けると特に俺の金を盗もうとした少年のケガがひどい。意識もなくこのまま放っておけば命を落としてしまうだろう。

 こんなになるまでサーヤちゃんを護るとは。大人に立ち向かった少年に対して尊敬の念が込み上げてくる。


完全回復魔法パーフェクトヒール


 俺は回復魔法をかけると少年の身体が光り輝く。


「うぅ⋯⋯えっ? 何だこれ! か、身体が全然痛くねえ!」


 少年は完全回復魔法パーフェクトヒールを受けると目を覚まし、自分の身体の傷が無くなったことが信じられないのか驚きの声を上げる。

 そして俺は子供達にも完全回復魔法パーフェクトヒールをかけると子供達は立ち上がり、ソイドの元へと駆け寄る。


「ソイド兄大丈夫?」

「俺、もう死んじゃったかと思ったよ」

「ユクトお兄さん本当にありがとう」


 ふう⋯⋯とりあえず全員無事で良かった。それにしてもこんな子供達にも手を出すとは⋯⋯やはりスラムは危険な場所だ。このような所にサーヤちゃんを行かせたエゾルに殺意が芽生えてくる。

 サーヤちゃんをここから連れ出したらエゾルとは決着をつける必要があるな。


「みんな私のせいで⋯⋯本当にごめんなさい!」


 サーヤちゃんが少年達に向かって深々と頭を下げる。

 その姿を見て三人の子供達は何て言っていいのかわからないのか黙り込んでしまう。

 そんな中、ソイドと呼ばれた少年が前に出る。


「別に俺が勝手にやったことだ! お前が謝ることじゃねえ」

「で、でも⋯⋯」

「それよりお前は俺達とは違うんだ。とっととここから出ていけ」

「そんな⋯⋯私はただ感謝の気持ちを⋯⋯」

「そんなものが何の役に立つ? お前がスラムに来たせいで俺はひどい目にあったんだ。早く俺の前から消えろ」


 ソイドくんはサーヤちゃんに向かってきつい言葉を浴びせる。でもこれは⋯⋯。


「サーヤちゃん行こう」

「でも⋯⋯」


 何か言いたそうな顔をしているが俺はサーヤちゃんの手を引いてこの場を離れる。


「ユクトさん⋯⋯助けて頂きありがとうございます。けど⋯⋯」


 どうやらサーヤちゃんは後ろ髪が引かれているようだ。

 ここは納得してもらうためにもソイドくんが思っていることを伝えた方が良さそうだな。


「ソイドくんがサーヤちゃんに向かってきつい言葉を言ったのは早く安全な所に行ってほしいと思っているからなんだ」

「そうなんですか?」

「そうさ⋯⋯でなきゃ自分が大怪我してまでサーヤちゃんを助けることはしないよ」


 しかもここは普通の場所じゃない⋯⋯スラムだ。そんな場所で人助けをするなんて普通じゃ考えられない。だからさっきソイドくんが言っていた言葉は本心だとは思えない。


「でも⋯⋯何か助けてもらったお礼をしたいです」

「気持ちはわかるが⋯⋯ここには1人で来ちゃダメだ」

「そ、そうですよね。1人で来たらまた危ない目に遭って迷惑をかけちゃいますよね」

「俺に迷惑をかけるのは別にいいが⋯⋯」


 サーヤちゃんと知り合ってまだ間もないが、この娘は何かをしないと気が済まない性分なのだろう。


「いえ、これ以上ユクトさんに御迷惑はかけられません⋯⋯けど⋯⋯」


 無いとは思うが1人でスラムに来られても困る。それなら⋯⋯。


「直ぐには無理だが⋯⋯ソイドくん達のためにやろうとしていることがある。その時が来たら手伝ってくれないか?」

「それは本当ですか? はい! わかりました。是非その時は声をかけて下さい」


 サーヤちゃんに笑顔が溢れる。

 やっとスラムに来てから見れなかったサーヤちゃんの笑った顔を見ることができた。

 やっぱりサーヤちゃんには笑顔が似合う。この笑顔を護るためにもエゾルを排除しなければならない。

 俺は改めて決意し、サーヤちゃんと共にスラムを後にするのであった。


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