第102話 暗殺依頼者は誰だ

 ズルドに腹を立てたのは事実だが、娘達の友人の話となったら無視するわけにはいかない。


「それでサーヤちゃんについてどんなことを聞かせてくれるんだ」

「へっへっへ⋯⋯どうやらユクトの旦那の興味を引ける話しで良かったです」


 ズルドはニヤニヤとした表情で言葉を発した。ズルドがニヤニヤしているのはいつものことだがこの場面でその顔を見るとイライラしてくる。


「早く用件を言え」

「焦りなさんな⋯⋯ユクトの旦那の希望にそう情報かどうかはわかりませんがあのサーヤという娘の両親についてです」

「確か半年程前に盗賊に殺されたと娘から聞いたが」

「ええ⋯⋯ですがその認識は間違っていますよ」

「どういうことだ」


 実はサーヤちゃんの両親は生きている? そんなバカな話はないだろう。そうなると間違っていることはサーヤちゃんの両親を殺した奴か。


「あの商家の夫婦には暗殺の依頼が立っていたんですよ」

「暗殺⋯⋯だと⋯⋯」


 サーヤちゃんの両親は狙って殺されたというわけか。誰が暗殺の依頼をしたか気になる所だ。


「ちなみに依頼を受けたのはスラムの者達です。おそらく足がつかないようにするためともし捕縛されたとしてもスラムの者達の言い分など信憑性がないと考えたのでしょう」

「それで依頼したものは?」


 今この事件は誰が殺したかではなく誰が依頼したかが重要でもしかしたらその魔の手がサーヤちゃんに伸びてくる⋯⋯いやもう伸びている可能性があるからだ。


「そこまではわかっていません⋯⋯ただ商家の主が狙われる理由などそうはないでしょう。暗殺依頼を出す可能性があるのは自分の部下か、同業者、もしくは⋯⋯親族。この中で商家の夫妻が殺されて得をした誰ですかね」


 まだ情報が少ないので何とも言えないが一番怪しいのはサーヤちゃんの父親の弟だ。サーヤちゃんの両親が命を落としたことによって商家を手に入れることができたのだから。

 そう考えるとその弟がサーヤちゃんのお姉さんに渡している薬も疑わしくなってくる。まさかクラウ皇子と同じ様に毒を飲まされているのか? だがもし毒であるならば俺がサーヤちゃんに渡したアオヅミグサを煎じて飲めば治るはずだ。


「その暗殺を依頼されたスラムの者達は誰かズルドはわかっているのか?」

「いえ、わかりません⋯⋯ですがこの情報をもらったあの男ならあるいは⋯⋯」

「それが誰か教えてくれ」


 俺の言葉を聞くとズルドは今まで以上にニヤリと笑みを浮かべる。


「残念ですがここからは料金を頂きます⋯⋯金貨1枚でどうでしょうか」


 くっ! 何だかズルドの思惑に乗ってしまったような気がする。俺をわざと怒らせ、お詫びと言ってサーヤちゃんの情報を渡したのもここで金を取るための策だったとしたら見事だ。

 悔しいが乗せられた俺の敗けなのでズルドに金貨1枚渡す。


「へっへっへ⋯⋯ありがとうございます。今回の情報源はデニーロという男からで⋯⋯現在Aランクの冒険者です」

「Aランクの冒険者⋯⋯」


 現役の冒険者となるとデニーロの居場所は冒険者ギルドか。かつて俺も所属していた組織でもある。

 リリーやゴードンと知り合った場所⋯⋯だがどんな依頼を達成しても年功序列でランクが上がらず不当な扱いを受けていた場所でもう二度と行くことはないと思っていた。


「今日デニーロは魔物討伐の依頼で近郊の村います。もし会いに行くのであれば明日が良いかと思いますぜ」


 デニーロの動きまで調べているということはやはりズルドは初めからサーヤちゃんの情報を俺に売りつけるのが目的だったようだ。


「情報感謝する」

「へっへっへ⋯⋯ユクトの旦那は私の御得意様ですから。私に言われるまでもないと思いますがここの所異常なことが起きていますから気をつけて下さいね。古いものですとユクトの旦那が仰っているタルホ村での銀竜、最近のことですと帝都にワイバーン襲来⋯⋯今まで1度もそのような大型の魔物が帝都付近で見られたことはありませんでした。それとクロウなる人物の暗躍⋯⋯そしてその全てに関わっているのが⋯⋯」

