第114話 急ぎ空を駆けろ

 ユクトside


 俺は商家アルトを出ると急ぎ北区画へと向かう。

 サーヤちゃんに何もなければいいが⋯⋯。

 もし俺が半年前の暗殺事件を調べることによってサーヤちゃんに魔の手が迫ってしまったらと思うと責任を感じてしまう。

 帝都にある薬屋をしらみつぶしに探す時間はない。それにエゾルが渡していた薬が正規のルートで手に入れた保証もないのでここは最近俺の身辺を探っていた奴に聞くのが一番早いだろう。


 俺は酒場ラファルに到着すると門番をしているゾックの姿が目に入るが、そのままスルーして地下へと降りる。


「おいユクト、腕相撲を⋯⋯」

「また今度な」


 ゾックが腕相撲をしようと言ってくることは読んでいたので俺は前もって断りの言葉を置いていく。

 そして暗い階段を降り、酒場に到着すると席を案内するため店員が近寄ってきたが手で静止し、一直線に奥の個室へと向かう。

 個室の中にはいつもどうりズルドがグラスの酒を飲んでいたので、俺は異空間から金貨10枚を出しテーブルの上におく。


「至急の依頼を頼む。依頼料は金貨10枚。商家アルトで働いているサーヤが今どこにいるか調べてくれないか」


 するとズルドは一言も喋らず四角い石板のような魔道具、転送板を取り出した。

 転送板は対になっており、距離に制限はあるが離れた相手に文字を送れることができ、とても有用性がある魔道具だ。


 そしてズルドが転送板に文字を書き終えるとこちらに視線を向けてきた。


「いや~ユクトの旦那の娘さん達からは手を引きましたけど商家の娘については念のため調査を継続していたんですよ。まさかそれがこんな風に役に立つとは⋯⋯私の勘も捨てたもんじゃありませんね」


 本音を言うと娘の友人を調べ、つけ回すとは何事だと言いたい所だが、実際問題それでこちらが助かっているのだから何も言うことができない。


 そして10秒程時間が経つとズルドの転送板が光り出す。


「おやおや⋯⋯これは急いだ方がよろしいですね」

「どういうことだ」


 やはりエゾルがサーヤちゃんを始末する方向に動いていると言うことか。俺は焦る心を抑えズルドの次の言葉を待つ。


「少女が今いる場所はスラムですよ」

「スラム⋯⋯だと⋯⋯。1人でそのような所に行くとは考えづらい。誰かに連れ去られたのか!」

「いえ、どうやら1人で向かったようです。スラムの西区画へ進んでいると書いてあります」

「くっ!」


 俺はズルドに頭を下げ、急ぎスラムに向かうため個室の部屋を飛び出す。


「待って下さい」


 だがズルドが背後から声をかけてきたので反射的に振り向くと何か顔に向かって飛んできたのでそれを掴む。


「これは⋯⋯」

「私の手の者が少女を追跡していますので転送板を貸して差し上げます。もしスラムに行って見つからないようでしたら連絡してみてください」

「ズルド、恩に着る」

「いえいえ、青の泉のお礼ですよ」


 スラムの西区画といってもそこそこ広さはあるため、この転送板を貸してもらえるのはありがたい。

 こうして俺は酒場ラファルを出て天駆を使い、急ぎスラムへと向かうのであった。



 そして俺は今、ラファルから数分でスラムの上空に到着したが、空から見渡す限りサーヤちゃんの姿を見つけることは出来なかった。

 店員さんの話から察するにお姉さんが使う薬をだしに誘き出されたと思われるが、小さい女の子が1人でスラムに行けばどうなるか容易に想像がつく。

 良くて身ぐるみ剥がされ、悪くて愛玩具として一生逃げられない生活を送るか奴隷として売られるかだ。

 エゾルの奴は自分達の手を下さず、サーヤちゃんを排除するつもりなのだろう。

 相手が敵意を向けてくるのなら暗殺依頼のことを問い詰め、エゾルを社会的に排除してやる。もし言い逃れして罪にとらわれないようなことになるならその時は⋯⋯。

 俺はサーヤちゃんを助け出した後、エゾルを処分することを決定する。


 それにしてもサーヤちゃんの姿は見えない。建物の中に入ってしまったのだろうか。

 ここはズルドにもらった転送板でサーヤちゃんを尾行している者に連絡を取った方が良さそうだの。

 俺は転送板を使用するため一度地面に降りようとしたその時。


「だれ⋯⋯け⋯⋯さい⋯⋯」


 ん? 微かだが何か聞こえる。


「このまま⋯⋯殺され⋯⋯す⋯⋯か」


 やはり気のせいではない。誰かが叫んでいるのか声が聞こえる。

 声は⋯⋯西の方からだ。

 俺は天駆を使い西へと移動すると⋯⋯。徐々にだが聞こえてくる声量が大きくなってきた。


「誰か! 誰か助けてください!」


 そして今度はハッキリと助けを呼ぶ声が聞こえてくる。


「この声はサーヤちゃんだ!」


 俺は空中から地面に向かって視線を向けるとボロボロの建物の側で男といるサーヤちゃんの姿を捉える。


「うるせえぞ! 商品だから手を出さずにいたら調子に乗りやがって! お前を助ける奴はどこにもいねえんだよ! なあ? どこにいるよ? 俺に教えてくれよ」


 しかしサーヤちゃんの姿を見つけることは出来たが、どうやら予断は許さない状況のようだ。

 この男はスラムに住んでいるやつなのか? サーヤちゃんを奴隷にするつもりのようだが。

 それによく見るとサーヤちゃんと男の側には倒れている子供達がいる。

 あの子供達は⋯⋯いや、とにかく今はサーヤちゃんを助けるのが先決だ。

 何故ならサーヤちゃんは男の怒号を浴び恐怖を覚えたせいか、涙を流しているのだから。


「泣いてんじゃねえよ! 俺はお前を助ける奴がどこにいるか聞いているんだよ!」


 耳障りな声が辺りに響き、男がサーヤちゃんに向かって手を伸ばす⋯⋯だがその手がサーヤちゃんに触れることは俺が許さない。


「ここにいるぞ!」


 俺は地面を目掛けて天駆を使い2人の間に着地し、男に向かって宣言するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る