第111話 二人の企み

 ???side


 ある商家の一室にて


 きらびやかな装飾品が並ぶ部屋で、1人の中年の男が重厚な机の上にある金貨を積み上げ卑しい笑みを浮かべていた。


「ふひ、ふひひ⋯⋯」


 その姿から誰もが不気味に思い近寄りがたい雰囲気を出していたが、男に取ってはこの家で1番偉いのは自分だと理解しているため、その笑みを崩すことはない。


「素晴らしい⋯⋯この金色に輝く硬貨の色、何事にも耐え難い光だ」


 用意していた金貨は机の上には乗り切らず、男は満足そうに椅子に腰かけていると不意に部屋のドアがノックされた。


「誰だ?」

「私です。報告したいことがありまして」

「入れ」


 低い声がドアの外から聞こえてくるとこの家の主は部屋に入ることを許可する。


「また悪趣味なことを」


 ドアを開けて部屋に歩いて入ってきた男は机の上に積み上げられた金貨を見て、ため息混じりに言葉を口にした。


「俺の物をどうしようが勝手だろうが。貴様に言われる覚えはない。それより何のようだ」


 部屋に入ってきた男は背中に槍を背負い、険しい顔でこの家の主である雇い主に視線を向けている。


「どうした? お前も金は嫌いではないだろ? いや、お前にはもっと好きなものがあったな⋯⋯その方が悪趣味だぞ」

「ええ⋯⋯人の首を槍で刺す瞬間は何物にも変えがたいことでこれ以上に興奮することはありません」


 目がとろけ、よだれをたらし、恍惚な表情を浮かべる男の姿は、誰が見ても精神異常者であると判断するほどであった。


「俺はお前の雇い主で今の俺には立場がある。勝手な行動をするんじゃないぞ」

「わかっている。だからこの半年間は自重しているだろ? しかしこの長い休みもそろそろ終わりだがな」

「どういうことだ?」

「この商家の本当の持ち主が殺害された件を調べている者がいる」


 槍を持つ男の言葉を聞いて雇い主はワナワナと震え顔を真っ赤にする。


「言葉には気をつけろ! この商家アルトの長はこの私だ! 現に私がトップになってからは売り上げが三倍以上になっている! あの無能な兄とは違ってな」

「相変わらず劣等感を抱いているのだな」

「劣等感? 私の方が兄より優秀なのは明白であろう。弟というのは二人目の子供ということもあり親も育て方がわかっている。過去の偉人も弟より優れた兄など存在しないという言葉を残している」

「それは⋯⋯表に出せない方法を使っているからだろ?」

「それの何が悪い。死んだら負けだ! だから兄は人生の敗北者だ!」


 雇い主は顔を真っ赤にして、息を切らせながら激昂する。


「歪んでいるな。だから娘達を生かしているのか?」


 槍を背負った者の言葉に雇い主がニヤリと笑う。


「アルトを手に入れるために兄達夫婦の命を奪ったが、娘達はただじゃ殺さん。姉は病に苦しみ、妹は奴隷のように扱ってくたばれば兄も地獄で悔やみ続けるだろう」


 過去に何があったのかわからないが雇い主の執念は凄まじく、兄が死してもなおその怨みは消えることはなかったようだ。


「特に妹の方はどんな仕事を与えても毎日へらへらと笑っていていつかその顔を絶望に落としてやりたい」

「その執念には感服するが暗殺の件が調べられているとなると娘達を放っておくことは出来ないぞ」

「わかっている」

「それと調査している者はスラムに施しをしていたとのことだ」

「スラムに施しだと? バカなことする奴がいるものだな」

「笑っている場合じゃないぞ。そいつはスラムに少なからず理解があるということだ。もしかしたらスラムの奴らの言葉を信じて私達の元へとたどり着くことがあるかもしれないんだぞ」

「そ、それは困る。もしそうなった場合はあの方のお力を借りることになってしまう。極力それは避けたい」

「少なくともその調査している奴と娘達は殺した方が良いかもしれん。下らない怨みに囚われていないで、早く娘から店の権利書を奪った方が良いぞ」

「そうだな⋯⋯姉は部屋から外に出ていないからお前が殺しても秘密裏に処理することができるだろう。妹は姉の薬を取りに行かせればそこで勝手に死ぬだろう」

「どういうことだ?」

「それは――」


 こうして商家アルトの一室にて、2人の策略によりサーヤとその姉の命は風前の灯となるのであった。


 サーヤside


 私はお姉ちゃんの部屋の前に到着すると1度立ち止まり、そしてニコッと笑顔を作ってから目の前のドアを開ける。


「ルナお姉ちゃん入るよ~」


 部屋の中に入るとベッドで横たわっているお姉ちゃんの姿が目に入る。これは私が生まれた時から変わらない光景⋯⋯だけどいつかこの日常とは違う未来がくればいいなと考えながら私は日々を生きている。