「俺だと言いたいのか?」

「偶然にしては出来すぎな気がしまして⋯⋯ただ私としてはユクトの旦那に売れる情報があって悪いことではありませんがね」


 ズルドの言っていることもわからなくもないがただの偶然だろう。その3つの事件について脈絡が無さすぎる。だが頭の中から完全に排除するほど小さな問題でもないため、念のため心に止めておくとしよう。


「ご忠告通り気をつけるとするよ」


 俺は今度こそ用件を終えたため酒場ラファルを後にするのであった。



 ラファルを出た後、俺は自宅へと向かっているとサーヤちゃんの働く商家の前を通ったので足を止めた。

 店の名前はアルトか⋯⋯サーヤちゃんはいるだろうか? もしいるのであればアオヅミグサがお姉さんに効果があったのか聞いてみたい。


「どうもありがとうございました」


 幸運にも俺の願いが通じたのかサーヤちゃんがちょうどお客さんを見送っているため店の外に出てきたので話しかけることにする。


「サーヤちゃんこんにちは」

「あっ! ユクトさんこんにちは」


 サーヤちゃんはちょこんと頭を下げ、笑顔を浮かべてこちらに向かってきた。

 お客さん相手に働いているせいか笑顔が素敵で可愛く見えるな。


「今大丈夫かな?」

「はい、店内にお客様もいないので大丈夫です」

「じゃあ少しだけ⋯⋯俺が渡した薬でお姉さんの病気を治すことはできたかな?」


 僅かな沈黙の後、サーヤちゃんは笑顔で⋯⋯。


「お姉ちゃんの病気は治りませんでした。珍しいお薬を頂いたのに⋯⋯ごめんなさい」

「いや、サーヤちゃんが謝ることじゃないよ。俺こそ効果がない薬を渡して申し訳なかった」

「いえ、ユクトさんは悪くないです」


 お互いが自分が悪いと思い、二人で頭を下げるという奇妙な空間が出来てしまった。だがアオヅミグサが効かなかったということはお姉さんは毒を飲まされている訳じゃないということがわかり俺は少しだけ安堵した。


「それともう1つだけ変なことを聞いてもいいかな?」

「はい、いいですよ」


 俺はズルドからサーヤちゃんの両親を殺した犯人が親族かもしれないと聞いて気になったことがあるので言葉にする。


「このお店⋯⋯アルトの権利書を持っているのはサーヤちゃんかな?」

「お姉ちゃんですよ。私達はまだ未成年だから大人になるまで叔父さんが代表になっています」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう」


 店の権利書をお姉さんが持っているならサーヤちゃんの両親を殺した犯人が叔父だった場合、その権利書を手に入れるため、2人に危険が及ぶ可能性があるな。

 だがもし俺が叔父の立場で店を奪うのが目的なら両親共々サーヤちゃん達も盗賊に殺害されたことにする。

 そう考えると犯人は叔父ではないのか?

 いやまだそう決めつけるのは早計か、情報が少なすぎる。明日スラムに行って暗殺に雇われた者達に聞いてみてから判断するべきだ。

 そして俺とサーヤちゃんが話し込んでいる時に1人の老人がこちらへと向かってきた。


「いらっしゃいませ」


 どうやらアルトにお客さんが来店されたようだ。サーヤちゃんとの話しは終わりだな。


「忙しいのにごめんね」

「いいえ、では失礼します」


 俺は頭を下げ、この場を立ち去るとサーヤちゃんの両親の殺害依頼を出した者が誰なのか想定しながら自宅へと向かうのであった。

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