第113話 スラムにも人を助ける心がある

「だ、だれ!」


 暗闇に向かって声をかけるといくつもの影が現れ、尻餅をついている私を取り囲んできた。


 この人達は何なの?


 私は恐怖で泣きそうになったけど苦しんでいるお姉ちゃんのことが頭に思い浮かび、すぐに立ち上がる。


「明るい所でチラッと服装を見たけどお前ここの者じゃねえな」


 この声って⋯⋯。

 初めて耳にした時は驚いてわからなかったけど⋯⋯よくよく聞いてみれば男の子の声だ。たぶん私と同じ年くらいの⋯⋯。


「とりあえずここから出ろ」


 私は男の子と思われる人の言葉に従い、後をついていく。

 これが大人だったら暗闇の恐怖もあって後を追うことはしなかったかもしれない。だけど相手は私と同じ子供だったから警戒心が薄れていた。


 私は来た道を戻ると太陽の光りが私は襲ってきたため思わず目をしかめる。そして光りに目が慣れてくるとそこにいたのは4人の子供だった。


「お前スラムに住んでいる奴じゃないだろ。ここに何しに来たんだ?」


 4人の中でも私より少し年上くらいの男の子が問いかけてきた。


「わ、私は薬をもらいにここへ⋯⋯」

「薬? バカじゃねえの。スラムに薬なんてあるわけねえだろ」

「えっ? でも叔父さんが⋯⋯」

「騙されているんだよ! お前そんなじゃ悪い大人に嵌められてすぐに奴隷にされちまうぞ」


 騙され⋯⋯てる。じゃあお姉ちゃんの薬は、お姉ちゃんを助けることは出来ないの。

 私は男の子の言葉に絶望を覚え、その場に膝をついてしまう。

 ど、どうしよう⋯⋯商家に戻って叔父さんに薬のことを聞いた方がいいのかな? でもこの子達が嘘をついている可能性もあるし⋯⋯。


「ソイド兄今日は優しいじゃん」

「どうしたの?」

「ユクトのお兄さんからお肉をもらったから機嫌がいいのかな?」


 私が迷っていると他の三人の子が男の子に言葉をかけていたけど、その中に私の知っている人の名前があった。


「ユクトって⋯⋯ユクトさんのことですか?」


 私は思わず声を上げ女の子に問いかける。


「う~ん⋯⋯どのユクトお兄さんかわからないけど黒髪でかっこ良くてスラムの私達にも優しい人だよ」


 黒髪でカッコ良くて優しい⋯⋯私が知っているユクトさんに当てはまる。それにユクトって名前も珍しいしたぶん同じ人だと思う。だったらこの子達が言っていることは嘘じゃないのかな?


「べ、別に俺はあいつが肉をくれたから優しくしているわけじゃねえよ。ただ外の世界にも俺達ことを考えてくれる人がいるからそれで⋯⋯」

「だからそれってユクトお兄さんのお陰で機嫌が良いってことだよね」

「う、うるせえ! とにかくこんな所にいると危ねえぞ! さっさと自分の家に帰りやがれ!」


 ソイドという男の子は女の子の指摘が正しかったのか顔を真っ赤にして怒鳴っていた。


 お父さんとお母さんからスラムは危ない所だからと聞かされていたけど⋯⋯良い人もいるんだ。

 私はスラムの子達のやり取りを見て思わず笑みが溢れてしまった。

 だけどこの後、お父さんとお母さんの言っていることも正しいことだと身を持って思い知らされることとなる。


「がっ!」


 突然ソイドさんが声を上げると後ろに吹き飛ばされ、建物の壁に激突していた。


「だ、大丈夫ですか!」


 えっ? どういうこと? 何があったの?

 私は倒れているソイドさんの元に駆け寄るため走る⋯⋯けれど突然見知らぬ大きな身体をした男の人が現れ、私は右腕を強く掴まれたためその行動は阻止された。


「お前はこっちだ」

「だ、誰ですかあなたは⋯⋯」


 私は声を絞りだし男の人に問いかけた。

 何で? 何でソイドさん殴られて私は腕を掴まれなきゃいけないの?

 私は不意に起きた出来事に混乱し、何が起きているのか上手く理解することが出来ない。


「ソイド兄ちゃんに何するんだ!」

「その子の手を離して!」


 子供達はソイドさんや私の状況を見て男の人に抗議をしてくれる。だけど⋯⋯。


「てめえらみてえなきたねえガキは売れねえから静かにしてろ!」


 男の人は私の手を離し、子供達に殴る蹴るの暴行を加える。


「や、やめろ!」

「痛い、痛いよう」

「ソイド兄ちゃん助けて⋯⋯」


 この人は私を奴隷として売ろうとしているみたい。だけど今はそんなことより子供達を助けないと。幸い周囲にはたくさんの人がいる。


「誰か! 誰か助けてください! 男の人が突然私達を襲ってきて――」


 私は必死に声を張り上げ周りの人に助けを求める⋯⋯けれど誰も私達の方を向いてくれない。


「助けてください! お願いします! それか憲兵の人を呼んで来て下さい!」


 だけど先程と変わらず誰も動く様子はない。


「何で⋯⋯」


 厄介なことに巻き込まれたくないのはわかるけどせめて憲兵の人を呼ぶことをしてくれても⋯⋯。


「む、無駄だよ」


 男の人に殴られ、地面に倒れていたソイドさんがゆっくりと立ち上がりながら言葉を吐く。


「ここの大人は自分に利益がない限り誰も助けちゃくれない」


 ソイドside


 それは物心がつく前からこの場所で生きてきたソイドに取っては当たり前のことだった。

 今まで何度も助けて欲しいことがあった⋯⋯だけどその度に見放され、裏切られ、絶望してきた。

 しかしだからこそソイドに取って肉を配るというユクトの行動は信じられないもので、驚きと共に人を信じても良いと思わせる出来事であった。その結果スラムには不釣り合いなサーヤを助けるという行動を起こすのだが、結局は目の前の男によりその想いは打ち砕かれる。