「サーヤ⋯⋯」


 お姉ちゃんは名前を呼びながら身体を起こそうとしていたので私は静止させる。


「タオル変えるね」


 私はお姉ちゃんの額に置いてある温かいタオルを水に濡らして絞り、そしてまた額に戻す。

 お医者さんはお姉ちゃんの症状は常に高熱を発し、不定期に身体に激痛が走ると言っていた。そのためお姉ちゃんは生まれてから13年間一歩も外へ出ずこの部屋で暮らしているため肌は白く、痩せ細った身体をしている。


「いつも⋯⋯ありがとう⋯⋯ね」

「ううん⋯⋯気にしないで。2人だけの家族じゃない」


 そう⋯⋯お父さんとお母さんがいないためもう私にはお姉ちゃんしか家族はいない。だから私はお姉ちゃんのためなら何でもするつもりだ。


「サーヤは⋯⋯大変なこと⋯⋯ない?」

「ないよ。お仕事は大変だけど楽しいから」


 将来、私がお姉ちゃんを助けるためにも商家のお仕事を覚えなきゃいけない。叔父さんの指導は厳しいけど早く一人前になるためなら頑張れる。


「そう⋯⋯けど無理は⋯⋯しないでね」

「うん」


 私は笑顔でお姉ちゃんの言葉に返事をする⋯⋯商家の仕事が辛いことをお姉ちゃんに悟られないためにも。もしお姉ちゃんに仕事が苦しいことを知られたら絶対にやめるよう言われちゃう。私はこの先の未来がどうなるかわからないことをお父さんとお母さんが亡くなって学んだから、これからも偽りの笑顔でお姉ちゃんを欺き、精一杯頑張っていくことを決めていた。


「でも⋯⋯痛っ! 痛い!」


 お姉ちゃんが何かを言いかけた時、突然の激痛に両手で自分の身体を抱きしめ声を荒げる。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん大丈夫!」


 だけどお姉ちゃんは私の声には反応せず、目を閉じ痛みが消えるのをジッと我慢していた。

 私はお姉ちゃんが痛みで苦しむ姿を目にする度、いつか目を閉じたまま意識が無くなってしまうんじゃないかと不安に駆られてしまう。


「はあ⋯⋯はあ⋯⋯だ、大丈夫⋯⋯」


 お姉ちゃんは息絶え絶えで返事をしてくれるが私の心配は止まらない。


「お姉ちゃん薬はないの!!」

「今⋯⋯ちょうど無くて⋯⋯叔父さんは今日くれるって⋯⋯言っていたわ」

「私、今日初めて叔父さんからお店で薬をもらってくるよう言われたからすぐに取ってくるね!」

「ごめん⋯⋯ね」


 私はお姉ちゃんの苦しさを少しでも早く改善するために急ぎ部屋を出て、薬をもらいに向かう。

 そして私は廊下を走りながら外へと向かっていると曲がり角から突然何かが飛び出してきたので慌てて身を捻りかわす。


「わっ!」


 私が急に飛び出してきたせいでぶつかりそうになった人物、商家アルトで働いているマキおばさんから軽い悲鳴が聞こえてきた。


「マキおばさんごめんなさい」

「危ないから廊下は走っちゃダメよ」

「でも急いでるの! 薬が必要なの」


 私はマキおばさんに頭を下げ、そして薬を手に入れるため再び走りだし商家を出るのであった。


「え~と⋯⋯叔父さんに渡された地図によると⋯⋯北区画の方にお店はあるのね」


 私は事前に叔父さんから薬をもらえる所の地図を渡されていたので、そこの場所に向かって全力で駆ける。


 そしてたどり着いた場所は⋯⋯。


「本当にここに薬があるのかな? でもルナお姉ちゃんのためにも行くしかないよね」


 サーヤはルナの薬をもらうため、叔父であるエゾルが指定する場所に疑いもせず入って行くのであった。

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