 やっぱり人助けなんかするものじゃない。

 ここはチビ達三人を連れてとんずらすることがスラムでは正しいことだろう。

 俺はチビ達の手を取りこの場から立ち去ろうとした時。


「この男の人が狙っているのは私です。皆さんは逃げてください」


 サーヤの言葉が聞こえ、ソイドの動きが止まる。

 サーヤは混乱しつつもこのままだとソイド達にも迷惑がかかると思い、1人犠牲になる選択をした。


「なん⋯⋯で⋯⋯」


 もし自分がサーヤの立場だったら今日初めて会ったスラムの奴を逃がすために行動できるだろうか? いや、できない。

 俺だったらそんなマネは絶対にムリだ。自分だけ助かろうとして初めて会った奴は見捨てる。

 だけどこいつの異常な行動に恐怖しつつもどこか心地よいものを感じているのも確かだ。

 このまま自分達だけ逃げていいのか?


 サーヤside


「早くこっちに来やがれ!」

「わかりました。私がついていく代わりに皆さんにはもう手を出さないで下さい」


 口では強がりで平静を装っているけど怖い⋯⋯怖いです。私はこの男の人について行ったらどうなってしまうの? でも逆らえばソイドさん達が傷つけられてしまいます。早く薬を手に入れなきゃいけないのに⋯⋯もうお姉ちゃんに会うこともできないの⋯⋯。


「それはお前の行動次第だな」


 私はソイドさん達に迷惑をかけないためにも黙って男の人に従い、後をついていく。

 周囲の人達はこれだけの騒ぎになっているのに変わらず、誰も興味を示していない。


 やっぱりここはお父さんとお母さんが言っていたように来ちゃいけない場所だった。どんな理由があろうとその約束を破った私に罰が当たったんだ。

 でもソイドさん達のように私を助けてくれた人もいた。

 せめてソイドさん達には迷惑がかからないようにしないと⋯⋯。


 そして私はソイドさん達に背を向けこの場を離れようとした時。


「うおおぉっ!」


 突如声が聞こえたかと思うとソイドさんが男の人の足を抱きつくように掴んでいた。


「このガキ何しやがる!」


 男の人は自分の脚を離さないソイドさんに対して上から両手で何度も殴りつける。


「ソ、ソイドさん⋯⋯」


 あれだけひどい目にあってもまだ私を助けようとしてくれるの?


「何やってるんだ! 早く逃げろ!」

「で、でも⋯⋯私が逃げたらソイドさんが⋯⋯」


 どうすればいいの? 私が逃げたらソイドさんが殺されてしまうかもしれない。でもソイドさんは私を助けるために行動してくれた。ソイドさんの想いを無駄にしないためにも逃げるべきなの?


 私は究極の選択を迫られて動けなかった。でも迷っていたのは一瞬の時間だけ。


 私を助けようとしている人を見捨てるなんて絶対にできない。けれど私が今できることは何? ソイドさんと一緒になって男の人に飛びかかっても返り討ちにあい逃げることはできないと思う。

 それなら他にできることは? 力のない私に出来ること⋯⋯それは⋯⋯。


「誰か助けてください!」


 力の限り大きな声を出して助けを呼ぶことしかない。


「このままじゃソイドさんが殺されてしまいます! 誰か!」


 誰かお願い! 私を⋯⋯ソイドさんを助けてください!


 私は何度も何度も声を出して助けを呼ぶ。

 けれど先程と同じ様に誰も私達に目もくれない。


「お願いです⋯⋯お願いします」


 私の悲痛の叫びは誰にも届かない⋯⋯でも私は助けに来てくれたソイドさんのためにも諦めるわけにはいかない。


「バカが! このスラムでお前を助けにくるような奴はいねえんだよ!」


 そう言って男の人は力強い拳をソイドさんの頭に振り下ろす。


「く、くそ⋯⋯ここまで⋯⋯か⋯⋯」


 するとソイドさんは悔しそうな表情を浮かべながら意識を失い、その場に倒れてしまう。

 私のせいでソイドさんが⋯⋯。


「誰か! 誰か助けてください!」


 でも私は諦めずに声を出し続ける。ここで声を出すことをやめたらソイドさんが私を助けてくれた想いを無駄にすることになるから。


「うるせえぞ! 商品だから手を出さずにいたら調子に乗りやがって! お前を助ける奴はどこにもいねえよ! なあ? どこにいるよ? 俺に教えてくれよ」


 悔しいけどこの男の人の言うとおり。どれだけ叫んでも私達を助けてくれる人はどこにもいない。もう私は奴隷として連れ去られてお姉ちゃんを助けることも会うことも出来ないんだ。

 そう考えると自然と涙が出てくる。


「泣いてんじゃねえよ! 俺はお前を助ける奴がどこにいるか聞いているんだよ!」


 男の人の手が私に伸びてくる。

 そして私はもう逃げることはできないと諦めかけた時。


「ここにいるぞ!」


 私を護るように空から1つの影が現れるのであった。



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